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オーナーゼフと誕生日
※主人公は元海賊



「ナマエさん」

「ん?」

 与えられている小さな部屋で、いつものように寝る前の読書を始めようとしたところでかけられた声に、おれは視線をそちらへ向けた。
 扉の隙間から頭を出した子供が、おれの方を見ている。

「どうした、サンジ」

 このレストランで一番の古株殿に首を傾げると、今度は隙間からその手が出てきて、小さな手がそのままちょこちょことこちらを手招いた。
 来い来いと寄越されるそれに軽く目を瞬かせてから、とりあえず転がる予定だったベッドから立ち上がる。
 片手に持った本をベッドへ放ってサンジの方へ移動すると、おれを見上げた子供がするりと通路の方へ出て行ってしまった。
 扉を開いて通路を覗くと、扉のすぐそばに立っている子供が小さな声を零す。

「あのさ、ちょっと来てくれよ」

「ちょっと?」

「そう、ちょっと」

 こっくりと頷いたうえでさらに続けられた言葉と共に、サンジの手に片手を掴まれた。
 そのままぐいと引っ張られて、仕方なくサンジの後を追いかける。
 向かった先は今はもう片付けも終えたレストランのホールで、どうしてか一つのテーブルだけがテーブルクロスまでかけた状態で出されていた。片付け忘れたわけじゃないのは、その上に置かれたカンテラが灯りを零している様子からも分かる。
 おれの手を離してテーブルの方へと駆け寄ったサンジが、椅子を引いておれの方へ顔を向ける。

「ほら」

「あ、ああ」

 何やらエスコートされているらしいことを把握して、とりあえず示された椅子に腰を下ろした。
 テーブルにはあと二つの椅子があって、それぞれの前に皿とフォークが出ている。
 こんな遅くに、一体どういう状況だろうか。
 よくわからないままで視線を向けると、そのまま待っててくれよな、と言葉を置いたサンジが厨房の方へと駆けて行ってしまった。
 お客様の前ではあんまり走らないよう教えねえとな、とその背中を見送って考えつつ、とりあえず視線をテーブルの上へと戻す。
 わずかに香るのは甘い匂いで、サンジが何かをいじっている音がした。
 こんな遅くに何かを作ったのか、なんてことを把握して、ふむ、と声を漏らす。

「相変わらず熱心だなァ、あいつ」

 かつては海賊を生業にしていたおれが、このレストランで『奇跡的』な再会をしたのはもう一年も前のことだ。
 おれ達の船長はここのオーナーになっていて、その時にはもうあの子供が一緒だった。
 サンジが『あの時』の子供だと知った時は、よくそろって生きていたものだと感心した。
 もともとどこかの下働きでもしていたのか、慣れた手つきで雑用をこなしていたサンジに『船長』が料理を教えるようになって、そろそろ半年。こっそりと『盗んだ』技を試すことの多いサンジの実験台は、基本的には当人と他の従業員だ。
 しかしいつもだったらおれの部屋までできたものを持ってくるくらいのことなのに、どうしてわざわざホールを使っているんだろうか。
 不思議に思って首を傾げたところで、耳に慣れてしまった独特の足音が響いた。

「船長?」

「オーナーと呼べと言ってんだろうが」

 とん、と義足で床を叩いた相手が、軽く呆れた声を漏らす。
 近寄ってきた相手が向かいの椅子に腰を下ろすのを見やると、こちらをじろりと見やったオーナー・ゼフが低く声を漏らす。

「一年も経つんだ、いい加減にしやがれナマエ」

「すみません、オーナー」

 怒られて笑いかけると、へらへら笑いやがって、と呆れたように言われた。
 このやり取りがしたくて時々『船長』と呼んでいると言ったら、たぶんきっと蹴られるだろうななんて思いながら丸くしていた背中を伸ばす。
 おれの向かいの相手は、おれの『船長』だった海賊だ。
 おれはこの人を慕って船に乗ったし、あの日船が沈んでからもずっとこの人のことを探していた。
 この人も、他の仲間達もみんな見つけることが出来なくて、きっともう死んだんだと思っていた。
 たったの二か月であきらめたあの日の自分のことは殴り飛ばしてやりたいくらいだが、それでもおれをこの人に会わせてくれた神様には感謝している。

