- ナノ -
TOP小説メモレス

ベラミーと誕生日
※主人公はドンキホーテファミリー幹部でベラミーが好き



 突然だが、おれには好きな奴がいる。
 昔からどこで見かけても小生意気な悪ガキといった風体だった、ベラミーという名前の海賊だ。
 同性で年下で相手はどう考えてもおれのことをそういった対象にはしていないのだが、あいつが万が一にもおれにそういった好意を示して来たら無理やり手籠めにしてやろうと思っているくらいには好きだ。
 しかし多分、そんな日は来ないだろう。
 もしもベラミーが男に目覚めることがあるとするなら、その目が熱っぽく見つめるのはきっと違うやつだ。

「これ」

「…………ん?」

 いつものように『上納金』を受け取りに行った先で、目の前に唐突に差し出されたものに眼鏡の奥の目を瞬かせた。
 戸惑うおれの目の前にあるのは札束でもなければコインの詰まった袋でもなく、何本かの花が束ねられた花束だ。
 あざやかな彩の花びらがそろってこちらを向いていて、わずかに漂う香りは見た目に似合わないくらいに煙たい。
 受け取りながらすん、と鼻を鳴らし、吸い込んだ香りがなんの匂いに似ているのかを少しだけ考えてから、ああ、と声を漏らしたおれは自分の胸ポケットに手をやった。
 掴みだした煙草を見やると、珍しい匂いだろ、とおれの前のテーブルに袋を置いて金をその中へ並べながらベラミーが口を動かした。

「そうだな。なんて花だ?」

 ふわりと漂うそれは、おれの吸っている煙草とよく似た香りだ。
 好んで買っている煙草と、同じ匂いのする花があるとは知らなかった。見下ろした花びらや葉にも覚えは無いが、もともとおれは草花に明るくない。
 道端ででも摘んだのかと考えたが、丁寧に包装されている様子からして花屋の商品だろう。
 尋ねたおれに対して、知らねえ、とベラミーは答えた。

「店先でその匂いを嗅いだから、あんたがいるのかと思って店に入っちまったんだ。ついでに買ってきた」

 ついでのように寄越された言葉に、へえ、と声を漏らしつつ煙草を口にくわえる。
 そうしてマッチを擦ろうとしたところでベラミーの発言にようやく頭が追い付いて、ぽきり、とマッチが一本擦りつける前に折れた。

「ナマエ?」

 ようやく今回の献金を積み終えたらしいベラミーが、全部を詰めた袋の口を閉じながら少しばかり不思議そうな顔をする。
 どうしたんだ、と尋ねてくるその目にはわずかな幼さすら見えた気がして、わずかに瞬きをしたおれは眼鏡を押し上げる真似をしながら視線を逸らした。

「……そういや、おれの煙草と似た匂いだな。花の癖に」

「なんだ、いつも吸ってっから好きだろうと思ってたんだが、違ったのか?」

 あっさりと放たれたそれは、やっぱりおれの煙草の匂いだと感じて買ってきたらしいという意味が込められていた。
 確かに、おれはベラミーと顔を合わせることが多い。
 ドフィを敬愛するこの海賊が、ドフィへ勝手に忠誠を誓うからだ。
 かつてドフィから手酷い制裁を食らったというのにそれでも食い下がってくるのだから、その想いは本物だろう。権力に媚びたいというだけならば、王下七武海は他にもいる。
 そして、ベラミーが上納したいという金を受け取りに行く役目を任されているのは、大概がおれだった。
 ドフィいわくおれが『暇人』だからだという話だが、恐らくおれがベラミーを気に入っているのだって気付いているに違いない。
 ベラミーはドフィのことをとんでもなく尊敬している『坊や』で、たまにドフィの方からの『頼み事』を伝えてやるとそれこそ犬が尾を振る勢いで喜ぶから、それを見たいおれとしても得のある役目だ。
 しかし、おれはあくまでベラミーとドフィの仲介役だった。
 他の誰が来てもベラミーにとっては同じだろうし、ベラミーがわざわざおれの煙草のことまで把握しているだなんて思うわけもない。
 動揺なのかわずかに震える手でマッチをしまって、口にくわえていた火もついていない煙草を指でつまんだ。

「気に入って買っちゃァいるが、まさか花からそんな匂いがするなんて思わないだろう」

「そうか。気に入ったか?」

 おれの言葉に、にかりと笑ったベラミーが問いを寄越す。
 いちいち眩しいそれを睨み付けたいのを我慢して、そうだなと答えると、それなら買ってきたかいもあるってもんだ、とベラミーは嬉しそうな声を出した。

