ゾロと誕生日
※主人公は麦わらの一味
「ほらよ」
「んぶっ」
甲板の端で気持ちよく転がっているところをごす、と音を立てて腹部を強打されて、俺は思い切り身を捩った。
あまりの痛みに体を丸めると、ちょうど凶器を抱き込むような形になる。
触れたそれは小さいながらも立派な鈍器になりうるダンベルで、とんでもないものを人の腹へ落としてきた相手を涙目で見上げた。
「何するんだよゾロ! いってェよ!」
声を荒げるも、修行がたりねェな、とゾロは鼻で笑うばかりだ。
投げて返してやろうと持ちあげたが、転がっていては片手では持てないくらいに重たい。
抱えて起き上がり、ほら、とゾロの方へとそれを差し出すと、我らが大剣豪が怪訝そうな顔をした。
「なんで返す必要があるんだ?」
「いやなんでって、お前のだろ?」
「やる」
問われて言葉を返すと、端的な声が返事で寄越される。
やる、の意味を少しだけ考えて手元に視線を落とした俺の上で、誕生日だろ、とゾロが口を動かした。
誕生日。
確かに今日は〇月◇日。俺の誕生日だ。
何とも素晴らしいことに今日はあのサンジが俺の為にケーキを焼いてくれるそうで、間違いなくチョコプレートはナミかロビンに渡るだろうが、もしも手元にやってきたらチョッパーに渡す約束をしている。
「……いやいや、誕生日プレゼントがダンベルって」
「もっと鍛えろ」
「ええ……」
おかしいだろ、と言いたいところで言葉を重ねられて、ダンベルを甲板へ置きながらがくりと肩を落とした。
確かに俺はあまり戦闘向きじゃないが、誕生日に道具を贈られるほど頼りない体をしているんだろうか。
間違いなくゾロに比べたら見劣りはするんだろうが、ゾロにすら気遣われるほどとなると相当だ。
「……分かった、明日から一緒にトレーニングするわ」
「今日からじゃねェのか」
「今日は休ませて。誕生日だもん」
さすがに誕生日で全部の作業から解放されている日に筋トレは始めたくない、と答えると、男がだもんなんて言ってんじゃねえよ、とゾロが少し呆れた声を出した。
それを追うように視線を戻せば、俺と目を合わせたゾロが、にやりとその唇に笑みを浮かべる。
「まあ、それなら明日からおれがしごいてやる」
「え、あ、いやそこまでしていただかなくても」
「いいじゃねェか、付き合えよ」
どことなく楽しそうな声でそんな風に言ったゾロは、じゃあな、と一言置いてから船内へ向けて歩いて行った。今先ほどまで何かしていたようだから、汗を流しに行ったんだろう。
座ったままで見送って、思い出したように鈍く痛む腹に片手を当てる。
すぐそばに転がしたダンベルは、少しつついてみたがやっぱりとてつもなく重たい。
「ゾロと一緒……うーん……」
なんだかものすごく無茶をすることになる気しかしないが、しかし大体いつも鍛錬ばかりしているゾロと理由をつけて一緒にいられるというのは、まあまあ嬉しいことかもしれない。
仲良くなりたいのに話しかける話題すら見つからないのだ。
俺としてはじっと見ているだけでもいいけど、さすがにそれではゾロが不気味がるだろう。
渡し方はひどかったが、少なくとも誕生日プレゼントをくれるくらいには好いてくれているようだし、このまま仲良くなれるよう頑張ろう。
そんなことを心に誓った俺が、実はゾロの方から歩み寄られていたという事実に気付いたのは、それから何か月も後のことだ。
仲良くなりたい相手の腹にダンベルを落とすとは、未来の大剣豪はなかなかにバイオレンスである。
end
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