戦桃丸くんと誕生日
※主人公は無知識トリップ主
※戦桃丸くんは言いたくないことに対しては世界一口の堅い男だと思ってる
「わいに聞いても無駄だナマエ。わいは世界一口の堅い男」
きっぱり、はっきりと言いながら、戦桃丸が顎を逸らして胸を張った。
とんでもなく強気な態度だが、俺はこの書状の意味を確認しなくてはならないのである。
「いや、お前に聞かなくてどうするんだよ。お前が書いたんじゃん」
言いつつ手元の手紙を差し出すも、聞かん、とばかりに顔を逸らされた。
俺が『この世界』にやってきて、はや一年と少し。
俺を拾ったのは大将黄猿で、身元不明無職の俺に衣食住を与えてくれた偉大なる海軍大将は、俺をベガパンクの雑用係に配属させた。
それからというもの研究施設と他を行き来する生活を行うようになっていて、今日も同じく書類を届けに行ってきたのだ。
そして書類と書類の間に挟まれた手紙を発見した。
宛名は俺宛てで、自分あてなんて珍しいと思って見やった手紙には、今日の日付と夜七時の時刻、そして今戦桃丸が背中を向けて守っているベガパンクの研究室の中を示した文字だけが記されている。
送り主の名前は無いが、荒々しくも角ばった文字が誰のものなのかくらいは、これだけ長く雑用をしていればわかるというものだ。
だというのに、俺の追及に対して戦桃丸は返事をしてくれないし、どうしてか今日は中へ入れてもくれない。
「俺、お前と果し合いなんてできないからな?」
「当たり前だろうが。わいも、ひ弱な奴を痛めつける趣味はねェ」
せめて一撃か二撃は耐えて貰わねえとな、と答えながら何かの構えを取った相手に、両手をあげて無抵抗の意を示した。
アシガラドッコイだかなんだか知らないが、侵入者ごと塀を吹き飛ばしたあんな攻撃を食らった日には、俺は全身粉砕骨折で死亡である。現代人のひ弱さを舐めないでほしい。
「果し合いじゃないなら何でこんな呼び出しなんだよ?」
「答えねえ、と言ってるだろうが」
諦めろ、と強く寄越される言葉に、俺は眉を寄せた。
いつもだったらポロリと色々なことを口にするくせに、今日に限っては妙に頑なだ。
ひょっとしたらベガパンクにいろいろ言い含められているんだろうか。
うまく誘導したらうっかり口を割らないか、とじっと見上げた俺をちらりとその目が見て、眉間に皺が寄せられる。
「男がなさけねェ顔をするな」
「してねェし」
寄越された言葉につんと顔を逸らして、手元の手紙を丁寧に片付けた。
「あーあ、どうしても戦桃丸が教えてくれないって言うんなら仕方ないな。俺今日用事あるから、重要な用事だったらこっち優先しようかと思ったのにさ」
やれやれとため息を零すと、なんだと、と戦桃丸が声を漏らした。
「おいナマエ、まさか呼び出しを受けねえつもりか?」
「目的も分からないのにほいほい呼び出されねえよ、怖いから」
『誰が送り主かもわからないし?』と封筒を裏返してやると、ぐ、と戦桃丸が声を漏らす。
「せっかくの誕生日なんだし、怖い呼び出しよりは楽しく飯でも食いに行った方がいいじゃん」
何かを迷う目をした相手へ言いながら、そう思うだろと同意を求めた。
今日は〇月◇日。すなわち俺の誕生日だ。
まだ目の前の相手からはおめでとうの一言すらも貰っていないが、どうしてだかあちこちの海兵が俺の誕生日を知っていて、書類を届ける度に『おめでとう』と言われている。
どうやら誰かが言いふらしているようなので、時間が空いたらその優しいんだか迷惑だか分からない相手を探しに行くつもりなのだ。
なんとなく偉大なる海軍大将黄猿を疑っているのだが、今日はお休みらしいのでどこにいるのかも分からない。
せめて子電伝虫の番号でも聞いておけばよかった。
俺の発言に、同意はせずに舌打ちを零した戦桃丸が、その手を動かした。
「えっ」
驚き身を引いた俺の真後ろに、どすんと振り下ろされた鉞がそびえる。
いつだって戦桃丸が持っているその武器は、俺に言わせればこれ以上ないほど戦桃丸に似合っているものだった。
巨大なそれが真後ろにある事実に困惑したところで、伸びてきた手が無理やり俺の腕を捕まえる。
「どれだけ言われようとも、わいは口を割らん」
人の腕を掴みながらの発言に、何を言ってるんだと視線を向けた。
しかし相変わらず強情な護衛殿は、ふん、と鼻を鳴らして俺を捕らえたままだ。
「……もしかして、時間までここにいろって?」
「逃げられたとあっちゃあ用意した意味がないからな。オジキにも面目ねェ」
放たれた言葉に、どうやら逃れる術はないということを悟った。
戦桃丸が『オジキ』と呼ぶのは一人だけだが、もしかして大将黄猿も部屋の中にいるんだろうか。
「……一体何の用なんだよ、だから」
「わいに聞いても無駄だ」
世界一口の堅い男とやらの宣言通り、俺は約束の時刻が来るまで、結局それを教えてもらうことは出来なかった。
だってまさか、世界最高の科学者の研究室でお誕生日パーティーが開かれるだなんて、そんなこと考えもしなかったんだから仕方ない。
とりあえず、戦桃丸がくれたプレゼントはいつも着ているのによく似た前掛けだったので、そのままクローゼットの奥にしまっておくことにする。
end
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