クザンと誕生日
※無責任主
『来月の◇日、来ますから家にいてください』
正面から寄越された言葉に不思議がりながらナマエが頷いたのは、今まで向かいの元部下とそんな約束をしたことがなかったからだった。
何せクザンと呼ばれる目の前の男は忙しく、海軍の最高戦力に数えられるようになったとあれば予定の変更だっていくらでも発生する。
何よりナマエが今いる島は海軍本部よりはるかに遠く、移動方法によって随分とかかる日数が違うのだ。
だからいつも『次』の約束なんて曖昧にしか交わさないのに、日付まで指定したクザンがどことなく真剣な顔をしていたのを、ひと月の間に何度か思い出した。
「どうしたんだろうなァ、クザンの奴」
「くーう?」
尋ねつつその手で目の前の少し大きくなった超ペンギンの子供を撫でると、こそばゆそうに眼を細めたキャメルがゆらりと首を傾げた。
不思議そうなそれを見て微笑み、ナマエの手が滑って色味の明るいくちばしに触れる。
成鳥ともなればそこいらの岩を簡単に砕ける超ペンギンのくちばしは、しかしまだ子供だからか鉄のような硬さは感じない。
触れられるとむずがゆいのか、くう、ともきゅうともつかぬ鳴き声を零したキャメルが身を捩り、悪かった、と謝罪したナマエの手がキャメルから離れた。
そこで他の超ペンギンが鳴き声を上げて、そちらに返事をしたキャメルがナマエの前からするりと離れる。
雪で形成された緩やかな坂を腹ばいで滑り降りていく超ペンギンを見送ってから、やれやれ、と肩を竦めたナマエは改めて海を見やった。
今日は、クザンとの約束の日だった。
別に誰かと約束するなんて初めてのことでもないのに、なんだか落ち着かずに家の掃除や食事の用意を朝早くから行って、すっかり手持無沙汰だ。
温かな格好をして出てきた外は相変わらずひんやりと冷えていて、体に力が入る。
冷え切った空気を布ごしに吸い込んで、ふう、と吐き出したそれが白く凍るのを見送りながら、どうしたんだろうなァ、とナマエは先ほどと同じ言葉を口にした。
ただし今度のそれは、自分自身に向けたものだ。
「……はしゃいでるのか、年甲斐もなく」
例えば子供がそうだったなら可愛らしいですむかもしれないが、年老いた男がそれでは少しみっともないのではないだろうか。
考えると少しばかり恥ずかしくなって、大人しく家に入っていよう、とナマエは決めた。
その足がくるりと後ろを振り返り、自分の住まいへ向けて歩き出す。
けれどもその足が途中で止まったのは、離れた場所で超ペンギンが騒ぐ声が聞こえたからだった。
仔超ペンギンらが喜ばしそうに鳴くそれに、なんとなく何があったのかを予想して、足を止めたナマエが振り返る。
そのままの状態で数分待ち、やがて坂の下から登ってきたものに、その目が丸く見開かれた。
「…………クザン?」
「元気そうですね、ナマエさん」
呼びかけに答えた海兵の背中に、何やらとても大きな荷物がある。
引っ越しでもするのか、それとも長い放浪の旅にでも出るのかと尋ねたくなるようなその荷物に困惑して見上げていると、近寄ってきたクザンがナマエの傍で足を止めた。
その目がじっとナマエを見下ろし、少し屈んでナマエの目を覗き込む。
「……顔白いんですが、もしかして外で作業でもしてました?」
あったまらねェと風邪ひきますよ、なんて少し心配そうな顔で言われてひとまず頷いたナマエは、クザンを伴って自宅へと足を運んだ。
※
「それで、どうしたんだ、その荷物」
紅茶にブランデーを落としたものを二人で飲んで、ひと心地ついた頃に尋ねたナマエに、クザンが片手のカップをテーブルへ置いた。
その目が窺うようにナマエを見つめて、わかんねェんですか、と一つ問いかける。
寄越された言葉の意味を把握しかねて、ナマエは首を傾げた。
クザンの大荷物は、何かナマエにかかわりのあるものなのか。
遠征の帰りなのかと少し考えたが、もしも途中まで軍艦で来たなら大半は置いて来ればよかっただけの話だ。
いつもナマエのところへやってくるときのクザンは、もっと少ない荷物で移動している。
そうだとすれば、わざわざここへ持ち込みたい荷物であったということだ。
そこまで考えて、はた、と気が付き、ナマエはその顔を引き締めた。
両手が組まれて、テーブルの上へと乗せられる。
「まさか退役を考えているのか?」
「は?」
「ここに住むのは構わないが、せっかく昇進したんだろう? 考え直す時間は無いのか?」
そもそも『青雉』クザンが海軍本部を離れるなど、ナマエの知っている『未来』には無いはずの話だ。
