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ヴェルゴさんと誕生日
※主人公はNOTトリップ主で男児



 ドレスローザには王がいる。
 なるべくして王となった、素晴らしき存在だ。
 その『彼』が住まう王城の中庭へ降り立った男に、そこにいた先客の子供がぱちくりと目を瞬かせた。
 壁からよじ登っての行動で、どう見ても不法な侵入者である男がじっと見つめた先で、少年の首がわずかに傾く。
 それから数秒の後で、小さな顔に満面の笑みを浮かべ、子供は男へと駆け寄った。

「ヴェルゴさんだー!」

「……む。なぜ分かった」

 寄越された言葉にわずかに怪訝そうな声を出しつつ、男が駆け寄る少年を見下ろした。
 赤い派手な縁飾りのサングラスにこげ茶に白髪交じりの無造作に跳ねた髪型、白いひげ。
 さらには体の逞しさを隠すようなゆとりのある衣服に身を包んだ相手の問いかけに、たどり着いた相手の足へと飛びつきながら、だって、とナマエが答える。

「ほっぺにハンバーグついてる!」

 指摘して笑う小さな子供に、なるほどと零した男の手が自分の頬に触れた。
 確かに子供の言う通り、彼の頬には民間船で食した昼食の残りがついている。
 ドレスローザへと入り込む前、適当ながらも完璧に変装をしてきたつもりだったが、どうやらそのせいで子供は一目でヴェルゴが分かったらしい。
 抓んだ『弁当』を口へ入れて平らげた男をよそに、ナマエは抱きついた相手の足を伝うようにしてその体をよじ登った。
 細い両手両足を必死に使う子供を気にせずかつらを外したヴェルゴが歩き出すと、揺れたそれに悲鳴を上げた子供がしがみついたまま動きを止める。

「ヴェルゴさん、おれまだのぼってる!」

「知らんな。ドフィはどこに?」

「若さまはー、さっき見たらまだおひるねしてた」

 しがみ付かせたまま尋ねたヴェルゴに、ナマエは律儀に返事をした。
 なら起きるまで待とう、と頷いて、ヴェルゴのつま先が少しばかり進路を変える。
 さらに歩きながら付け髭を外し、サングラスをいつもの物に変えて、手元の変装道具の片付け場所を探したヴェルゴの手が、それを自分にしがみ付いている子供に着けた。

「うあ!」

 両手でヴェルゴにしがみ付いているせいで抵抗の一つもできない子供に、手探りで適当に装備させてから、ヴェルゴの大きな手がぽんぽんと軽くナマエの頭を叩く。

「似合っているぞ、ナマエ」

「ほんとーに見て言ってる!?」

 視線などほぼ向けていないことは分かっているのか、子供からは非難がましい声が上がる。
 それに対して『そうだった見ていなかった』と適当に言葉を零して、進路を応接間の方へと向けたヴェルゴの目が自分にしがみ付く子供へと改めて向けられた。
 先ほどまでヴェルゴの顔を変えていた変装道具は、ヴェルゴの手探りの行動によってしっかりと子供の頭に装備されていたが、小さな子供には随分と不似合いだ。
 頭に対してかつらも大きいし、サングラスはずり下がっている。付け髭などは論外で、子供がおもちゃでふざけているようにしか見えない。
 しかし、子供らしいと言えば子供らしい姿だ。

「似合っている」

 だからこそ鷹揚に頷いたヴェルゴに対して、それは目がおかしい、とナマエは何やらひどいことを言いだした。
 歩むヴェルゴの動きに慣れたのか、さらにヴェルゴの体をよじ登り始めた相手が、ついにヴェルゴの肩口に到達する。
 細い両腕をヴェルゴの首に回して、ヴェルゴの太い首にぶら下がるようにした子供に、ヴェルゴは仕方なく片手を添えてやった。
 安定感を得たナマエが、片手をヴェルゴから離して付け髭とかつらを外していく。どこかへ放り捨てるのではなく、小さな体とヴェルゴのたくましい胸板の間にそれを挟んで、最後に大きなサングラスを額の上へと押し上げた。

「これ、くれるの?」

「欲しいか?」

「くれるんならもらう。使わないけど」

 はっきりとした強欲な言葉に、なら好きにしろ、とヴェルゴは答えた。
 どちらにしてもドレスローザを離れる時はまた別の変装に身を包むつもりなのだ。備えは十分にしてあるし、たかだか変装道具の一つや二つや三つをくれてやったところで、どうということもない。
 あっさりとしたヴェルゴの言葉にわずかに目を丸くしてから、やや置いて嬉しそうに笑ったナマエが、やったァ、と声を漏らした。
 両手でもう一度ヴェルゴへしがみつき、その頭に装備されているサングラスのフレームがぐり、とヴェルゴの頬を押す。
 それに気付いてかナマエはすぐに身を引いたが、その頭にサイズの合わないサングラスはそのままヴェルゴの頬に張り付くようにして残った。
 小さな手がそのままサングラスをヴェルゴから奪い取り、改めて意味のない場所へと掛ける。

「今年は、もーもらえないかと思った」

「今年?」

 ああよかった、と胸をなで下ろす子供らしくない子供に首を傾げると、ヴェルゴのそれを見たナマエが『また忘れてる』と唇を尖らせる。

「せんしゅーの〇月◇日はおれの誕生日だったでしょ。今日はパーティーだよ」

 言葉を漏らしつつじとりと視線を向けられて、ヴェルゴは今日何のためにこの王城へ来たのかを思い出した。
 ヴェルゴがどこの誰よりも優先する『ドンキホーテ・ドフラミンゴ』が、わずかに仄めかした行事だ。
 ナマエはヴェルゴが拾った子供で、ドンキホーテファミリーの中で誰よりもヴェルゴに懐いている。
 だからこそと掛けられた誘いに、ヴェルゴはいつものように二つ返事で応えたのだ。

「そうだった……そういえばそのサングラスは誕生日プレゼントだった」

 思い出して呟いたヴェルゴに、なんでおれの誕生日プレゼントをさきにつけるの! とナマエが怒ったような声を出す。
 しかし、その顔を見れば怒っていないのは一目で分かることだ。
 ヴェルゴがわざわざやってきたことが嬉しいと、その顔に大きく書いてある。
 たかだか拾っただけのヴェルゴよりも優先する者がこのドレスローザにはいる筈だが、どうにもナマエにとっての一番は『ヴェルゴ』だった。
 ただ、ヴェルゴが懇切丁寧に教え込んだからこそ、『ヴェルゴの一番大事なもの』こそがこの世で一番守らなければならないものであることは、どうにも幼さの抜けきらないナマエもきちんと分かっている。

「若さまが起きたらパーティーだね。ケーキ、ヴェルゴさんのいちごもちょーだい」

「ドフィがいらなければな」

「えー? じゃあ、若さまにはおれのあげるから、ヴェルゴさんのはおれにちょーだい」

「それは何の意味がある?」

 自分の物を食べろ、と言葉を放ちながら応接間へ向かうヴェルゴにしがみ付いてぷくりと頬を膨らませて憤りをあらわにした小さなナマエは、しかしそれからやがてやはり漏れた笑いで表情を崩して、細くて貧弱な腕で改めてヴェルゴへとしがみついた。
 密着したせいでまたしてもヴェルゴの頬に奪われたサングラスをその手が取り返す、というやり取りをナマエはその後少なくとも三回は繰り返し、ヴェルゴは構わず好きにさせていた。



end


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