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兄貴と誕生日
※主人公はこの小話の転生トリップ少年



 トンテンカンと、何とも騒がしい音がする。

「…………んう」

 声を漏らしたナマエが眉間に皺を寄せながら起き上がったのは、その騒がしさにどうにも耐えられなくなったからだった。
 かぶっていたタオルケットを蹴とばすようにしながら、座り込んだベッドの上できょろりと周囲を見回す。
 しかし、普段なら他にも眠っている人間がいるはずの場所にはナマエ以外には誰もおらず、その事実に不思議そうに首を傾げたナマエの耳に、またトントンカンカンと大きな音が届いた。
 明らかにハンマーを使っていると分かる音に、眉を寄せたままの子供の両目に剣呑さが宿る。
 今日は、ナマエにとっては間違いなく休日だった。
 本来なら作業が入っていたのだが、思うより早く仕事がなくなったからと、急きょ与えられた休みだ。
 働くようになってからの連日で貯め込んだ疲労を睡眠によって取り除きたいと考えた何とも子供らしくない子供であるナマエは、確かに昨晩そう宣誓し、ガキがそんなことでいいのかと拾い主に笑われたはずである。
 騒がしい『アニキ』を思い浮かべてため息を零し、ナマエはよいしょ、とベッドを降りた。
 足先で探った靴につま先を突っ込んで、きちんとかかとを直してから立ち上がる。
 見やった時計は、普段起きるのと大して変わらない時刻だ。
 とりあえず文句でも言ってから二度寝してやろう、と心に誓って歩き出したナマエは、そうしてそのまま寝室に使っている部屋の扉を開いた。

「……んえ?」

 そうして思わず間抜けな声を漏らしてしまったナマエの目が、ぱちくりと瞬く。
 いつもと変わらぬ居間へ続いている筈の扉が、まるで様変わりしていた。
 きらびやかな鉄細工が所狭しと吊るされ設置され、昨晩までは無かったはずの窓があり、誰かが料理を調達してきているのか、ふんわりと良い匂いもする。
 大きなテーブルを組み立てていたらしい女性二人が、驚きを浮かべながら立ち尽くすナマエに気付いて、あ! とそろえて声をあげた。

「ナマエ、起きちゃったわいな?」

「もう少しかかるから、寝てていいわいな」

 近寄ってきたモズとキウイの言葉に、戸惑いつつ首を横に振りながら、ナマエの目がきょろりと周囲を見回す。

「……これ、どうしたの?」

 改築を行うことの多いねぐらではあるが、ナマエには今日の『改築』の予定は聞かされていない。
 『おれが立派な男にしてやらァ!』とにこやかに宣言し、こういった大掛かりな時は必ずナマエを巻き込むはずだというのに、『アニキ』らしくもないことだ。
 不思議そうなナマエの言葉に、どうしてか双子の女性が顔を見合わせて、それからその唇に微笑みを浮かべた。

「ナマエは気付いてないわいな」

「これはアニキも大喜びだわいな」

「え? なに?」

 くすくす笑いながらの言葉に戸惑うナマエへ、左右から伸びた掌が触れた。
 ぐしゃりと思い思いにナマエの頭を撫でてから、アニキに聞いておいで、と二人がそろって同じことを言う。
 言葉と共に外へ続く扉の方を指で示されて、よくわからないながらもナマエは一つ頷いた。
 ナマエの知り合いで、『アニキ』と多数の人間から呼ばれるのは一人だけだ。
 それはナマエを船の残骸ばかりが集まる島で拾った男で、そうして現在のナマエの保護者だった。
 やっていることは裏稼業に近く、島の人間にも好かれたり嫌われたりと忙しい。

「フランキー?」

 居間を突っ切り、開いた扉から顔を出したナマエがその名を呼びながら周囲を見回すと、トンテンと響いたハンマーの音の後に、アウ! といつもの声が聞こえた。
 視線を向ければ、相変わらず下半身が海パン一丁の『アニキ』が、足場からナマエを見下ろしている。

「どうしたナマエ、起きちまったのか?」

 寝てるっつってたろう、なんて言いながらひょいと降りてきた相手に、こんなにうるさくちゃねむれない、とナマエはひとまず現場の責任者へ文句を言った。
 ウハハハ、とそれに楽しそうな笑い声を零したフランキーが、ひょいとナマエを捕まえて持ち上げる。

