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ニューゲートと誕生日
※『夢の島からの脱出』主
※ちゃんとくっついた後



 冴え冴えとした月光が、海と岩場を照らしている。
 暗い空には星がちりばめられていて、相変わらずの美しい光景だった。
 この島が秋島だからか、余計に空が高く見える。
 平らになった岩場の上に佇んで、すう、はあと深呼吸をした。
 グランドラインの大海原を行くモビーディック号がこの名も無い無人島へと辿り着いたのは、ちょうどうまい具合にこの島が秋島の『秋』らしいと判断されたのと、そして今日『宴』を開くことが決定していたから、ということだった。

「誕生日、あんなに盛大に祝ったことはなかったなァ」

 思わず呟いて、それでもなんとなく嬉しかったからにやけた口元を押さえる。
 今日は〇月◇日で、俺の誕生日だった。
 同じ誕生日のクルーはニューゲートの『息子』の中にもいて、それから日付が前後する〇月生まれの『息子』達もみんなまとめて祝う宴だった。
 少し離れたところにある入り江では今も宴が継続中だろう。
 俺も『主役』扱いをされてその中にいたが、ニューゲートが『息子』に呼ばれて離れて行ったのを見送ってから、酔いを醒ましにこっそりと離れてきた。
 耳をすませばまだ騒がしい音も少しだけ聞こえる距離だが、島自体はとても静かだ。岩場に佇んだままで見渡す星降る闇色の海は、なんだかどことなく見覚えがある。

「ナマエ、何をしていやがる、こんなところで」

 どこだっけ、と首を傾げたところで後ろから唐突に声を掛けられて、声すら出せないくらい驚いた。
 思わず勢いよく振り向いて、足が岩場の上を滑る。
 転ぶかと思った俺の体がそれ以上傾かなかったのは、素早く動いた手が俺の腕を掴んで引き留めたからだった。

「び……びっくりした」

 脅かすなよ、といまだにドキドキと跳ねる心臓を押さえるようにしながら相手を非難すると、白ひげを蓄えた男が俺を見下ろして眉を動かす。
 もう一方の腕が伸びてきて、俺の体をきちんと立たせた後で、アホンダラァ、と声を漏らしたその手がぺちりと俺の頭を叩いた。

「足元の確認を怠るんじゃねェよ。転んだらどうするつもりだ」

 すぐそばは海だろうと続いた言葉に、確かにそうだったと後ろを見やる。
 張り出した岩場の向こうには暗い海が続いていて、深さもよく分からない。
 落ちたら間違いなく危ないだろうと把握して、しかし俺はもう一度非難がましくニューゲートへ視線を戻した。

「驚かせたニューゲートが悪いんだ」

「はん、一人でいなくなって驚かせた奴が言うことか」

 笑いを含んだ声で言いながら、ニューゲートの手が俺を自分の方へと引き寄せる。
 そのまま座り込んでしまったニューゲートに両手で両腕を掴み直されて、俺は立ったままでニューゲートの顔を見つめる形になった。
 空にある月のおかげでかあたりはそれなりに明るくて、こちらを見つめるニューゲートの眼もはっきり見える。
 じっと見つめてくる眼差しから非難を感じて、ええと、と声を漏らした俺は少しだけ目を逸らした。

「か……勝手に離れたのは、ごめん」

 少し酔いを醒ましたらすぐに戻るつもりだったんだ、と続けた言葉に、ニューゲートがため息を零す。

「まずい獣はいねェとは言え、ここはお前の『島』じゃねェんだ。せめてうろつくんなら昼にしろ」

「いや、俺は島を持ってたことは…………あ」

 寄越された言葉に言い返そうとしてから、脳裏に閃いた光景に声を漏らした俺は、ニューゲートに腕を取られたままで後ろを向いた。
 彼方まで続く海にはやっぱり既視感があって、一体それがどこの光景だったのか、ようやく思い出した。

「そういえば、あの島に似てるな」

 俺がニューゲートについていくと決めたあの夜から、一度だって訪れたことのないあの島のことを思い出して呟くと、俺の腕を掴んだままで同じように海を見やったニューゲートが、そうだなと返事をした。
 同じように感じてくれたことが嬉しくて、すぐに視線をニューゲートへと戻す。

「なんだかすっきりした気分だ。さっき、どこかに似てるって考えててさ」

「それでおれが近づいたことにも気付かなかったってのか」

 そいつは由々しき問題だとわざとらしく眉を寄せたニューゲートに、それはお前が足音を殺してきたからだろ、と軽く笑う。
 俺のそれを見たニューゲートの手が少しばかり滑って、掴んでいた俺の腕を撫でるようにした大きな手が、それぞれ俺の両手を捕まえた。
 指がくすぐるように俺の掌を撫でて、くすぐったいよと笑いながら捕まえると、グラララ、と低い笑い声が目の前から響く。

「手も荒れちまったなァ、ナマエ」

 確かめるようにしながら声を漏らしたニューゲートに、そうだな、と俺も頷いた。
 俺がニューゲートについていくと決めてから、もう一年近くが過ぎた。
 あれから一度だって俺は『元の世界』に戻ったりはしていないし、ずっとニューゲートと一緒にいる。
 グランドラインはとても不思議な場所で、いろんな不思議なことや危険なことがあって、体もいくらか鍛えたし、いくらかケアしてもどうしても追いつかない程度には手も荒れた。
 たぶん、少しは海賊らしくもなったんじゃないかと思う。

「船乗りの手っぽいだろ?」

 ニューゲートの指を握り込むようにしながら笑うと、ニューゲートが軽く頷く。
 そのままニューゲートの両指が俺の両手から逃げ出し、追いかけようと屈みかけた俺を引き留めたのは、そのまま抱き込むようにして回されたニューゲートの腕だった。
 逃れようのない拘束に背中を押されて、思わず倒れ込みかけたのを足を踏ん張って堪える。

「ニューゲート、」

「年もとっちまった」

 このままでは相手に倒れ込みそうだったから、回された腕に両手をついて体を支えた俺へ、ニューゲートがそんな風に囁く。
 唐突な言葉に目を瞬かせた俺は、改めて目の前の相手を見やった。
 こちらを見ているニューゲートは、とても穏やかな顔をしている。
 その目の中にはいくらかの安堵と、それからよくわからない鋭い何かが見えた気がして、ぱちりと瞬きをした。
 俺が初めて出会った時、エドワード・ニューゲートはもっと若い海賊だった。
 俺とニューゲートの生きる時間は違っていて、どんどんニューゲートだけが年齢を重ねていった。

「……そう、俺、年取っちゃったんだよ」

 ニューゲートの言葉に答えながら、唇に笑みを浮かべる。
 
「もう俺を置いてけないからな、ニューゲート」

 これからは何度でも、二人の誕生日を一緒に重ねていくのだ。
 俺とニューゲートの間には差が出来てしまったが、これ以上はもう広がらない。
 縮められないのは少しばかり歯がゆいけれども、それはもう考えたって仕方のないことだ。
 俺の発言にわずかに目を見開いたニューゲートが、やがて喉の奥で転がすように笑い声を零した。

「ああ、分かった」

 もう逃がさねえから覚悟しておけ、なんて海賊らしいことを言われて、その言葉ににじんだ熱量にくすぐったさを感じる。
 少し恥ずかしいが、やっぱり求められるのは嬉しいことで、照れて笑った俺に目を細めたニューゲートは、相変わらず穏やかな顔をしていた。



end


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