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ジンベエさんと誕生日
※『優しい温度』設定



 毎日忙しい海の上では、なんとなく日付があいまいになってしまう。
 特にグランドラインではそれが顕著なもので、つい先週まで極寒の冬島にいた筈がいつの間にか夏島へと移動していたりするものだから、季節で時間を測ることもできはしない。
 ナマエはもうずっとこの船に乗っているような気がしていて、けれどもそういえばまだ一年くらいなんだ、と気付いたのは、たまたまカレンダーを久しぶりに確認したときだった。

「あ」

「どうしたんじゃ、ナマエ」

 カレンダーを見て声を漏らしたナマエに気付き、魚人海賊団を率いる船長が首を傾げる。
 書類整理を手伝っていたナマエは、日付けごとに航海日誌を並べ替えながら、少し困ったような笑顔をジンベエへ向けた。

「俺、一昨日誕生日だったんだって気付いて」

 確か先月は覚えていた筈だが、気付けば〇月◇日が過ぎていた。
 もうそんなに経ってたんだってびっくりした、と続けたナマエに、ジンベエが目を瞬かせる。

「……誕生日?」

「うん」

 問われて答えながら、ナマエはよいしょ、と抱えていた航海日誌をジンベエの方へと運んだ。
 机の上へと置けば、すまんな、と声を掛けながらそれを引き取ったジンベエが、片手で軽く自分の顎を撫でる。
 何かを考えているような様子にナマエが不思議そうに視線を向けると、ふむ、と声を漏らした魚人がその目をナマエへと戻した。

「今日の仕事はしまいにしよう」

「え? でもまだ」

「いかん。お前さんくらいの年頃なら、そういう日はきちんとせんとな」

 きっぱりと寄越された言葉に、今度はナマエの方が目を瞬かせる。
 困惑するナマエを放っておいて、航海日誌を机の端で重ねたジンベエは、さあ行くぞ、と声を置いてナマエの体を押しながら部屋を出て行った。







 数日遅れのナマエの誕生祝は、その日の夜のうちに行われた。
 何人ものクルー達が『言えよ!』と声をあげてから駆けまわった結果で、まさかそんな風に祝ってもらえるとは思わなかったナマエは、嬉しいやら恥ずかしいやらだ。
 自分の宝物をくれるクルーもいれば、今しがた取ってきたという虹色の真珠を『ちょうどよかったから』とくれたクルーもいる。
 また今度なと口約束をしてくれた相手も、自分のとっておきの酒瓶をくれた相手もいて、ナマエの周りは入れ代わり立ち代わりの祝福でにぎやかだった。
 やがて宴が進んでいくうちに落ち着いて、料理と酒を楽しむ一団の端で、座り込んだナマエが自分の周りを見回す。

「すっげ、こんなにたくさん」

 あれこれと渡された誕生日プレゼントに手を添えて呟き、ナマエはその中でも一番目立って見える白い貝を捕まえた。
 両の掌に余る大きさの白い巻貝は、ジンベエがナマエの為にと用意してくれた音貝だ。
 かち、と押せばそこから流れてくる音楽に、離れた場所で飲んでいるクルーが反応して歌い出した。

「気に入ったか?」

「うん、すごく!」

 横から訊ねられて、ナマエは大きく頷く。
 それを聞いて嬉しげに目を細めたジンベエは、片手に持っている酒を舐めてから傍らに置いた。

「本当なら当日に祝ってやれればよかったんじゃがのう」

 もしも次があるならその時は、と続いた言葉に、ナマエは少しだけ目を瞬かせる。
 それからその目が手元へ向けられて、ジンベエからのプレゼントの音貝がその膝へと置かれた。
 ナマエは、ひょんなことから『この世界』へとやってきている人間だった。
 どうやって帰ればいいのか方法も分からないナマエを、ジンベエは帰らせてくれようとしているし、方々に手を尽くしてくれている。
 あと一年後には、もしかしたら家に帰っているかもしれない。
 こうやって仲良くしてくれている魚人海賊団たちとも、優しくしてくれるジンベエとも離れて、『元の世界』へ。
 そんなことを考えてしまったナマエは、自分が少しだけ沈んだ顔をしたことに気付いて、慌ててその顔に笑顔を浮かべた。
 せっかく祝ってもらえているのだから、喜んで見せたほうが良いに決まっている。それに、こうやってみんなで祝ってくれたこと自体は、ナマエにとってもとても嬉しいことなのだ。

「でも、本当にたくさんもらっちゃったな! これ、持って帰れるかなァ」

「そうじゃのう、でかい鞄を用意しておくとするか」

 わざとらしく弾んだ声音にジンベエがわずかに目を細めて、そんな風に言葉を落とす。
 本当? ありがとうと声をあげて喜んだナマエの膝の上で、音貝が最後の旋律を零して静かになった。



end


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