「やるよ。今日、あんたの誕生日なんだろ?」

 そうしてそんな風に寄越された言葉に、おれは片手に入りかけた力を抜くのにとても苦労した。
 危うくひしゃげるところだった花束を膝の上へと寝かせて、ふわりと漂う香りを吸い込みながら手元の煙草を箱へと戻す。
 確かに、今日は〇月◇日だ。
 ドフィには早く帰って来いと言われている。何せ、うちのファミリーはお互いの誕生日にはプレゼントを贈って祝うのが決まりなのだ。

「……よく知ってたな、おれの誕生日だなんて」

「ん? そうか? 前にあんたが言ったんだろ」

 上擦りそうな声を抑えて言葉を放つと、ベラミーは袋の口を丁寧に縛りながら首を傾げた。
 そういえば確かに、そんな情報を相手に渡した気がする。
 しかしそれはベラミーの誕生日を聞き出そうとした時で、おれ自身の誕生日を教えたのは相手に不審がられないようにするためだ。
 ついでにいえば聞いた時点ではすでにベラミーの誕生日は知っていたし、そもそも聞いたのは『当日』だった。
 そうなのか知らなかったよしこれをやるよ誕生日おめでとう、と言葉を重ねておれがくれてやった酒がとんでもなく希少な一瓶だったことなんて、こいつは多分知らない。

「そうだっけか……よく覚えてたな」

 案外頭がいいなと笑うと、案外は余計だ、とわざとらしく怒られる。
 随分と太く育った腕が白い袋を捕まえて、ぐい、とおれの方へと寄せられた。

「おれァ、あんたの言うことは出来るだけ覚えるようにしてるんだ」

 そんな風に言われて、椅子を蹴倒して立ち上がりたくなったのをどうにか足に力を入れて抑える。
 一体これは何の罠だ。
 唸りたいところだが、ベラミーの前で無様な姿は見せられない。
 分かっている。ベラミーのこれは、『ドンキホーテ・ドフラミンゴの仲間』への敬愛だ。
 おれ達のドフィが誰かに好かれているのは当然で、もちろんベラミーの中の一番はドフィだろう。
 女を横に置いていた頃のベラミーもおれは知っているし、ベラミーが男を好きになることはほぼありえない。
 それでももしも男をそういった目で見るようになったなら、一番憧れているドフィへその視線がむくんだろうとずっと思っているのだ。
 おれは、おれがひどい奴だということを知っている。
 もしもベラミーの心がおれの方を一瞬でも向いたなら、その時点でベラミーがおれ以外の誰にも心を向けられないようにむちゃくちゃにしてしまうに違いない。
 自分が好きなものを構いすぎて壊してしまうのは昔からで、自分の独占欲の強さを学んだ頃におれが出会ったのがベラミーだった。
 一心にドフィへ憧れの視線を向ける、おれ達とはまるでレベルの違う軽々しさで海賊になった、可愛い『坊や』だ。
 きらきらと輝く目も、夢物語を好まないくせに『いつか』の夢を捨てないいじらしさも、仲間を失い顔にさすようになった陰とそれを覆い隠すような思慕も。
 その全てを踏みにじって壊していいのは、それらを向けられているドフィだけだ。
 だから、ベラミーがおれのことをそういった意味で好いてくれるなんてことは、あってはならないことだった。

「なんだ、おれがドフィの仲間だからか?」

 誤魔化すように微笑んでそう尋ねると、なんだよ、と拗ねたようにベラミーが声を漏らした。
 秘密を暴かれた気まずさを感じているかのようにその目が少しばかり逸らされて、それからちらちらと窺うようにおれを見る。
 睨み付けるようにその目は眇められているが、そんな顔をしても可愛いだけだとどうにも当人は気付いていないらしい。

「帰ったらドフィに自慢しておくよ。今日初めてもらった誕生日プレゼントだからな」

「お、おう」

「ドフィより先だからなァ……悔しがるかもな」

「!」

 そんな風に続けたおれの前で慌てたベラミーが『秘密にしてくれ』と口にするのを聞きながら、おれは煙草の香りを漂わせる花束をゆるりと撫でた。
 とりあえず、今日は帰ったらドライフラワーの作り方を調べる必要がありそうだ。



end


戻る | 小説ページTOPへ