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スモーカーと誕生日
※『恋と呼ぶらしい』『愛と言うらしい』設定
※主人公はスモーカーの恋人



 南の海へやってきて、もうずいぶん経つ。
 気候の違いや風習の違いにもまあまあ慣れてきて、俺は今日もつつがなく一日の仕事を終わらせた。
 時間も早かったので酒をひっかけて帰ろうかと考えてから、今日の日付を思い出して思い直す。
 今日は〇月◇日。
 何を隠そう、この俺がこの世に生まれた日である。

「……久しぶりに、スモーカーの声が聞きてえなァ」

 地域すら違う海にいる恋人を思って呟きながら家路につく。
 かたつむりなんてできるだけ触りたくないが、スモーカーに強く言われて飼うことにした我が家の電伝虫は、今日も大人しく餌を食って静かに眠っている筈だ。
 手紙のやり取りはしているが、やっぱりどうせならスモーカーの声が聞きたい。
 もう少し経ったら久しぶりに連絡してみようかな、と暗記したスモーカーの番号を口の中で転がしながら足を動かして、俺は自分の家の異変に気が付いた。
 消して出た筈の明かりがついている。

「………………泥棒?」

 まさか海兵の家に入る間抜けがいるだろうか、なんて考えながらそろそろと近付いて、家の扉に手を触れる。
 しかし鍵はしっかりと掛かっていて、ドアノブやドアにおかしな様子も見当たらなかった。こじ開けられたわけではなく、入った『泥棒』は中から鍵までかけたようだ。
 困惑しながらもできるだけ音をたてないようにしながら鍵を開け、ゆっくりと扉を開く。
 そうして目に飛び込んだ玄関口のブーツに、俺は目を見開いて扉を大きくあけ放った。

「スモーカー!?」

 声をあげながら、閉じたドアに鍵すらかけずに靴を脱いで家へと上がる。
 俺が蹴とばした靴の傍に立っていたブーツの持ち主を探して奥へと進むと、ちょうどリビングでその姿を見つけた。

「……なんだ、早かったじゃねェか」

 低く唸ってこちらを見やった相手が、うちのソファに座っている。
 ローテーブルの上にはテイクアウトしてきたらしい料理が広がっていて、酒もあり、まるで我が家のようなくつろぎ方だ。
 なんで、とどうしてがぐるりと頭の中を回って、それでも疑問が一つ解けたことは分かった。スモーカーには、うちの合鍵を渡してある。
 『どうせ無くしちまうだろうよ』と言っていたのに、少なくとも今日までは無くすことなくその手元に置いていてくれたんだと思うと、ふつりとわいた喜びが俺の顔面を崩れさせた。

「だらしねェ顔するな」

「いやだってお前、うわー、今日! 今日来るかー!」

 でれでれとしながらソファに腰を下ろすと、ちけえ、と唸ったスモーカーが俺を押しやる。
 されるがままに端へと寄せられながら、嬉しいな、と声を漏らした。

「俺の誕生日を祝いに来てくれたんだな!」

 確認するようにそんな言葉を零したのは、絶対にそうではないと分かっていたからだ。
 スモーカーはあまり記念日を気にしない奴だから、俺の誕生日だってきっと忘れていたに違いない。きっとたまたま、例えば近くまで遠征で来ているとか、気が向いたから会いに来たとかそういうことだろう。
 それでも今日という日に来てくれるあたり、やっぱりタイミングのいい奴だ。
 俺の言葉を聞いたら多分、目を丸くしたり『そうだったのか』と戸惑ったりするだろうと思っていると、俺の体を押していたスモーカーの手が、ぴくりと動いた。
 そっとそのまま離れていき、顔がどうしてかそっぽを向く。
 あれ、と目を丸くしてしまった俺の前で、ぽつりとスモーカーが呟いた。

「………………悪ィか」

 小さな声が耳に届いて、え、と思わず声が出かけたのを片手で抑え込む。
 スモーカーのこの反応は、つまり。

「……やばい、スモーカーくん超好き」

 動悸が激しくなったのを感じながら、傍らの相手にくっついた。
 ぎゅっと抱きしめて顔を埋めると、潮風とスモーカーの匂いがする。
 うぜェとスモーカーは唸っているが、今度は押しやろうともしない。
 受け入れてくれていると思えば、さらに動悸が激しくなった。
 顔が熱くなっている気がして顔をあげられない。
 普段のつれない態度のスモーカーも好きだが、これは困る。

「俺今日死ぬかも」

 命日が誕生日だなんてとんだ記念日だ。
 そんな馬鹿なことを考えてうめいた俺の頭の少し上のところで、馬鹿言ってんじゃねえよ、と唸ったスモーカーがどんな顔をしているのかは、残念ながら見ることが出来なかった。



end


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