クラッカーと誕生日
※転生系主人公は男児(無知識)
ビスケットでも作り方一つでとんでもなく硬くなるらしいという事を俺が知ったのは、俺が『この世界』に生まれて少ししてからのことだった。
お菓子の家具に話すスイーツ。大きかったり小さかったりする数多の人種に巨大すぎる『支配者』やいろんな人たちの超能力。
目が見えるようになってから見回した世界はおかしなところだらけで、それがこの世の常識だというのなら、俺の知る『常識』は一体どこで得たものなのか。
『前世の記憶』なんていう厄介な妄想を抱えたままの俺は少し『不気味』な子供で、そのせいか親がいなくなってからはあちこちの家を転々とするようになって、気付けば俺の身柄は血のつながりがほんの少しだけある『親戚』のもとへと預けられていた。
この島を支配する『海賊団』スイート3将星の一人、千手のクラッカー様だ。
「よしナマエ、手を出せ」
ぱんぱん、とリズミカルに手を叩いたクラッカー様によって現れた『ビスケット』が、ふんわりと優しい匂いを零しながら俺の腕へとまとわりついた。
粘土のようにくるりと巻き付いたそれが固まると、そこには俺の両腕を守る手甲が出来上がる。
すでに足も胴体もついでにいえば頭もビスケットで覆われているので、これでついに完全防備だ。
俺の常識では『食べ物で遊んじゃいけません!』と怒られるところなのだが、どんなビスケットでも作り出せるという超能力を持っているクラッカー様を怒るだけ無駄だろう。きれいなところは後で食べるから許してほしいところだ。
「すごくかたい」
軽く叩いてそういうと、そうだろうそうだろう、と頷いたクラッカー様が屈み込む。
大きな体を折り曲げるようにした相手の顔が近づいて、つりあがった目がこちらを楽しげに見ているのが見えた。
右目にかかる大きな傷跡がどうやってついたものなのかを俺は知らないが、『痛いのが嫌い』なクラッカー様がそんな大きな怪我をするなんて、きっとものすごい喧嘩をしたに違いない。
「このおれのビスケットだ。どんな高い場所から飛び降りても砕けやしない」
「ビスケットがわれなくても、俺のホネがおれちゃいそう」
「フフ! そいつァお前が軟弱なだけだ」
自信に満ちた言葉に言い返すと、そんな風に言って笑ったクラッカー様がまた手を叩いた。
生まれた二枚のビスケットが俺の方へと寄ってきて、口元を覆う為に、頭を守っていた兜にくっつく。
ビスケット特有の穴が空気穴のようになっているが、口元まで覆われると、もうビスケットのほどよく甘い匂いしかしない。
「ガキはただでさえ怪我しやすいからなァ」
「昨日のは、ころんだダケで」
「転んだ程度で足と頭を怪我するような貧弱さだろう。今日から毎日鎧をつけてやるから安心しろ」
善意の塊のような言葉を放たれて、俺は少しばかり困ってしまった。
俺の養父ともいうべき立場になったクラッカー様は、案外心配性だ。
子供なんて転んで怪我をするものだと俺は思うのだが、どうもこのビスケット大臣はそうは思わないらしい。
巡り巡って引き取ることになった子供相手にこれでは、もしも自分の子供が出来たら赤ん坊をフォーチュンクッキーのように包んでしまうんじゃないだろうか。
あまりありえないとも思えない事態を想像してしまった俺をよそに、さて、と声を漏らしたクラッカー様が膝を伸ばして立ち上がった。
その手がまたリズミカルに打ち合わせられ、たくさんのビスケットが生まれていく。
それらが一度崩れて、そうして作り上げられていく大きな『クラッカー様』を、俺は着せられたビスケット鎧の内側から見上げた。
部屋から出る時は殆ど着用しているその鎧は、この島の殆どの人間が『将星クラッカー』だと認識している大男だ。
海軍とやらが発行している手配書すらそれだし、俺もクラッカー様に教えてもらうまで、その『クラッカー様』がビスケット人形だと知らなかった。
