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ホーキンスと誕生日
※主人公はクルー



「おれが呼ぶまでこの部屋を一歩も出るな」

 部屋に呼びつけられたと思ったら寄越された言葉に、俺はぱちりと目を瞬かせた。
 こちらを見やった我らが船長は、その手元にタロットカードを広げている。
 相変わらずなそれを見やって、ええと、と声を漏らした。

「もしかして、俺、今日の運勢最悪でした?」

 ホーキンス船長は占いを嗜む。
 運気に進路を取ることも多いこの海賊団では、船長の占いは絶大な信頼を得ている。
 そして、前からよく、船長は俺のことを占ってくれるのだ。
 『今日はよくない相が出ている』と言っては島へ降りる時に付きっ切りだったり、『いい日だ』と言っては連れ出してくれたりとかなり構われているんじゃないかと思う。
 この世界にやってきて、俺を拾ってくれたのがホーキンス船長でよかったと思うくらいだ。
 俺の問いかけに、ホーキンス船長はどうしてかわずかにその目を見開いた。
 その視線が手元へと向けられて、いいや、とその口が言葉を零す。

「今日のお前の運勢は良好だ。『喜ばしいこと』が起こる確率、90%」

「それじゃあ甲板でも磨いてた方がいいんじゃないですか……?」

 いつだったか、同じような結果が出たときに甲板に出ていたら、空から金の卵が降ってきた。硬いそれは甲板に打ち付けられても割れず、次の島では高値で売れたものだ。
 幸運を呼び込む運勢になっているなら外に出たほうがいいんじゃないかと見やった先で、しかしホーキンス船長が『駄目だ』と言葉を口にする。

「おれが呼ぶまで、この部屋を一歩も出るな」

 きっぱりとした命令に、意味が分からないと首を傾げた。
 しかし、まあ別に用事もない。昨日から無人島の岩陰に停泊しているが、岩壁をよじ登る体力はないので俺は留守番組なのだ。

「わかりました。何か作業くれるんですよね?」

 暇つぶしがあるなら、と答えた俺に、ホーキンス船長は壁際の箱を指さした。
 見やったその木箱には、顔なじみの道具たちが入っている。一緒に入っている袋の中身が使い終わったろうそく達なのは知っていた。
 どうやら、俺の今日の作業はろうそくのリサイクルらしい。
 確かに、今日は凪いでいるし停泊しているから揺れる心配もないし、火を使うにはもってこいだろう。
 船長の部屋でやる仕事じゃない気もするが、船長がここから出るなというなら仕方ない。

「それじゃ、作業始めまーす」

「ああ」

 頷いたホーキンス船長がタロットカードを片付けて、それから椅子から立ち上がった。
 木箱を引きずってきた俺が船長の椅子に座ったのを横目に、歩いて部屋を出ようとしたところでその足が止まる。

「……くれぐれも部屋を出るなよ」

 念を押すように寄越された言葉に、わかってますよ、と聞き分けよく返事をした。
 それでようやく満足したのか、ホーキンス船長が部屋を出ていく。
 扉がぱたりと閉ざされて、俺はホーキンス船長の部屋に一人きりになってしまった。

「……でも、なんだろな、一体」

 とりあえず器具を箱から取り出しながら、軽く首を傾げる。
 ホーキンス船長が分かりづらいのはいつものことだし、いうことがおかしいのもいつものことだが、それにしたって今日のは不思議だ。
 あんなに念を押されてしまったら、俺が好奇心の塊だったらまず間違いなく部屋を出ているだろう。
 うーんと声を漏らして、答えを探すように船長の室内をきょろりと見回した俺は、ふとそこにあった小さなものに視線を奪われた。
 俺がこの前の島で買ったカレンダーが、船長のベッドわきの壁に飾られている。
 予定すらも書き込めないような小ささの、一か月ごとにめくっていくカレンダーは〇月で、今日の日付である◇日のところにだけ、何やら印がついていた。
 〇月◇日という日付には見覚えがあって、なんだっけかと首を傾げてから、はた、と思い出す。
 今日は、俺の誕生日だ。

「…………えっ」

 思わず声を漏らした俺の耳に、がたたん、と何かのものを動かす音が届いた。
 跳び上がり、手に持っていたものを取り落として思わず部屋の通路へつながる扉まで近寄ったのは、何かあったのかと思ったからだ。
 それでもホーキンス船長の言いつけを思い出して、鍵もかからない扉を開くのを止めて、そっと耳を扉に押し付ける。

『なあおい、飾りつけってこれでいいのか』

『そこはナマエが座るだろ、こっちの方が邪魔になんねえよ』

 ワイワイガヤガヤと、クルー達が話し合っているのが遠くに聞こえる。
 距離からして食事をとっている広い船室の方だろうか、とさらに様子を窺っていた俺は、そちらから聞こえてきた『誕生パーティー』の単語に、大きく目を見開いた。
 扉の隙間から少し甘い匂いがするのは、ケーキの匂いだろうか。

「…………なんてこった」

 呟きながら、そろりと扉を離れた。
 元通り椅子に座って目の前のろうそくや器具を見やるが、まるで手を動かせない。
 くすぐったい気持ちでいっぱいで、片手でそっと触れた自分の顔が熱かった。
 この世界に来てから、毎日が驚いたり大変だったりすることの連続で、自分の誕生日のことなんてすっかり吹き飛んでしまっていた。
 けれどもどうやら、ホーキンス船長は俺が教えた誕生日を覚えていてくれたらしい。
 『運気が良ければ』クルー達の誕生日はその日に祝われるし、何度かその輪に加わってきたはずだけど、まさか新入りである俺の誕生日も同じように祝ってもらえるなんて、思わなかった。

「…………恥ずかしい……」

 誕生日を祝ってもらえるのがこんなに嬉しいなんて思わず、ぽつりとつぶやく。
 とりあえず俺の目下の目標は、船長が迎えに来るまでに、平気な顔を取り戻しておくことだった。


end


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