シーザーと誕生日
※主人公はドンキホーテファミリー
シーザー・クラウンは天才的科学者だ。
「シュロロロロロ! よしナマエ、さあ、これを飲め!」
とてつもなく楽しそうな顔をしながら試験管を差し出されて、ぽこぽこと煙を零す液体の満ちたそれを受け取る。
赤い色味のそれをゆらりと揺らしてから、おれはシーザーを見やって首を傾げた。
「もっとこう、こっそり食事に混ぜてやろうとか、気付かれないうちに飲み物に入れてやろうとか、そういうのは無いのか?」
「気付いてても飲むじゃねェか。時間の無駄だろう」
おれの言葉への反論に、確かにそうだが、と頷く。
『ジョーカー』に『シーザー・クラウン』の護衛として宛がわれ、この研究所に住むようになって早半年。
こうやって薬品を寄越されるのは、既に片手の指の回数を超えている。
それでも最初の頃はおれの食事や飲み物に混ぜようとしていた筈なのだが、どう見ても混入が分かっているものに口をつけた前回で、ついにシーザーも混ぜる努力を止めたらしい。
こそこそと悪戯を仕掛ける子供のように振る舞うのを見るのは楽しかっただけに、何とも残念だ。
「今度も猫の耳が生えるのか?」
それならお前も飲んだ方がいいんじゃないかと見やると、シーザーがおれを見ながら顔をしかめた。
どうやら、先日の薬が『失敗作』だったことを思い出したらしい。
自分から猫耳が生えていると気付いてすぐにシーザーにも無理やり飲ませたのだが、シーザーの変化はとても分かりにくかったし、薬が少なかったからかすぐに治ってしまったのだ。
すぐに薬は破棄されてしまったが、あれはとても勿体なかった。
先月のことを思い出したおれを前に、ふん、とシーザーが鼻を鳴らす。
「二度とあんなものは作らねェ……おれを誰だと思っている!」
天才科学者様は胸を反らし、その指でびしりとおれを指さした。
「大体、それはお前の誕生日プレゼントとして用意したんだ、一滴残らず飲めよ!」
「え?」
おれに残りを飲ませようとするんじゃねェぞと怒っている様子の相手に、おれはぱちりと目を瞬かせた。
思わず手元を見下ろして、煙の納まってきた赤い液体を見つめてから、もう一度シーザーへ視線を向ける。
「……誕生日プレゼントなのか?」
「ん? ああ、そうだ。なんだ、不満か?」
こちらをにらみながら尋ねてくる相手に、とんでもない、と首を横に振った。
確かに今日は〇月◇日だが、まさかシーザーがおれの誕生日を知っているだなんて思わなかった。
そうとなればこの試験管は中身ごと大事に保管したいところだが、しかし作り主が『飲め』というのではそれは叶わないだろう。
入れ物だけでもとっておこう、と心に決めて、ひょいとそれを口へ運ぶ。
傾けた試験管の中身が口の中へと流れ込んで、濃厚な甘みに炭酸のはじけるドリンクをありがたく飲み込んだ。
「…………もう少し躊躇えよ」
すっかり空になった試験管を降ろしたところで、シーザーの方から呆れた様な声が寄越される。
そんなことを言われたって、『飲め』と言ったのはシーザーなんだから、おれだってすぐに飲むに決まっているじゃないか。
シーザーの薬品はほとんどが即効性なので、背中を伸ばして佇んだまま、とりあえず片手で自分の頭の上をに触れた。
けれども指に当たるのはいつも通りの髪の毛で、何かが生えている様子はない。
それから自分の体を見下ろして、異常が何もないことをいくらか確認し、やがておれは改めてシーザーを見やった。
「……それで、これはなんの薬なんだ?」
今のところ、体には何の影響も出ていないようだ。倦怠感もないし、発散したくなるほど燃え上がるものもない。
おれの様子は想定の範囲を外れていたのか、シーザーの方も怪訝そうな顔をした。
「何ともねェのか?」
「今のところは」
「………………失敗か……!」
鋭く舌打ちを零して、シーザーの体の一部がガスに変わった。
もわりと広がるそれを見ながら、なんの薬だったんだ、ともう一度問いかける。
いつもは結果が『失敗』だったと言われてもなんの薬だったのかなんて聞かないが、せっかくの誕生日プレゼントなのだから、どんな薬だったのかくらいは教えてくれてもいいんじゃないだろうか。
試験管片手のおれの問いかけに、今まさしくもう一度実験を開始しようとしていたシーザーが、その目をちらりとこちらへ向けた。
見つめていると、ややおいてふいとその目が逸らされて、その口から言葉が落ちる。
「……………………惚れ薬だ」
小さな声を耳で拾って、おれは目を丸くした。
おれの耳が確かなら、今シーザーは『惚れ薬』と言わなかっただろうか。
ここはシーザーの研究室で、おれとシーザーの二人きりだ。
他の特定の誰かへ惚れさせるつもりだったならその相手も『実験材料』としてここに同席させるだろうから、『別の誰か』は想定されていない。
おれもシーザーも男なんだからおかしな話だが、それよりも、さっきの薬が『惚れ薬』なんだとしたら、効果が出ないのなんてわかりきったことだ。
「なんだ……そりゃあ効かないだろう」
せめておれの記憶から好きな相手を消し去るくらいはしてくれないと、と言葉を続けると、勢いよくシーザーがこちらを振り向いた。
「そんな相手がいるのか!?」
眉を寄せて、どことなく焦った顔をした相手に問われて、一つ頷く。
誰だ、どこのどいつだ、どんな奴だと矢継ぎ早に質問を寄越しながら近寄ってくるシーザーの目は、どことなくギラついて見える。
おれの目の前の科学者が何を考えているのかは置いておいて、近寄ってきた相手へ、おれは微笑みを浮かべた。
シーザーが『ジョーカー』と呼ぶおれ達のドフィに頼み込んで、この研究室へ来て半年。
いろいろなことの世話を焼き、研究を手伝い実験台扱いもあっさり受け入れ続けてきたが、どうやらようやく、おれの様々な試みの成果が表れてきたらしい。
もう少しちゃんと恋に落ちてくれたなら、そこでようやく同等だ。
何せおれはシーザーが近寄ってくるだけで心臓が高鳴るのだから、シーザーにもそのくらいにはなってもらわなくては。
「かわいい子だよ、とても」
微笑み目の前の相手を見つめながら囁くと、シーザーは自分の記憶のうちを検索し出したようだった。
モネか、それともその妹かとぶつぶつ呟くシーザーに、ははは、と笑い声が漏れる。
「プレゼントありがとうな、シーザー」
美味しかったよと続けて、試験管はポケットへとしまい込んだ。
おれの愛しのシーザー・クラウンは天才的科学者だ。
しかし、ちょっとばかりお馬鹿さんでもあると思う。
end
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