- ナノ -
TOP小説メモレス

ゼファーと誕生日
※主人公は退役した一般人
※ゼファー(←)主人公



 部下達と酒を飲み、そこに同期数人が混じったせいかとんでもない量の酒を消費したゼファーは、鼻歌交じりに家へ帰宅するところだった。
 ふらふらとおぼつかないその歩みが、途中で不意に家がある方向とは全く別の方向へ進んだのは、酒に酔った頭がふとあることを思い出したからだ。

「おい、ナマエ! おきろォ!」

 辿りついた家の扉をどかどかと叩きながら声をあげると、数秒を置いてバタバタと足音が室内から響いた。
 さらに少し待ったところで錠の空く音がして、それを逃さずドアノブを掴んで扉を開く。

「うわっ」

 明かりすらつけずに玄関まで駆け付けたのか、慌てた声をあげた家主が身を引く。
 それに喉で笑いながらゼファーが家の中へと踏み込むと、室内の明かりがつけられた。

「こんな夜中に……どうしたんだよ、ゼファー」

 この酔っ払い、と呆れた声を出した男は、ゼファーの同期だった男だ。
 ともに海軍へと入ったくせに、やがて折れるように夢を諦めて退役し、今は一般人として生きている。
 今でも時たま酒を飲むことのある友人を見やり、ゼファーがその口に笑みを浮かべた。

「用事があったんでなァ」

「用事? せめて朝方にしてくれよ」

 お前だって帰るところだったんだろう、とため息を零しながらも、ナマエは足を引き、ゼファーを迎え入れることにしたようだった。
 何度も訪れたことがある家へと上がり込み、家の明かりをあちこち灯しながらゼファーを先導するように居間へ向かったナマエを追って、ゼファーも勝手知ったる他人の家を進んでいく。
 ゼファーが妻を得て子供を授かり、そしてその両方を失っていく間もずっと独り身だったナマエの家では、ゼファーの唐突な来訪に迷惑をこうむるのは居間にいる小さな観賞魚たちくらいなものだろう。

「ほら、水」

 明かりをつけられた居間の端で、底を漂いながら大人しく眠っている様子のペット達を斜め上から覗き込んだゼファーに、そんな風に声がかけられる。
 見やれば居間の明かりをつけてすぐそこの台所まで行っていたらしいナマエがトレイを片手に戻ってきているところで、その手の上にはグラスとボトルがあった。
 水槽を離れたゼファーがどかりとソファへ座り込めば、ナマエがゼファーにグラスを持たせて、それへ水を注ぐ。

「相変わらず世話焼きだなァ、ナマエ」

「どっかの誰かさんは偉そうだなァ」

 笑ったゼファーへそう言い返して、ナマエも自分の分のグラスへ水を注いだようだった。
 二つあるソファのもう片方に腰を下ろして、一口水を飲んだグラスをトレイやボトルと共にローテーブルへ置いてから、ナマエの目がゼファーを見やる。

「それで?」

「あん?」

「いや、用事があったんだろ?」

 何の用事だ、と尋ねたナマエは、ゼファーを探るように見つめている。
 その視線を受け止めて、ああ、と声を漏らしたゼファーは、自分の膝に頬杖をつくようにしながらナマエを見やった。
 海兵だった頃からそうだが、ナマエは妙にまっすぐに相手を見る。
 清濁を飲み込めないほどの『まとも』さは、海兵として残っていくには少しばかり純粋すぎ、けれどもその視線と相まってナマエと言う人間を表すものだった。
 ともに上へあがれたならどれだけよかっただろう、とは今でもゼファーは考えるが、恐らくナマエは残っていたとしても上へあがることは出来なかっただろう、ということも知っている。

「祝いに来た」

 水の入ったグラスを片手にゼファーがそういうと、まっすぐだったナマエの目が少しばかり瞬いた。
 戸惑いと疑問を浮かべたその顔を見て、今日の日付くらい知ってんだろうが、とゼファーが笑う。
 今日は〇月◇日。
 それはすなわち、ナマエの誕生日の日付である。
 帰り道にそのことを思い出したので、ゼファーは友人の自宅を訪れたのだ。

「…………あ、ああ! なるほど」

 言われて今日が何の日かを思い出したのか、ナマエが納得したように頷く。
 そしてそれから、先ほどよりさらにあきれた顔をして、だったらやっぱり日中に来いよ、と言葉を零した。

「おもてなしの準備だってしてないのに」

「主役が客をもてなすってのか?」

「その主役を真夜中にたたき起こした奴がよく言うよ」

 心臓が口から落ちるかと思った、と片手を胸元に当ててため息を零す相手に、出せるもんなら出してみやがれとゼファーは機嫌よく笑う。
 水を一息に飲み干して、少しばかり酔いの抜けた体をソファーへと沈めるように押し付けた。

「とにかく、おれァお前を祝いに来たんだ。日が出たら飯でも奢ってやる」

 部下が見つけたと言っていたうまい店に連れて行ってやるのがいいか、それともこの前食べに行ったナマエ贔屓の店にするか。
 どちらにしようかと考えながらずるりとソファへ寝転ぶと、ゼファーの動きを見やったナマエがため息を零した。

「はいはい。それじゃあ、今日はうちに泊まってくんだな」

「時間を潰さなきゃなんねェからな。何なら酒に付き合うか、ナマエ」

「俺は明日も昼から仕事なんだよ。断る」

 きっぱりとそう言って、寝るんなら客間に行けと廊下を指さしたナマエへ、ソファに転がったゼファーが視線を向ける。
 横倒しになった世界で、ソファに座っているナマエが視線に気付いて少し不思議そうな顔をした。

「ゼファー?」

 どうしたんだ、と尋ねるナマエは、ゼファーに『帰れ』とは言わない。
 ナマエの言う『客間』のベッドはナマエよりも随分と体格の良い人間に合わせたもので、そこの掃除が常に行き届いていることをゼファーは知っている。
 思えば、海軍にいる頃からそうだったのだ。
 ナマエはゼファーのやることに呆れはしても、必ずゼファーの思う通りにさせる。
 そしてそれはゼファーに対してだけで、ゼファーがそれにつけ込もうとも、必ず許してしまう。

「そんなんだから嫁がこねェんだ、お前は」

「……もてなした客にすごく心臓をえぐられてるんだが……」

 どういうことだ、とわざとらしく暗い顔をしたナマエに、ゼファーは声を出して笑った。



end


戻る | 小説ページTOPへ