モモンガと誕生日
※主人公は一般人
※『天国で地獄』設定
今日は〇月◇日だ。
『この世界』で生きていくと決めて、もう三回目の誕生日だった。
家族すらいない場所で、まあ自分で祝うのもいいだろうとケーキ屋に寄った俺は、小さなケーキを買って家に帰ることにした。
甘いものも好きだけど、一人でたくさんは食べられないから小さなショートケーキにしよう。
夕食は昨日作った料理が残っているからそれを温めることにして、明日は休みだから酒も飲んでしまおうか。
「ナマエ?」
少し浮かれた気持ちで道を歩いていたら、ふと声を掛けられた。
俺の良く知る、そして聞き間違えるはずもない声に思わず振り向けば、路地から出てくる海兵さんがそこにいた。
モモンガさん、とその名を呼んだ俺に、今帰るところか、と笑った相手が近づいてくる。
「久しぶりだな。変わりないか?」
「はい。モモンガさんの方はお元気でした?」
「見ての通りだ」
俺の問いかけに胸を張って見せたモモンガさんの様子に、はは、と笑い声が零れた。
また任務に出ていたのか、モモンガさんはここしばらくマリンフォードでは見かけなかった。
その人と今日という日にまた会えるだなんて、今年の神様はどうやら俺に優しくするおつもりらしい。
嬉しさを隠しようもなく見上げていると、俺を見下ろしたモモンガさんが少しばかり首を傾げる。
「どうした、ナマエ」
「え?」
「なんだか妙に機嫌が良いな」
何かいいことでもあったのか、と続いた言葉に、どきりとした。
いいことがあったのかと言われれば、今日モモンガさんに会えたことに決まっている。
しかしそれを言っていいのかどうか、『普通』じゃなくなってしまった俺には判断がつかなかった。
俺は、目の前のこの海兵さんが好きだ。
それはつまり恋愛感情で、けれども男が男を好きだなんて、まるで受け入れられる要素の見受けられない思いだった。
もちろんモモンガさんはそれを知らないし、言うつもりだってない。
気持ち悪がられてしまったら、たぶん女々しく泣いてしまうと思うのだ。
「ええと……」
なんと言ったらいいのかと言葉を探した俺に、モモンガさんが首を傾げる。
「……すまないな、言いづらいことだったか?」
なら別に無理をしなくても構わない、と続いた言葉から感じた気落ちの雰囲気に、慌てて首を横に振る。
「ちが! 違うんですあの、俺今日誕生日で!」
急いで口走った言葉の後ろを慌てて途切れさせたのは、『あなたに会えたのが嬉しくて』なんていう文言が続く予定だったからだ。
けれども口から出た分までは誤魔化しようがなく、少しだけためらってから、その、と呟いて別の言葉を続けた。
「ちょ……ちょっと子供っぽいですよね? 誕生日を嬉しがるなんて……」
だから恥ずかしくて、と呟いてちらりとモモンガさんを見ると、俺の様子に目を瞬かせたモモンガさんは、それから柔らかく目元を緩ませた。
「そんなことはない。いくつになっても誕生日というのは特別だろう」
あっさりとそんな風に言って、モモンガさんが俺の肩を慰めるように叩く。
そんなわずかな接触ですら嬉しくなってしまうんだから、俺は本当にどうしようもない。
「ふむ、それでは、今日はこれから誰かに祝ってもらう予定があったのか?」
「え? いえ、もう家に帰るところで」
寄越された言葉に困惑して首を横に振ってから、しまった、と察した。
パーティすらもないのに、ただ自分の誕生日だというだけではしゃいでいたんだと思われる。
実際は違っていても、モモンガさんの認識がそうなるというのは何というか、やっぱり恥ずかしい。
困った俺を見下ろして、なるほどと呟いたモモンガさんが俺の方へと手を伸ばした。
持っていた荷物がひょいと奪われて、驚いて目を丸くする。
「モ、モモンガさん?」
「ではこうしよう。今日は、私がナマエの誕生日を祝う」
どこかで食べていくか、なんて言葉を続けて微笑まれて、思ってもみなかった事態に、俺は荷物を取り返すために動かしかけていた腕を止めた。
俺の困惑と戸惑いを混ぜた様な視線を受け止めて、楽しそうにモモンガさんが笑う。
「ちょうど私も帰るところだった。大事な友人の誕生日だ、ぜひ祝いたい」
もう少し早く分かっていたら贈り物も用意したんだが、と続いた言葉に、そんな、と声を漏らす。
こんな幸運があってもいいんだろうか。
今年の神様は、きっと俺をでろでろに甘やかすつもりなんだ。
そのあとのしっぺ返しが怖いくらいだ。
けれども、そんな『もしも』の恐怖より、今は目の前の幸運をつかまなくてはならないことは分かっていた。
「よ……よろしくお願いします!」
「よし、ついてこい」
意気込んだ俺に笑ったモモンガさんが、まるで部下に向けるような言葉を放って歩き出す。
風を孕んではためく正義を追いかけて、俺はそのままモモンガさんと一緒に夕食を食べに行くことになった。
ケーキまで一緒に食べた、今年の誕生日は間違いなく過去最高の誕生日だ。
end
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