エースと誕生日
※主人公は古参クルー
「ナマエ! 今日誕生日って本当か!」
どたばた、とおれの他に誰もいなかったはずの一部屋に駆けこんできての開口一番、そんな風に声を掛けられて、んあ、と口から間抜けな声が出た。
数秒の内に寝ていたハンモックを揺らされて、傾いた体がどたりと下へ落ちる。
「いで」
軽く受け身はとったものの、明らかな衝撃に声を漏らしながら仰向けになったおれの膝の上に、どすりと何か重たいものが乗った。
ぐいと服を引っ張られて体を無理やり起こされ、仕方なくずっと閉じていた目を開く。
「あー……エース?」
おはよう、と寝起きの掠れた声で言葉を放つと、おはよう、と律儀にそれへ返してから、そうじゃねえ、と目の前の相手が低く唸った。
「今日! 誕生日だろ!」
「んー? ああ、そういや……そうか?」
久し振りに仮眠もせずに夜通しの見張りなんてした所為ですっかり寝ぼけた頭をどうにか動かしつつ、今日の日付を思い出した。
確かに今日は〇月の◇日だ。
しかし今さら、この歳になって『お誕生日』がどうこうと騒ぐようなことでもない。
もちろんエースにわざわざ教えた覚えもないが、誰がそれを教えたんだろうか。
世話焼きのサッチか、案外おせっかいなマルコあたりかな、なんて適当な見当をつけるおれの向かいで、馬鹿ナマエ、とエースがおれを詰った。
逸らしかけていた視線を戻せば、明らかに不機嫌そうに眉を寄せたエースがおれを睨み付けて、おれの襟首をつかんだままの手がさらにおれの体をエースの方へと引っ張る。
「なんで人づてに聞かなくちゃなんねェんだよ。ちゃんと言っとけよな!」
何にも用意してねえだろ、と続く言葉に、ゆるりと瞬きをする。
それから軽く首を傾げて、もしかして、と声を漏らした。
「なんか祝ってくれるつもりだったか?」
「当然だろ! つ……付き合ってんだからな!」
何が当然かよくわからないが、そんな可愛らしいことを言い放ったエースの顔がわずかに赤く染まった。
おれの膝に座っているエースがおれの『恋人』になったのは、つい先日のことだ。
真っ向から懐いてくる相手が可愛くなって、おれのものにしたいと思ったからそう言ったら『お前がおれのになるんなら考える』と答えたので、そういうことにした。
『付き合う』と決めてからも昼間の態度はあまり変わらないが、どうやらちゃんとおれはエースの『特別』な人間だったらしい。
「次の島でなんか買ってくるから、それまで我慢しろよな」
「別に物なんてもらわなくても構わねェよ」
どうやら誕生日プレゼントのことを言っているらしい相手に笑うと、誕生日なのにか、とエースが少しばかり怪訝そうな顔をする。
放り出していた両腕を動かしてエースの体を抱え込むようにしてから、おれはエースへと顔を近付けた。
「ただ物を貰うより、好きな奴に『おめでとう』って言われた方が嬉しいもんだろ」
何せ今日は誕生日だ。
この年齢になるまでの間に何度も『家族』達に祝われたが、そのたび一番おれを喜ばせたのは、祝福してくれる誰かの言葉だった。
今はもうそれほど後ろ向きに考えることも無くなったが、自分が生きていることを許されたような、そんな気持ちになるからだ。
どうしてか教えてくれないエースの誕生日もそのうち聞き出して、モビーディック号の全員を巻き込んで祝ってやると心に誓っている。
プレゼントだって大量に買い込むし、エースが怒り出すくらい何度だって『おめでとう』を言ってやろう。
そんなおれの思惑など知らないエースが、おれの発言にわずかな困惑をその目に浮かべた。
「……そんなんで、嬉しいか?」
「もちろん」
戸惑うような言葉に答えて、促すように軽くその背中を撫でる。
大きな誇りを刻まれた背中はわずかにざらついていて、こそばゆかったのか少しばかり背中をそらせたエースが、仕方ねえな、ともったいぶった声を零しながらようやくおれの服を手放した。
その代わりのように両手でおれの頭を捕まえて、ごちりとその額をおれの額に軽くぶつけてくる。
「一回しか言わねえから、ちゃんと聞いとけよな」
「なんだケチ臭ェな、一時間置きに言ってもいいんだぞ」
真正面から寄越された言葉にそう言うと、一回でいいだろ別に、とエースが眉を寄せる。
しかしその目は拒絶の色を宿していなかったので、たぶん一時間後にはもう一度言いに来るだろうなと考えながら、おれはエースを促すために口を閉じた。
おれのそれに気付いてか、一度息を吸い込んだエースが、そろりと大事ななにかを吐き出すように言葉を零す。
「誕生日おめでとう、ナマエ」
「おう」
穏やかで優しげなそれに笑いかけて、ありがとうな、と声を漏らす。
おれのそれを聞いて、わずかにはにかんだエースが照れ隠しのようにゴスリと寄越してきた頭突きは、まあまあ痛かった。
end
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