「そう怒るなよ、また後で寝りゃあいいだろう」

 何ならおれが子守唄でも歌ってやろうかと笑った相手に、いらない、と答えたナマエはその視線を上の方へと向けた。
 先ほどまでフランキーが佇んでいた足場は、どうやら屋根部分の作業の為に組まれたものであるらしい。
 いつもの『あじと』にいつもと違うものが取り付けられているが、ナマエの位置からでは全容が確認できない。

「……なにしてるの、これ」

 分からないながらも、先ほどキウイとモズに『アニキに聞け』と言われたことを思い出して、ナマエの視線がフランキーへと戻された。
 寄越された問いに片眉を動かしたフランキーが、ははあ、と声を漏らす。

「なんだオイ、気付いてねェのか?」

「きづくって、」

「今日は〇月◇日じゃねェか」

 笑顔のフランキーが寄越した言葉に、ナマエはぱちりと瞬きをした。
 そんなナマエを片手で抱き直して、どこからともなく取り出した小さな箱が、フランキーからナマエの方へと差し出される。

「誕生日おめでとう、ナマエ」

 少し重みのあるそれをナマエが受け取ると、歌うようにフランキーがそう言葉を紡いだ。

「ありゃあ花火を打ち上げる部分だ。日が暮れ次第、いいもんを見せてやるから楽しみにしてろ」

 何とも近所迷惑な発言をしながら、さらにほかのところを指さして、あれは、これはとフランキーが説明をする。
 生クリームたっぷりのパイが飛んでくることの何が楽しいのかは分からないが、あちこちで作業をしている仲間達もとても楽しそうだ。
 いくらかの説明を聞き、なるほど、とナマエは思わず納得する。

「しゃちょーがいってた」

「あん? アイスバーグの野郎がなんだって?」

 思わず呟いてしまったナマエに少しばかりフランキーが不思議そうな顔をしたのを、なんでもない、と答えて誤魔化す。

『ンマー、ナマエは明日が誕生日か』

 作業の合間にふとやってきたガレーラカンパニーの社長が、そんな風に言ったのがもともとの今日の『休日』の発端だった。
 おれからの誕生日プレゼントだと思ってくれ、と笑ったアイスバーグが、その手で軽くナマエの頭を撫でながら言ったのだ。

『バカが張り切るだろうから、頑張って付き合ってやれ』

 アイスバーグの声は小さかったが、確かに『誰かさん』のことを示したものだった。
 もちろん、ナマエはフランキーの庇護下にあることを隠したりはしていないし、裏通りを牛耳る男のことは有名だ。
 それに何より、ナマエはアイスバーグがフランキーをよく知る人間だということを知っていた。
 ひょっとしたら、彼も今日のように派手なことをされたことがあるのかもしれない。

「おいおい、おれに隠し事か? ナマエ」

 この野郎、なんて言いながら動いた指がもぞりと脇腹をくすぐって、こそばゆさに身もだえたナマエの体がぽろりとフランキーの腕から落ちた。

「うぎゅっ」

 思い切り尻を打ち付けてとんでもなく間抜けな声を漏らしてから、ひりひり痛む部分を片手で押さえたナマエが立ち上がる。

「フランキー、ひどい」

 反射的に浮かんだ涙をそのままに相手をじとりと見上げると、おれが悪いのか?! と少し困った声を零したフランキーがまた両手でナマエを持ち上げた。

「そう怒んなよ、せっかくの誕生日だろうが」

 な? と機嫌を取るように言いながら笑いかけてくる相手をもう一度睨み付けて、しかし怖い顔を続けることが出来なかったナマエの唇が、笑みの形にゆがんだ。

「……いわってもらえるのはうれしい。ありがとう」

 なんと言っても誕生日だ。しかもこんなに全力でやられて、喜ばないわけがない。
 素直な気持ちを口にしたナマエに、よしよしそうでなくっちゃな、と笑みを深めたフランキーが、ナマエを小脇に抱え直した。

「そんじゃまあ、あともう少しで完成だ、付き合えよナマエ」

「おれのたんじょーびなのに?」

「手伝えっては言ってねえだろ? 見てばらし方を覚えろよ」

 お前は立派な解体屋になるんだからな、と勝手に人の未来を定めた相手に、ナマエは仕方ないふりをして分かったと頷いた。
 その日の夜、派手に打ちあがった花火はその分いろんな人からの苦情を生んだが、楽しんでくれる人間も少なからずいたらしい。
 相変わらず、ナマエの兄貴分は好かれて嫌われる男だった。


end


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