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ヒーローと誕生日
※くっついた後



「……君には欲がないな、ナマエ」

 やれやれ、とため息を零したレイリーの言葉に、そうかな、と俺は頭を掻いた。
 時刻は昼前。最近レイリーが気に入ったらしい店のテラス席で、俺とレイリーはいつも通りに顔を合わせていた。
 ここはテラス席だが、さびれた方向になるせいか他の席には誰もいない。すぐそばの往来もこの時間帯だとあまり人が歩かないので、一緒に過ごすには随分といい場所だ。
 今日の俺は一日仕事が休みで、久しぶりの『デート』だった。
 しかも今日は〇月◇日で、すなわち俺の誕生日だ。
 どうやって過ごそうかと考えてきてくれたらしいレイリーからの唐突な言葉に、少し困った顔をしてしまう。
 そんな俺を見て、困らせたいわけではないんだ、と少しだけ眉を下げて笑ったレイリーが、椅子ごと少しばかりこちらへ体を寄せた。

「だが、欲しいものを尋ねても出てこないだろう?」

 それは先ほどレイリーに問われたことで、俺の回答をなぞったレイリーに、うーん、と小さく唸った。
 何が欲しいと聞かれて、『レイリーさんがくれるものなら何でも』と答えた。
 その前はどこに行きたいかと聞かれて、『一緒に行くんならどこでも』と返事をした。
 似たような問答をすでにほかに三つほど行っていて、ついには先ほどの発言をレイリーから引き出してしまったらしい。
 けれども、それは仕方のない話だ。

「一応、ちゃんと『欲しいもの』は言ったつもりなんだけど」

 おずおずと呟くと、俺の言葉にレイリーが軽く眉を動かす。
 どういう意味だと尋ねてくる視線を受け止めて、少しだけ身を縮こまらせながら、俺は先ほどと同じ回答を口にした。

「だから、『レイリーさんがくれるもの』なら、なんでも……嬉しいんだけど」

 言葉の後ろは新しくつなげて、それじゃあ駄目なのかと相手を見やる。
 もともと、あまり物欲は無い方だ。
 なにより無一文でこの世界に来てしまった俺は、生活基盤を作り上げるために必要最低限のものだけを揃えて生活をしていて、それが当たり前になってしまった。
 一応家にも嗜好品はあるけど、それだって無くても別に困らないし、喉から手が出るほど欲しかった金で買えないものはもう手の中にある。
 だから、レイリーが俺に何か誕生日のプレゼントを贈りたいと思ってくれているなら、それは『レイリーが選んでくれたもの』ならなんでも嬉しいのだ。
 行きたい場所だって同じだし、食べ物は、レイリーが紹介してくれた場所で美味しくなかった店は一度だって無かったから、レイリーが好きな店を教えてくれたら嬉しい。他のものも大体同じ意味で答えていた。

「おめでとうとか、言ってくれるだけでも嬉しい」

 さらに言葉を重ねてから、俺はじっとレイリーを見やった。
 注いだ俺の視線に、数秒押し黙ったレイリーが、それからゆっくりとため息を零す。

「そういった発言は、誤解を招くぞ」

「誤解?」

 なんの話だと首を傾げると、私に都合の良いことばかりを言って、となじるような言葉を放ったレイリーが、テーブルの上に片手を置いた。
 掌を向けられたので、求められていると思ってそこへ左手を乗せると、レイリーがわずかに目を細める。

「老い先短い私を憐れんで、私に合わせているみたいじゃないか」

「そんなことないのに」

「もちろん、分かっているとも」

 酷い言いように眉を寄せると、答えたレイリーが口元に笑みを浮かべて、すまなかった、と謝罪を寄越した。
 謝られてしまうとそれ以上怒るわけにもいかず、非難の代わりに左手でぐっとレイリーの掌を押し込むと、それを受けたレイリーの手が俺の左手を捕まえる。
 そうしてそれから、レイリーの左手が自分のポケットから何かを取り出して、するりと俺の左手を撫でた。
 それと同時に指に感じた感触に、目を瞬かせながら自分の手を引き寄せる。
 レイリーはあっさりと俺の手を解放してくれたので、レイリーの手を振り払う必要もなく取り戻せた俺の左手には、一本の指にいつの間にか装飾品が飾られていた。
 細いシンプルなデザインのそれは誰がどう見ても指輪で、そして『この世界』でも特別な意味のある薬指にそれがはまっている。

「…………これ」

「『なんでも』嬉しいと言ってくれるなら、それも喜んでくれるかね、ナマエ」

 声を掛けられて顔を向けると、じっとこちらを見て微笑んでいるレイリーがそこにいた。
 何かを確かめようとするようなその眼差しに、ぎゅっと心臓を掴まれたような気持ちになって、今すぐ相手にとびかかってやりたいのを、どうにかぐっと我慢する。
 だってここは外で、いくら人目がないからと言って、おいそれと抱きついたりしていいような場所じゃない。

「…………喜ぶ、けど!」

 ぐっと拳を握って堪えながら俯いて唸ると、俺の我慢に気が付いたらしいレイリーが軽く笑い声を零す。

「そうか、それならよかった」

 嬉しそうな声でそんな風に紡いで、誕生日おめでとう、と言ってくれたレイリーの手が、とんとんとテーブルを軽く叩いた。
 注意を引くようなそれに改めて視線を向ければ、こちらを向いたままのレイリーが、音もなく唇を動かす。
 それがどういう音なのか理解した瞬間、俺は思い切りテーブルに顔を伏せていた。
 顔が熱いので、絶対に赤くなっているだろう。何なら耳まで赤いかもしれない。そんな無様な顔を見せたくなくて、テーブルと自分の間に挟んだ腕に額を押し付けた。
 『好きだ』なんて、レイリーは俺にほとんど言わない。
 言ってほしいと求めたことだってほとんどないけど、普段言わないのをこんな時に口にしようだなんて、そんなのは本当に、とんでもなくずるいことだ。

「レ……レイリーさんの、ばか……!」

「おや、ひどい言われようだな」

 大げさに傷付いたような言い方をしたレイリーは、しかし声からして絶対に笑っていた。



end


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