キッドと誕生日
※主人公はキッド海賊団クルー
漫画の世界みたいだなァ、なんていう風に思う光景によく出くわすようになった。
それは俺が『この世界』へ来てからのことで、つまりはここが『漫画の世界』だからなんだろうが、目の前で実際にやられると驚いたり困ることも多い。
「……あの、キラー、もう少し持とうか」
「問題ない。お前では持てないだろう、ナマエ」
恐る恐ると尋ねた俺へ、平然とした様子のキラーが返事をする。
確かにそうだけど、と呟いて、俺はキラーの腕、正確にはその腕が抱えているうずたかい山を見上げた。
色とりどりの箱や包装紙、紙袋などがある程度の計算の上に積み上げられたその塔は、キラーの頭を優に超えた高さを誇っている。
いくらかは俺が引き受けたが、すでに俺の両腕は震えそうだ。
重たすぎるそれを持ち直してから、視線を前方へ向けた。
そこでちょうど店から出てきた赤い髪の海賊が、軽く首を傾げる。
「どうした、ナマエ」
「いや……キッド船長、まだ買うのか?」
「靴をみてねェだろうが」
尋ねたところで寄越された発言に、がくりと肩を落とした。
ここは『ワンピース』の世界だ。
海へ落ちた俺を拾ってくれたのは今目の前で手ぶらのまま立っている相手で、俺はそのままなし崩しのうちに『海賊』になった。
そうして知ったのは、この船長殿の買い物好きだ。
ひょっとして、手元にある金は全部使わなくてはならないという強迫観念に駆られているのかと思うくらい金を使う。
キラーはとても慣れた様子で荷物を持っているので、きっと昔からそうなんだろうけど、そろそろ俺は限界だしキラーが心配だ。
「それじゃ、一度だけ船に戻ろう。落としちゃったら大変だし」
「ああ? ……仕方ねえな」
どうにか進言した俺へ、キッドは怪訝そうな顔をした後で舌打ちを零した。
ひ弱なんだよ、とこちらを睨み付けながら唸られて、少し怖いが言質はとった。
それじゃあ行こう、と船の方へ先導すると、歩き出したキッドが俺とキラーを追い抜いて前を行く。
どうあがいても先頭を歩きたいらしいその背中を見やって、あともう少し頑張ろう、と気合いを入れ直した俺の横で、驚いたな、とキラーが声を零した。
「いつもなら後二、三軒はそのまま連れて歩くんだが」
「……さすがに今日は買いすぎたって思ってるんじゃないか?」
ぽつりと落ちた言葉にそう答えると、それは無いな、とキラーは答える。
「今日はほとんど自分のものを買っていないからな。まだ買いたいものもあるだろう」
「え、これ自分のじゃないのか」
あっさりと寄越された言葉に、俺は思わず自分の手元とキラーの荷物を見やった。
あちこちの店でキッドだけが選んできた衣類や小物ばかりだというのに、それがキッドのものでないというのなら、一体誰のものだというんだろう。
目を瞬かせる俺の方へ、キラーがその顔を向ける。
仮面の向こうから注がれた視線を受け止めると、少し置いてからふるりと首を横に振ったキラーは、その腕の荷物を抱え直した。
「誰のものなのかは、船に戻ってからの楽しみにしておけ」
言われて、船に残してきた誰かのものなのか、と俺は納得した。
ひょっとしたら、船にいるクルー達みんなの分なのかもしれない。それならこの量も納得だ。
そしてそれと同時に、仲間たちの為にいろいろなものを買い込んでいたらしいキッドの背中を見やって、知らなかった、と呟く。
「キッドって、案外尽くす船長なんだな」
彼女が出来たら貢いでしまうタイプなのかもしれない。
いつかできるその存在が浪費家でないことを祈ろう、なんて考えた俺の横で、キラーが足を動かす。
「……まあ、違いない」
しみじみと呟いたキラーの言葉に、やっぱりそうなんだな、と俺は納得した。
買い込んだ荷物のほとんどがキッド海賊団の新入りである俺のものだとか、大半がついこの間海の上で過ぎた〇月◇日の分のプレゼントになったとか。
そんなことも知らない俺は、手元の荷物を落とさないようにもう一度抱え直しながら、キッドの後を追いかけて足を動かしていたのだった。
end
戻る | 小説ページTOPへ