「そういや、オーナーもサンジに呼ばれてきたんですか?」

 今まで生きてきた中で一番の幸福を思い出しながら、ふと気付いて言葉を零したおれの向かいで、ああ、と船長が頷いた。

「何作ってるか聞いてます?」

「さァな。デザートみてェだが」

 材料を無駄にしただけだったらただじゃ置かねえ、なんていう風に唸る船長に、はは、と笑い声を零す。
 いつもだったら、サンジが作ったものを披露するのはおれや他の従業員に対してだ。
 一応『技術を盗んでいる』という名目だからか、サンジはあまり船長に作ったものの味見をさせない。
 それでも運んできたり味を見てもらうものは、試作に試作を重ねた自信作くらいだ。
 つまり今日のものは自信作だということで、そうなるとおれがここに呼ばれた意味がますます分からない。
 おれは大体なんでもおいしいと思うからそう言うし、もっとおいしくなる技術面の話くらいしかできないのだ。
 それだって船長が『船長』だった頃に叩き込まれたあれこれだから、船長がいるんならおれがいる意味はない。

「なんでしょうねェ」

 微笑みそんな風に話していると、ようやく厨房からカートが押されてやってきた。
 すました顔でカートを押しているのは当然サンジで、ちらりと船長が座っていることを確認してにんまりと笑った後で、その顔がすぐに引き締められる。

「お待たせしました、お客様」

「いえいえ、待ってませんよー」

「おう、客を待たせすぎじゃねェか」

「そんなに待たせてねえだろ!」

 対客の顔で言われたのでお芝居に付き合ってみたのに、向かいの船長の発言ですぐさますました顔が剥がれてしまった。
 お怒りのサンジに、この程度で怒ってんじゃねェよ、と船長が笑っている。
 それに膨れた顔をしながらサンジがカートの上のクロッシュに手をかけて、丸みの帯びた釣り鐘型のふたがぱかりと口を開けた。
 そうしてそこにあったものに、思わず目を丸くする。

「今日、ナマエさんの誕生日なんだろ?」

 言いながらクロッシュを片付けて、サンジが小さなそれの乗った皿をテーブルのカンテラの傍へと置く。
 きちんと一番映える角度をおれの方へ向けてから、その顔がこちらを見やった。

「誕生日おめでとう、ナマエさん」

 そうしてにかりと笑われて、知ってたのか、と思わず呟いた。
 確かに今日は、〇月◇日だ。
 別に今さら大声で言って回るような年齢でもなかったから、いつも通りに一日を過ごしたはずだった。
 なんとなく昼食や夕食におれの特に好きなメニューが入っていたから、そんな小さな偶然の幸福にこっそり喜んでいた程度だ。
 おれの言葉に、クソジジイが言ってたんだ、と船長を指差して、サンジが椅子の上へとよじ登る。

「一番いいとこ切り分けてやるからな」

 待ってろよ、とナイフを使いだした子供に笑って皿を出しながら、おれはちらりと向かいの相手を見やった。
 おれの視線に気付いた船長が、ふん、と鼻を鳴らしてからこちらから目を逸らす。
 カンテラの灯に照らされたその顔は少し不機嫌そうに見えたけど、そうじゃないということはよくよく知っていた。船長は昔から素直じゃなくて、今は多分、照れているのだ。
 サンジにその日付を教えて、こうして呼び出されたんなら向こうはその理由にだって気付いていた筈だ。
 おれの誕生日を祝ってくれるつもりらしい二人に、どうしても口元の緩みを抑えられず、はあ、と息を零しながら微笑みを浮かべた。

「…………ありがとう、サンジ。オーナーも」

 多分おれの人生最高の日は、今日という日に更新されてしまうだろう。


end


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