もちろんクザンが『家出』したいというなら宿を提供する。一緒に住むのはきっと楽しいだろうが、原因が何かあるなら取り除く手助けはしてやろうと心に決めた。
もしもクザンが話しづらいことだというのなら、明日にでも足りない家具などを買いに行くついでに、つるに連絡してみてもいいだろう。きっとクザンはついてくるだろうが、目をくらまして連絡する方法はいくらでもある。
どうやってクザンを海軍本部へと連れて行くか、そんなことまで考えだしたナマエの向かいで、何故かクザンが呆れた顔をした。
「なんでそうなるんですか」
「ん?」
「ありゃァ、おれのもんじゃありませんよ」
言葉と共に壁際に置いた自分の荷物を指さされて、ナマエが目を瞬かせる。
それを見やり、ため息を零したクザンがカップを置いて立ち上がった。
自分の荷物をひっつかみ、妙に優しい仕草で連れて戻ってきたそれが、クザンの傍らに置かれる。
床に置いても椅子に座り直したクザンの胸に達しようかという大きさの荷物なのだから、やはり相当な大きさだ。
巨大な鞄の口が開かれて、手を入れたクザンが、そこから何かを取り出した。
「はい、これが、センゴクさんからの」
言葉と共にテーブルの上に置かれた物体に、ナマエが目を丸くする。
丁寧に包装されたそれは箱の形をしているが、とにかく大きい。
その横に『これはおつるさんから』と言葉を述べたクザンがさらに箱を置く。
同じように何人も、ナマエの知る海兵の名前を出しながらテーブルの上に広げていくクザンによって、巨大な荷物の中身の全てがテーブルの上へと置かれた。
素人細工とはいえ、足と天板の太いテーブルであったがために軋んだりはしていないが、それにしても随分な量だ。
「それで、これがおれからです」
言葉と共に最後の一つを一番上へと置かれる。
テーブルの上のものは、どれもこれもほとんどが包装紙を巻かれたりリボンを結ばれたりしている。まるで『贈り物』だ。
意味を求めてぱちりと目を瞬かせたナマエは、そこでようやくクザンの意図に気が付いて、片手の指を数えるように折り曲げた。
「…………そうか、俺の誕生日か」
考えてみれば、今月は〇月である。
〇月◇日とはすなわちナマエの生まれた日だった。
この世界に現れた日とは違うが、もはやナマエにとっては数少ない『故郷』から持ってきた情報の一つである。
「本当に忘れてたんですか」
おれの誕生日は覚えてたのに、と呆れた様な声音を零しつつ、クザンがテーブルに頬杖をついた。
荷物でほとんどお互いの間は遮られているが、目がこちらを向いているのは見える。
観察されているのを感じながら、ナマエは手を伸ばして、一番上に置かれたほかに比べて小さな一つを引き寄せた。
クザンが『おれから』と言ったそれは、少し重い。
中身は何だろう、なんて考えるとわくわくと心臓が高鳴るような気がして、子供みたいな自分に笑みが漏れた。
「まるでサンタクロースだな、クザン」
「クリスマスにプレゼントをもらうような年齢でもないでしょうや」
「ははは、そうだけど」
それでも、こんな風にたくさんの贈り物を貰うなんて、一体何年ぶりだろうか。
海軍本部にいた頃は、たまにつるが思い出して飲みに誘ってくれる程度だった気がする。ガープ達はあまりそういったことに頓着しないので、自分から言い出さなければ祝いの言葉すらも無かったし、ナマエ自身もあまり気にしていなかった。
いや、そういえばクザンは顔を合わせれば『おめでとう』と言ってくれていたから、クザンが部下になった後は、少なくともクザンからは何度か祝われていたのか。
それに、たまにデスクへ勝手に差出人不明の贈り物があったこともあったなァ、なんて懐かしいことを思い出してから、ナマエは小さくため息を吐いた。
「それにしても、ちょっと残念だ」
「え?」
「クザンが家出してきたのかと思ったのに」
そうでないほうが良いに決まっているが、一緒に住むのは楽しいだろうとまで思っただけに、何とも残念な話だ。
しかし、顔に浮かんだ寂しさをさっさと引っ込めて、ナマエは微笑みをクザンへ向けた。
「プレゼントありがとうな、クザン。皆にも礼を言っていたと伝えてくれ」
「…………………………はい」
微笑んだナマエの向かい、贈り物の山の向こう側から返事が寄越されるのには何故か少しばかりの間があったが、ナマエが贈り物を片付けたときに向こう側から出てきたクザンの顔は、いつもとまるで変わらなかった。
end
戻る | 小説ページTOPへ