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バギー少年と誕生日
※主人公はロジャー海賊団クルー




「ほら」

 言葉と共に持っていたものを突き出すと、バギーの目の前にいた少し年上の『先輩』海賊はきょとんと眼を丸くした。
 不思議そうなその顔の前で突き出したものを上下に揺さぶって、受け取れよと主張する。
 戸惑いながら、遠慮がちに触れてきた掌に持っていたものを押し付けて、バギーは目の前の相手を見やった。

「今日、誕生日なんだろ、ナマエさんの」

 年上だからと敬称を着けて相手を呼べば、ナマエと呼んだ相手がそうだけど、と頷く。

「誰から聞いたんだ?」

 教えてないよな、と続いた言葉に、おれの情報収集能力を舐めないでもらおうか、とバギーは胸を張って応えた。
 今日、〇月◇日が目の前の男の誕生日だという話は、しばらく前、酔いつぶれたバギーがふと目を覚ました時に手に入れた情報だった。
 あの日は慣れない酒を飲んで前後不覚に酔っ払ってしまっていて、同じように雑魚寝をしているシャンクスたちの傍らで気分の悪さに目が覚めたバギーの耳に届いたのは、副船長とナマエの話す声だ。
 二人以外はみんな潰れてしまったらしくて、他に起きているのは見張り台の上のクルーくらいなものだった。
 誕生日、生まれた『島』の話。故郷にいるだろう家族のこと。どんな人生を歩んできたのか。
 バギーと同じく随分と酒を飲んだのか、少しろれつの回らぬ口調ながらもぽつりぽつりと零されるナマエの話に、バギーの心臓が潰されそうになったことなんて、この目の前の男は気付いてもいないだろう。
 起き出すタイミングを見失って、ついつい寝たふりをしたままで耳を傾けてしまっていた。
 盗み聞きに気付いていたのは後でバギーに水を寄越してくれたレイリーくらいなもので、レイリーの勧めで酒を飲んで寝てしまったナマエはどうやら気付かなかったらしい。

『聞いてしまったか。他言無用だ、いいな?』

 微笑んだ副船長の言葉に大きく頷いてからもずっといろいろと考えてきたバギーは、ついに今日決行することにしたのである。

「でも、いいのか? こんなお宝」

 渡されたものを見下ろして、ナマエがそんな風に声を漏らす。
 確かにナマエの言う通り、バギーが渡したそれは『お宝』だった。
 つい先日の宝島で手に入れた、わずかな飾りのついたその腕輪は、バギーの目を惹いて逃さなかったものだ。

「おう。いいんだ、おれはそのうちもっとでけェ宝を見つけるんだからな!」

 胸を張ったバギーに、すごいなあとナマエが笑う。
 海賊船に乗っているくせに、妙に温和な雰囲気のあるナマエは、バギーがこの船に乗る少し前にロジャー船長に拾われたというクルーだ。
 バギーよりも弱い気がするが、船の一員として一生懸命働いていて、毎日楽しそうにしている。

『俺、帰りたいんだ』

 その目的があの日耳にした言葉なのだとしたらと思うと、どうしてだかバギーの胸には寂しさが過った。
 どうしてかこんなところへ来てしまった。帰り方が分からない。だけど帰りたい。
 きっとこの船に乗っていれば、いつか帰れると思っている。だってこれは、ロジャーの船だから。
 支離滅裂な言葉を紡いで眠ってしまった酔っ払いは、起きたときには自分が話したことを覚えていなかった。
 レイリーも蒸し返すつもりはないらしく、バギーの中のもやもやとした思いはそのままずっと残っている。

「来年はもっとすげェもんをやる」

 きっぱりと言葉を放って見つめると、ナマエが少しだけ戸惑ったのを感じた。
 けれどもそのことに気付かないふりをして、バギーが『楽しみにしてろよな!』と念を押すと、やや置いてナマエの唇に笑みが浮かんだ。

「いつか独立するんだろ? 自分の独立資金にすればいいのに」

「そりゃあそれで貯めるに決まってんだろ! いいからハデに任せて待ってろ!」

「あはは、わかったよ」

 それじゃあ楽しみにしてる、と告げて微笑んだ相手の寄越した『約束』に、バギーはにんまりと唇に笑みを浮かべた。
 『来年の今日までは一緒にいろ』、だなんて、こんな口約束は殆ど意味のないことかもしれないが、他にはまるで浮かばなかったのだ。
 派手な装飾品を腕に着けて、どうだ似合ってるか、と笑ったナマエはいつもと何も変わらなくて、そうしているとあの日の涙声が嘘のようだった。




end


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