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ローと誕生日
※勘違い主人公



 明日の夜までに浮上させろ。
 その『情報』を手に入れてすぐさま放たれた船長命令に、クルー達は迅速に対応した。
 ポーラータング号の中を何人もが駆け回り、シロクマ航海士と共に必要な資料を集めて周囲に探知を巡らせる。
 結果として小さな小島を発見したため、次の島への永久指針を手に入れていたハートの海賊団はすぐにその島へと潜水艦を寄せた。
 派手に動き回る仲間達に満足そうなトラファルガー・ローの横で首を傾げたのは、この事態を引き起こした『情報』を寄越した男だ。

「どうしたんだ?」

 無表情の中でその瞳に不思議そうな光を宿し、自分がどれだけ重大な話をしたのか分かっていない様子の男に、ローの呆れた視線が向けられる。

「お前が言ったんじゃねェか、ナマエ」

 明日はお前の誕生日なんだろう、と相手を指さした海賊の言葉に、ナマエと呼ばれた男はさらに不思議そうに瞬きをした。







 ナマエとは、トラファルガー・ローがとある島で手に入れた男だった。
 本屋で出会っただけのローを賞金稼ぎどもから庇い、無駄のない動きで相手を伸したナマエを気に入ったローが声を掛けただけでついてきた。
 今までどうやって生きてきたかを語ったことは殆ど無いが、周りに対する反応や警戒心からしてろくな人生ではなかったのだろうというのがローや他のクルー達の共通の認識だ。
 表情筋がかたまっているのかと思うほど表情を変えることがなく、例外と言えば嬉々として強敵に近付いていくときくらいなもので、厄介な相手を『鬼ごっこ』の相手に選んで連れて帰ってきたこともある。
 その印象に反して甘いものを好み、酒にも強い。
 そのうちナマエを『そういう対象』としてみるようになったローが誘いをかけてみても、嫌悪の表情を浮かべるわけでもなければ受け入れるわけでもない。
 それでもそれを許したローが傍らに置いているのだから、ナマエは間違いなくローにとって特別な男だった。
 そして、そんな相手が漏らした重大な『情報』をもとに、今ハートの海賊団は小さな入り江でとても騒がしくしている。

「ベポ―、それそれ、それこっちだって!」

「わかったー、すぐもってくから!」

「おいシャチ、そんな運び方したら……うわっ」

「あ、悪ィ!」

 ぎゃいぎゃいと言葉を交わしながら走り回り動き回ってものを運んでいく様子を、ナマエは潜水艦の甲板の上から見ていた。
 最初は手伝おうとしていたのだが、シャチがそれを断って、当然ローも引き留めた。
 結果として大人しく甲板の上に佇むナマエの傍らで、ローはごろりと床に懐くようにして転がっている。
 ローの仕事は大量の物資を船から入り江へ降ろすことで、能力を使ったそれはあっさりと終わってしまった。
 残りの役目は、ここで本日の主役を見張っていることだ。

「……ロー、まだ降りたらいけないのか?」

 ぽつりと呟いたナマエが、そろりとその場に座り込んだ。
 その目がローを見やり、当然だろうが、と答えたローがそれを見上げる。

「お前に手伝わせるわけねェだろう、ナマエ」

 今日は、〇月◇日だ。
 本来ならただの日付だが、カレンダーをふと見やったナマエがそれに反応したのが、昨日の夕食時である。
 それが少し珍しくて『どうした』と尋ねたローに、ナマエはあっさりと言ったのだ。

『明日、誕生日だ』

 誰の、なんて聞くまでもない。
 理解が及んですぐに、もっと早く言え、となじりたい気持ちを飲み込んだローの下した命令は、すぐさまクルー達によって遂行された。
 結果として物資の豊富な名も知らぬ島にたどり着き、本日の主役の『強運』を感じずにはいられない。
 問題は『プレゼント』など何一つ用意していないということだったが、それは次の島で無理やり買い与えてやると心に誓っている。
 ローの発言にわずかに瞳を揺らしてから、そうか、とナマエは呟いた。
 あまり感情の見えない声に、しかしわずかな落胆を感じて、ローは怪訝そうにナマエを見つめる。
 どうもナマエは、自分の誕生祝の場を手伝いたいらしい。
 ローの誕生日の時だって、ペンギンやシャチ達に加担してローを捕まえていたくせに、自分がその立場を与えられているのが気に入らないのだろうか。
 わがままな野郎だとため息を零してから起き上がると、ナマエの視線がローの動きを追いかけた。

「ナマエを島に降ろすなと言われてるんでな。ここで大人しくしていろ」

 それを見ながら言葉を放つと、ナマエの目がわずかに伏せられる。
 そうしてそれから、ローはいいのか、と低すぎず高くもない声がその唇から紡がれた。

「おれはいいんだよ。十分な働きをしたしな」

「……そうか」

「それに、今のおれの『仕事』は、お前の相手だ」

 言ってやりながらにやりと笑ったローの手が、するりとナマエの肩口に触れた。
 そのまま掴んで引き寄せれば、ナマエは大した抵抗もなくローの方へと体を寄せる。
 そのことに目を細めて、顔を近づけたローが囁くように言葉を放った。

「それとも、おれが相手じゃァ不満だってのか? ナマエ」

 尋ねながら、ナマエがそれに頷きはしないことを、ローは分かっていた。
 ナマエはいつもローをはぐらかすが、決してローを拒絶しない。
 だからこそローだって、たまに誘いをかけて様子を見るにとどめているのだ。
 そうしてローの予想通り、まさか、と呟いたナマエの目が改めてローを見る。
 真正面から見据えるナマエの目は相変わらず底知れぬ雰囲気を宿していて、吸い込まれそうな眼差しの持ち主の手が、肩に触れていたローの腕を軽く掴んだ。

「それなら、せっかくだから楽しいことをしよう」

 隠すもののない甲板の上で、相手から誘うような言葉を紡がれてわずかに目を瞠ったローが、その唇ににやりとあくどい笑みを浮かべる。
 それを見たナマエの唇にも笑みが浮かんで、どことなく穏やかに見えたそれにローが互いの間にあった距離を詰めようとしたところで、しかしながらお約束のように邪魔が入った。

「せんちょー! ナマエー!」

 入り江にいるシャチからの呼びかけに、ぱっとナマエがローから体を離す。
 ひょいと立ち上がったナマエの頭が見えたのか、もう降りてきていいぞ、とシャチが声をあげた。
 そのことに『いいのか』とナマエが呟いて、聞こえはしなかっただろうに『大丈夫だ』と大声でシャチが答えている。
 それを聞きながら、眉間に皺を刻んだローが拳を握った。

「ロー、降りよう」

 しかし、シャチを詰ってやる前にどことなく弾んだ声が落ちてきて、ローは顔をあげるしかなかった。
 見やった先のナマエは無表情だが、雰囲気がどことなく楽しそうだ。
 どうやら島に降りたりらしい男にため息を零してから、ローも立ち上がる。

「続きは後でだな」

「? わかった」

 唸ったローにナマエはそう答えたが、昼間からの宴でローが酔いつぶされてしまったせいで、有言実行は叶わなかった。
 何せ、自分で『誕生日』の話をしたくせに『誕生日を祝われる』ことにナマエがわずかな困惑と喜びを見せたのだから、酒だってすすむというものだ。


end


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