俺があちこちの親戚の家を転々としていた頃に時たま会っていた、いつもビスケットをくれる少し強面の誰かさんが『クラッカー様』だと知っていたら、いくら子供の俺でももう少しわきまえた対応をしたはずだ。
せめて肩車をしてもらうことは遠慮したし、偉そうに折り紙を教えたりなんてしなかった。
なんだかんだで俺の無礼を許してくれた俺の養い親が、出来上がった巨大な鎧の中に姿を消す。
やや置いて、本当に生きた人間のように身じろいだ『クラッカー様』が、大きな片手でひょいと俺を持ち上げた。
「そろそろ出かけるか、ナマエ」
「おでかけ?」
「あァ、夕方まで部屋をあけておくことになっている」
言いながら歩き出した相手に掴まれたまま、よくわからず首を傾げる。部屋に大規模な清掃でも入るんだろうか。
それなら納得しないこともないけど、と考えながら視線を落とすと、交互に前へと動く『クラッカー様』の足が見えた。
動きはとても自然で、やっぱり作り物には思えない。
辿るようにその顔へと視線を向けると、その瞳を動かした『クラッカー様』が、俺の方を見やって、どうした、と言葉を零した。
「……生きてるみたいだなあ、って」
本当に、どうしてこれがビスケットなのか分からない。
俺の体を覆うビスケット鎧は間違いなくビスケットにしか見えないから、余計にこの『クラッカー様』は本物じみて見える。
すごい、と心からの称賛を贈ると、フフ、と内側からわずかな笑い声がした。
それと共に『クラッカー様』の顔に笑みが浮かんで、仕方のない奴だ、とビスケットの筈の唇が言葉を零す。
「そんなに褒めて、また何か強請るつもりか。何が欲しいんだよ」
「オネダリじゃなくて、あの」
「とりあえずジャムから見ていくか」
今日は特別だからな、なんてことを言い放つ相手に、この間もそんなことを言っていたよと反論する。
金が有り余っているのか、それともただ単に金遣いが荒いのか、どうやらクラッカー様は今日も俺に何かを買ってくれるつもりらしい。
買うものは大体が食べ物で、俺はこうして連れて行かれるたびにあれこれと甘いものを口に詰められるのだ。
しかし今日はもう昼食も食べたことだし、少なめにしてもらわないとさすがに腹に入らない。
「ちょっとにしてね」
だからこそそう頼むと、俺を捕まえたまま、そうだな、と珍しく『クラッカー様』が頷いた。
「今日は別に食べるものがあるからな。ガキは腹に入る量も少なくて困る」
「ムカシよりは食べられるようになったのに」
「そんなんじゃァでかくなれないぞ」
おれくらいにはなってもらわないとな、と言葉が続いたが、はたしてその『おれ』というのはクラッカー様のことか、それともこのビスケット人形のことだろうか。
どちらにしても人種の壁がありそうな発言にため息を零した俺が、クラッカー様に連れられてあちこちで食べ歩き、ようやく部屋へと戻ったのは、その日の夕方のこと。
〇月◇日が自分の誕生日だなんて、すっかり忘れていた。
せめて教えていてくれたら頑張って加減をしたのに、連れ歩かれるまま食べ歩いて、俺の腹はパンパンだ。
けれども、にまにま微笑んでこちらを見つめるクラッカー様に他意がないことは分かっていたので、用意されていたバースデーケーキはどうにか完食するしか道がない。
「いい食いっぷりだな。土台はどうだ? おれのビスケットを使ったんだ」
「……おいひい」
「そうか!」
俺の一言で嬉しそうな顔をするクラッカー様の前で、俺は懸命に手を動かした。
育てば胃袋も大きくなるんなら今すぐ大きくなりたいと、こんなに切実に思った誕生日は初めてだったと思う。
end
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