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ピンクさんと誕生日
※トリップ系主人公はファミリー構成員でセニョールが好き



 セニョール・ピンクには取り巻きが多い。
 どんな格好をしようともにじみ出る魅力が女の子を惹きつけてやまないのだということは、もうそろそろ理解できているところだ。
 そして彼には『唯一』の誰かがいるらしくて、どれだけ誘惑的な姿をした女が傍へ寄ってきても気にした様子がない。
 つまりはそんな彼にひっそりと恋愛感情を抱いている俺という男にも、勝利の道は残されていないということだ。

「ナマエ」

「え? あだっ」

 なんてこったと拳を握ったところで名前を呼ばれて、振り向いたのとほとんど同時に額をごつりと何かが攻撃した。
 そのまま額から落ちて行こうとしたものを慌てて両手で支えながら、唐突に人へものを投げてきた犯人を見やる。

「危ないじゃないですか、ピンクさん」

 瓶なんか投げないでくださいよ、と額に触れているものを降ろしながら放った俺の非難に、ああ悪かったな、と相変わらず唇におしゃぶりを挟んだままの相手が答えた。
 柔らかそうでその実硬い腹回りは大きく張り出し、頭に少し古びたボンネットをつけてよだれかけとスカーフを巻いたその姿はどう見ても異様だが、もはや常に見ている姿なので何とも思わない。
 わずかにひりつく額を軽く撫でてから手元の瓶へ視線を戻した俺は、それがトマトジュースの瓶だと把握して目を丸くした。

「なんですか、これ」

「今日がお前の生まれた日だと聞いたんでな」

 プレゼントだ、とさらりと寄越された言葉に、ぱちりと目を瞬かせる。
 確かに今日は、〇月◇日だ。
 すなわち俺の誕生日だが、セニョール・ピンクが贈り物をくれる理由が分からない。だって俺は何人もいる部下の一人で、今日こうして顔を合わせているのだって、彼への急ぎの伝言を伝える当番だったからだ。
 電波にも乗せられない伝言だと把握したらしい彼は名残惜しむ女の子たちを袖にして部屋へやってきて、俺からの話を椅子に座って聞き、持ち込んだ資料に目を通していた筈だった。
 そりゃあ確かに誕生日にこの人に会えたら嬉しいと思って当番を代わってもらいはしたけど、この人がそれを知っているわけがない。
 首を傾げる俺をよそに、花の礼だ、と告げた相手がおしゃぶりを吸ったのかわずかに唇で音を立てる。
 はなのれい、と言葉をおうむ返しに紡いでから、何を意味しているのかに気付いた俺は、少しばかり目を伏せた。
 とある島のとある墓地に俺が出向いたのは、つい先月のことだ。
 命日なんて教えてもらったこともないが、彼がその島へ通っているということだけは知っていたから、足を向けただけだった。
 花を持って行ったのは何となくで、それを置いてきたのもまた、なんとなくだ。
 仕事のついでに出かけただけだから、きっと誰にも気づかれていないと思ったのに、どうやら目の前の相手はしっかりと情報を掴んでいたらしい。誰か親切な取り巻きが、その耳に入れたのかもしれない。

「……別に、お礼を言われるようなことじゃないですけど」

 誕生日プレゼントは嬉しいです、ありがとうございますと言葉を放つと、セニョール・ピンクがおしゃぶりを震わせてわずかに笑い声を零す。
 普段と何も変わらないその様子を見やって、俺は少しばかり息を吸い込んだ。
 たかが花を手向けに行ったくらいでその部下の誕生日を祝うだなんて、そんな海賊は珍しい。それでもきっと、そのくらいこの人が喜んでくれたということだ。
 それは嬉しい筈なのに、大事なものとそれ以外をまざまざと線引きされたような気がして勝手に苦しい。
 誕生日にこんな想いをしている奴なんて、きっと俺くらいなものだ。

「……にしても、なんでジュースなんですか。せめてお酒とか」

「ボーヤに酒はまだ早ェな」

 自分をごまかすように投げた適当な文句を、俺の想い人はあっさりと受け流してしまった。


end


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