ベポと誕生日
※主人公はハートクルーでとんでもなくベポが好き
「ナマエ、誕生日おめでとー!」
朗らかな声で、祝福の言葉が寄越された。
本日は〇月◇日、何と俺の誕生日なのだ。
朝から何度も寄越された台詞だが、目の前の相手から貰うことが何よりうれしい。
しかし、いつもだったら嬉しさでにやけているだろう俺の目を釘付けにしているのは、残念なことに祝福してくれているシロクマ航海士でもその少し後ろでこちらを見たり笑ったりしている仲間達でもなく、俺とベポの間に置かれたたらいの中身だった。
ぱくぱくとえらを動かした巨大な魚が、横向きになっている。
たらいに巻かれた可愛らしいリボンが少しぐしゃりとゆがんでいるのは、たぶんそれを巻いたのがベポだからだろう。
うちのシロクマ航海士は少しばかり不器用だ。
「…………プレゼント?」
「プレゼント!」
たらいを指さして尋ねた俺に、ベポが大きく頷く。
勘違いじゃなかったかと把握して、俺はそっと両手でたらいを捕まえた。
少々グロテスクな見た目の巨大魚は、どんな味がするのか想像もつかない。
まさか飼えと言うわけではないだろうし、食料扱いだろう。
あまり揺らすと驚いた魚が暴れ出し、この場が水浸しになりそうなので、そっと自分の方へと引き寄せてからベポを見やる。
なまものをプレゼントにしてくるベポは少々変わった感性の持ち主だが、それがベポだというのならまるごと受け止めてやろうじゃないか。
「ありがとうな、ベポ。すごい大物じゃないか」
「さっきようやく釣れたんだ!」
「今朝早くから、すげェ頑張ってたもんなァ」
俺の言葉にぱあっとベポが顔を輝かせて、その後ろでずっと笑っていたシャチがそんな風に言葉を重ねた。
なるほど、朝から見なかったはずだ。
そんな風に考えつつ、俺はたらいの中身を見下ろす。
助けを求めるような巨大魚の瞳と目が合ったが、美味しく食べてやるから諦めろと視線で返すと、巨大魚はぱくりと口を動かした。
「ナマエ、魚好きだもんね」
楽しそうにベポが言う。
そんな事実はまるでなかったが、ベポが言うなら今日から一生、俺の好物は魚類だ。
「まあな、栄養あるし」
「栄養素で測るなよ」
少し呆れた様な声を出したペンギンが、コックに任せてきてやるからと言ってこちらへ近寄ってきた。
ありがたくその腕にたらいを押し付けてから、あ、と声を漏らす。
「俺が貰ったものなんだから俺がメニュー決めていいよな? 鍋にしようぜ、皆で食える」
これだけ巨大なのだから、そうすれば船員全員にいきわたるだろう。
ナマエだけで食べてもいいのに、とベポは少し残念そうな声を出したが、皆で食べたいんだと言ったらつぶらな瞳がぱちりと瞬いた。
どことなく嬉しそうに耳が動いたのを見て微笑むと、俺達のやり取りを見ていたペンギンがため息を零してからたらいを腕に離れていく。
途中で『触らせろ』とシャチが近寄って行ったので、なんとなく魚が暴れる可能性を感じたが、まあ濡れるのはせいぜいあの二人だし問題ないだろう。
「でも、おれ熱いのは苦手かも」
「俺が冷ましてやるよ」
隣に座ってきたベポに言うと、じゃあナマエのはおれが冷ますね、と何ともかわいらしい発言が寄越される。
息を吹きかけるのが苦手なベポにさせてはまるで冷めないだろうが、ベポがそうしてくれるというのなら任せない筈がない。
「ついでに食べさせてくれるか?」
「うん、いいよ」
今日はナマエの誕生日だもんね、と何に納得したのか分からないが優しげな発言をしてくるベポの横で、俺は今日口腔の火傷を覚悟した。
仕方がない。
愛と言うのは、他の何を犠牲にしてでも勝ち取るものなのだ。
end
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