ルッチと誕生日
※転生男児シリーズ
〇月◇日。
今日は、俺の誕生日だ。
思い出してみるに、CPの一員となるために育てられた頃は、誕生日なんてただの節目でしかなかった。
感情を削ぎ落すように育てられていく毎日で、逃げ出した俺が俺を見かけたルッチに捕まってルッチの手元に置かれるようになるまでは、たぶんずっとそうだったのだ。
それでも、ルッチの誕生日を祝った後から、なんだか少し周りのみんなの認識が変わったような気がする。
「あのさ、これ……」
声を掛けながら視線を向けると、書類を見ていたルッチがちらりと視線をこちらへ向けた。
しばらく俺を眺めて、やや置いてから手招きされたので、とりあえず近付く。
「ちゃんと留めろ」
近付いた俺へ伸びてきた手が、そんな風に言いながらパチンパチンとボタンを留めた。
その結果として、ぐいと体が引っ張られてしまって、必死になって体に力を入れる。
本日俺の枕元に置かれていた箱の中身は、なんだかよく分からない衣類だった。
ある程度曲げることのできるワイヤー製のそれは、肌に直接触れると痛そうだったのでとりあえず服の上から着ているが、とにかく堅い。
ルッチが今止めたのは俺の腕と足の可動域を半固定する部分のボタンで、結果として力を抜くと直立不動の姿勢になるようになってしまった。
「なに、これ」
昔、『生まれる前』の世界の懐かしアニメで見たことあるような気がする物品を着たままで訊ねると、誕生日プレゼントだと言っただろう、とルッチが答えた。
それは箱を開ける前にも聞いた台詞だが、本気だろうか。
「それを着たまま通常通り行動できるようになれば、ある程度のことは出来るようになる」
「そんな、怪しいツーハンみたいな……」
思わず呟いた俺の向かいで、つうはん?とルッチが怪訝そうな声を出したので、なんでもない、と首を横に振った。
「でもこれ、すごい硬いよ」
ぐっと体に力を入れ、どうにか腕を曲げてみる。
両足も歩くためにはかなりの力を入れなくてはならず、ものすごく体力を消耗しそうだ。
硬くなくては鍛えられんだろう、とどことなくあきれの混じる声を出したルッチが、乱れていたらしい俺の髪を軽く掻き上げた。
「あまり長時間の着用には向かんという話だからな。今日はひとまず三時間だ」
終わったらストレッチをするように、という指示を寄越されて、とりあえず頷いた。
どうも最近のルッチは、俺を鍛えることに目覚めたらしい。
まだまだルッチと少しの模擬戦もできないような俺だが、これを着て過ごしていたらそのうち出来るようになるんだろうか。
「三時間もなにしたらいい?」
「掃除でもしていろ」
こんな姿で外に出ては格好の噂の種になりそうだったので、ひとまず尋ねると返事が寄越された。
それへ分かったと頷いてから、掃除道具目指して移動することにする。
一歩、二歩と歩いたところで思ったより足が動かず、前へと体が倒れ込む。
受け身が取れずに思い切り頭をぶつけてしまって、あだ、と思わず声が漏れた。
ひりひり痛む額をさすりたいが、そのために体力を使うのはもったいないので、とりあえずそのまま起き上がって立ち上がる。
今度は気を付けて、壁際の掃除道具目指してまた歩き出す。
今度は十歩以上進んだが、踏み込むときに力を入れすぎたのか、思ったより前に足が出て後ろ向きに体が倒れた。
ごち、とまた頭がぶつかって、なかなか痛い。
「う……っ」
ごろ、と転がってちょっとだけ痛みをやり過ごしてから、とりあえず体を伏せて起き上がる。
舌を噛まなくてよかった、と思いながら立ち上がろうとした俺は、自分の視界に黒い靴先が入り込んでいることに気が付いた。
「あれ?」
戸惑って視線をあげれば、ソファに座っていた筈のルッチがすぐそばに立っている。
足音がまるで聞こえなかった。さすがCP9最強の男だ。
「ルッチ?」
厳しい顔でこちらを見下ろしているルッチを見上げて名前を呼ぶと、ため息とともに屈んだルッチが俺を引き起こす。
「この程度で転ぶな、バカヤロウ」
罵りながら動いたその手が、先ほどかけたボタンの一部をぱちりと外す。
途端に足が動かしやすくなって、おお、と声を漏らした俺は足を動かした。
さっきまでひどい抵抗を食らっていたせいか、ちょっと足が軽い気がする。
「俺、今日すごく走れるかも」
「……ただの錯覚だ」
笑顔を浮かべて視線を向けると、無表情な顔のルッチがそう言いながら、俺の頭をその指で辿ってからその手を離した。どうやらこぶは出来ていなかったらしい。
転ぶんなら受け身を取れと言う命令に大きく頷くと、ルッチが離れていく。
元通りソファに座り、今度の任務の資料らしき束に手をやったルッチを見てから、俺も壁際に置いてある掃除道具へ手を伸ばした。
せっかく三時間もあることだし、徹底して掃除してやろう。もともとルッチの部屋はきれいな方だが、たぶん体を動かした方がこれの効果があるのだ。
「よし、やるぞ!」
気合いを入れて箒を握り、俺はその恰好のままで作業を始めることにした。
その日の夜、とんでもない筋肉痛に悩まされるということを、まだ俺は知らなかったのだった。
end
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