イゾウ隊長と誕生日
※主人公は白ひげクルー(新入り)
「誕生日おめでとう、ナマエ」
「え? あ、ありがとうございます」
〇月◇日の朝、見張りを交代して甲板へ降りたところで、俺はイゾウ隊長に遭遇した。
朝早くから顔を合わせて早々に寄越された言葉にひとまず礼をしてから、あれ、と首を傾げる。
「俺が誕生日だって、なんで知ってるんですか?」
この船に乗ってから、まだ半年だ。
確かに俺はイゾウ隊長のところに所属しているが、イゾウ隊長と雑談なんてほとんどしたことがない。
不思議に思って見やった先で、小耳にはさんだのさ、とイゾウ隊長が微笑みを浮かべる。
こんなに朝も早いのに、すでにしっかり化粧をして、丁寧に髪を結いあげたイゾウ隊長は確かに男性なのになんだかきれいに見えて、少しだけどきりとした。
しかし、まさか男にときめいたなんて言えるはずもなく、そ知らぬふりで『そうなんですか』と相槌を打つ。
俺の様子に目を細めて、イゾウ隊長の手が俺の腕を捕まえた。
「ナマエ、ちょいと」
「わっ!」
おいで、と言いながら引き寄せられて、思わずたたらを踏む。
驚いて前へ伸ばしたもう片方の手はイゾウ隊長の体の傍を通り過ぎて、俺は顔からイゾウ隊長の体にぶつかる羽目になった。
大胆だねェ、なんて言ってイゾウ隊長は笑っているが、腕を引っ張ったのはそちらの方である。
「隊長!」
「ほらほら、そんな怖い顔しなさんな。髪にゴミがついてたんだよ」
言いながら、俺の腕を手放したイゾウ隊長の指が、俺の頭に触れる。
数秒でさっさと離れて、これでよし、なんて言って笑ったイゾウ隊長が俺の体勢を戻させるのを受け入れながら、俺はイゾウ隊長を見上げた。
イゾウ隊長は厳しいけど、なかなかの世話焼きだ。
今みたいにごみを取ってくれたりするし、襟がおれていたら直してくれようとする。
その代わり作業の手抜きは許さないし、最近護身用にと棒術を習うようになった俺の指導はとても厳しくていつもへこたれそうだ。
ただ、できれば世話を焼く行動に出る前に口で言ってほしいところだが、何度言ってもそこは改めてくれないので、諦めたほうが良いのかもしれない。
俺の非難がましい視線に気付いたのか、目を細めて紅を乗せた唇に笑みを浮かべたイゾウ隊長が、先ほどから後ろに回していた右手をひょいと前へ寄越した。
「それで、ほら」
「え?」
差し出された小さめの箱に、目を瞬かせる。
リボンのかかったそれは誰がどう見ても『プレゼント』で、受け取れと言われて反射的に両手で受け止めたそれは、ずっしりと重たかった。
「あの」
「誕生日プレゼントだよ。ちょうど昨日出来上がったんだ。間に合って良かった」
重さに困惑する俺へ向けてそう言い放ち、イゾウ隊長が片目を瞑る。
大事にしとくれよ、なんて言われて思わず頷くと、小さく笑い声を零したイゾウ隊長が俺の肩を軽く叩く。
「使い方が分からなかったら聞きにきな」
そうしてそんな風に言い放って、俺から離れて行ってしまった。
向かっていく方向は船内なので、朝食に向かうんだろう。
俺もごはんに行こう、なんて考えてから、手元へ視線を落とす。
「…………食べ物……じゃないよな?」
あの口ぶりからして『手作り』の何かのようだが、この重さは食べ物のそれとは思えない。
大きさは両手をくっつけて広げた程度で、中身もたぶんそのくらいだろう。
一体何なのか、あまり予想が出来ずにもう一度首を傾げてから、とりあえず後で開けようと考えて移動することにする。
箱から出てきた拳銃に驚き飛び上がって足を机にぶつけた俺は、絶対に悪くない。
食堂での行動を見ていたらしいイゾウ隊長が、けらけらと笑いながら俺の足を気遣ってくれたが、拳銃くらいでそんなに驚くんじゃねェよ、と軽く背中まで叩かれた。
半年前までただの日本人だった俺には、この世界は時々刺激的すぎると思う。
end
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