ミホークと誕生日
※『100万打記念企画SSS』『うちのパパのこと』設定
※主人公は何気にトリップ系男子でミホークさんの恋人
ふと目を覚ましてから、ベッドの横で椅子に人が座っているという事実に気が付いて、あれ、と声を漏らした。
「ミホー、ク?」
寝起きの掠れた声で名前を呼ぶと、起きたか、と呟いた相手が俺を見下ろす。
猛禽類のごとき眼差しに見据えられるのも慣れたもので、とりあえず片手で口元に触れて無様なことになっていないことを確認してから、俺はむくりと起き上がった。
「どうしたんだ、こんなところで」
見やった時計はいつもの起床時間であることを示しているが、いつもだったらミホークはここにはいない。
自分の部屋にいるか、居間で食事の用意を待っているか。たまに台所で俺の分のコーヒーを淹れてくれていることもある。
一緒に寝たときは同じベッドに入ったまま俺が起きるのを待っていることもあったけど、どちらにしてもわざわざベッドの傍に椅子を寄せて座っているのは珍しいことだ。
首を傾げた俺に対して、〇月◇日だ、とミホークが唐突に日付を口にした。
紡がれたそれは俺の誕生日で、戸惑ってから壁際に視線を向けた俺の口から、『ああ』と納得の声が漏れる。
壁のカレンダーは、今日がその日であるということを示していた。
「ついこの間誕生日だった気がするのに、時間が経つのって早いなァ」
カレンダーを見ながら呟いた俺へ向けて、そうか、と適当すぎる相槌を打ったミホークの手が伸びる。
服を掴まれて上に引っ張られ、俺はなすすべもなく上着を脱がされた。
用意してあったらしいシャツを着せられて、はは、と軽く笑う。
俺が抵抗せずされるがままになっているのは、今日の日付を把握してすぐに、前のミホークの誕生日の時のミホークからの『願い事』を思い出したからだ。
「俺の世話なんて、楽しいか?」
「ああ」
丁寧に前のボタンをかけていくミホークに尋ねると、まるで表情を崩さないミホークがそう返事をする。
最初はミホークの誕生日当日の一日でいいと言われて、お前の誕生日にそんなことはさせられないよと笑ったら、それならとミホークが申し出てきた俺への誕生日プレゼントだ。
きちんとボタンをとめてから、ブラシを取り出したミホークが俺の髪をそれで梳く。
「顔洗いに行っていいか?」
さすがにそれは自分でさせてくれよな、と言った俺に、仕方があるまい、とミホークは多少譲歩してくれたようだった。
※
「ナマエ、お前今日が誕生日なのか!?」
なんで早く言わねえんだ! と大きな声を出したのは、もう一年も一緒に過ごしている可愛らしい女の子だった。
前に俺が渡したぬいぐるみを気に入ってくれたのか、少し大きなそれを小脇に抱えたままの彼女は、居間にやってきてすぐに違和感に気付いたらしい。
何せ、俺がいつものミホークの椅子に座っていて、ミホークがその傍らでかいがいしく給仕をしているのだから仕方ない。
今日の朝食はミホークの手製で、俺の作ったことのない料理だった。
そのことにも疑問を抱いたらしいペローナの問いかけに素直に答えた途端の大声に、ミホークの視線がペローナへ向けられる。
「騒がしい」
「うっ! お、怒るなよ!」
「怒ってないよ、大丈夫」
身を引いたペローナへ笑いかけると、それならいいんだよ、とぶつぶつと呟いたペローナが席に着いた。
ロロノアの方は既に朝食を終えていて、今頃は中庭で鍛錬をしているところだろう。
来た頃と違い、ヒューマンドリル達とも楽に渡り合えるようになっているということで、ここ最近のミホークはとても楽しそうだ。
いただきますの言葉と共に食事を始めたペローナは、ミホークの料理を口にしながらちらりとこちらを見た。
何かもの言いたげな視線に首を傾げると、じっとこちらを見た後で目を逸らしたペローナの手が、何とも大急ぎで食事を片付ける。
ロロノアの分よりだいぶ少ない皿の上のものは直ぐになくなって、ミホークの入れたココアまで口にした後で、ペローナはがたりと椅子から立ち上がった。
「……私はちょっとやりたいことがあるから、もう行く!」
「え?」
「さ、皿は片付けてやる! あとついでに暇つぶしで掃除もしてやるから、大人しくしてろよな!」
そんな宣言をして、がちゃがちゃと皿を重ねたペローナが、俺やミホークの手元にあった空の皿もすべて攫って行ってしまった。
いつもだったらもっとゆっくり食べていくのに、とその背中を見送ってから、そのまま視線をミホークへと向ける。
「どうしたんだろう」
「さあな」
俺の問いにそう答えて、ミホークが俺のカップへ新しいコーヒーを注いだ。
ついでにその手がハンカチを取り出して、先ほどペローナが皿を奪っていくときに少しだけ俺の手についたソースを拭っていく。
「そのくらい自分で拭くのに」
「構わん」
笑った俺にそう言い放ち、ハンカチを片付けたミホークは満足そうだ。
さっきだって、食事の途中で横から数回口元を拭われた。何回目かで、それを目撃したロロノア・ゾロの食事をとる速度が上がったことだけは明確に覚えている。
俺だってミホークにこんなにかいがいしくしたことは無い筈なのに、ミホークは一体どういうつもりなんだろう。
うーんと声を漏らしていると、ナマエ、と傍らから名前を呼ばれた。
逸れていた視線を戻せば、手元にコーヒーカップを引き寄せたミホークが、じっとこちらの顔を見ている。
どうしたんだろうと見つめてみるも、それ以上は何も声が掛からない。
「…………ミホーク?」
不思議に思って首を傾げると、呼んだだけだ、と答えたミホークの目が逸らされた。
あっけにとられてしまって目を丸くしてしまってから、やがてわきあがったこそばゆさに、はは、と笑い声を零す。
「ミホークにも、そういうのあるんだなァ」
「どういう意味だ?」
「いや、俺もたまにやっていいか?」
名前を呼んでみたかっただけ、なんて可愛らしい発言は俺には似合わないかもしれないが、やってみてミホークの反応は見てみたい気がした。
俺の言葉に少しだけ不思議そうな顔をしてから、構わん、と答えたミホークに、それじゃあそのうちと約束をする。
本当はそろそろ掃除をしようと思っていたのに、ミホークにそれを阻止されてしまって、俺は結局その日は家事が何一つできなかった。
けれどもペローナは本当にあちこちの掃除をしてくれたらしく、いつの間にか手伝わされていたロロノアとそろって体のあちこちを汚していたし、ミホークの作った美味しい食事をみんなでそろって食べた。夜にはケーキまで出て、改めて皆から『おめでとう』も貰った。
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
ミホークに一日を構われて、皆に祝福されて。
最後はミホークと一緒に眠ってしまった今年は、かなり甘ったるくも楽しい誕生日だった。
end
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