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可愛さの方程式
※主人公はトリップ主
※名無しモブ幼馴染?注意



 俺には幼馴染がいた。
 今はもう会うことも出来ないあいつは少し変わった奴で、何でもかんでも『可愛い』と言う女だった。
 さすがに漫画のキャラクターの人間トナカイがあざといほど可愛いのは俺にも分かるが、同じ口で最低な行いをする悪役だったり筋肉質な年配の男キャラクターだったりをも『可愛い』と言うのだから、好きなものを表す言葉をそれしか知らないんじゃないかと思ったほどだ。
 せめて『格好いい』だろうと言って肩を小突いたのは、もうずっとずっと昔のことになる。

「考え事か? ナマエ」

「はい? あ、いえ、はい」

 ぼやっと突っ立っていたら声を掛けられ、慌てて姿勢を正しながら返事をした。
 とんでもなく不明瞭な返答になってしまったが、どちらだそれは、なんて言いながらこちらを見やった相手は微笑んでいるので、恐らくそう怒ってはいないだろう。
 相変わらずの星が耳元でちかりと光り、黄金に映える色味のスーツに身を包んだ相手は黄金帝と呼ばれる男で、今の俺の雇い主だった。
 俺が佇んでいたのはとある施設の通路で、今先ほどまでこの人は扉の向こう側の部屋で『商談』を行っていた筈だ。いつの間に出てきたんだろうか。
 俺が生まれて育ったのとはまるで違う世界に来てしまったのが、もう十年以上も前。
 この世がかつて読んだ『漫画』と同じ世界だと気付いた俺は、まさしく俺の為だけに体を鍛えた。
 悪魔の実と覇気、どちらがいいかと尋ねられたらもちろん両方を手に入れたいが、あいにくと路地裏にぽつりと取り残された身元不明無職の俺に悪魔の実は手が届かない。
 それでも何とか会得したのは武装色と、それから少しの見聞色だ。当然ながら、俺に覇王色なんていう選ばれしものの才能は無かった。
 人を殴ることに対する躊躇は少しずつ薄れていって、俺も気付けば格闘家もどきだ。
 覇気が使える分、多少は悪魔の実の能力者に対抗できるという事がセールスポイントとなり、雇われれば護衛もやるようになって。
 会得した力を使った肉体労働で金を稼いでいると、元の世界じゃ近寄りもしなかっただろうやくざな稼業の連中とも懇意になり、何人か『知っている』顔も見かけた。
 王下七武海やそれ以外の海賊、『悪いこと』をしている現場に踏み込んできた海兵の中にも少しばかり、その名前を知っている相手がいた。
 あの漫画にハマっていた幼馴染に話して聞かせたら面白そうだな、と初めの頃は思っていたが、この世界で過ごしてもはや十年余りだ。恐らく、俺はもう帰れないんだろう。
 それならこの世で生きていくしかないとして、そういやあの漫画はどういう終わりだったんだろうなァなんて、もはや見ることも出来ない未来をぼんやり想像していた頃に遭遇したのが、今目の前にいる相手だ。

『今日から君を雇い入れることになった。ギルド・テゾーロだ』

 仰々しい身振りで自己紹介してきた裏道に似合わぬ派手な格好の相手に思わず身を引いたのは、名前やその顔に憶えがあったからだった。
 相手は裏では随分な有名人だし、つい三日前、俺の雇い主の商談相手としてちらりと顔を合わせた覚えがある。
 それに、かつての世界で姿を見たこともあるし、幼馴染が『可愛い』と騒いでいた気がする。
 映画の記憶は大まかなものしかないが、そこに映っていた敵役が『可愛い』と呼ばれた要因が浮かばない。

『どうかしたかね?』

 思わず目の前の相手をじろじろと眺めた俺を、相手は面白いものを見る目で眺めただけだった。
 そうして現在、俺の身分は黄金帝『ギルド・テゾーロ』の護衛の一人だ。
 身にまとうスーツは相手が着ているものによく似たデザインの色違いで、首にほど近い襟には金で出来たバッジと、金のブレスレットが一つ。見えづらいが靴にも金があしらわれている。
 同僚になった男は『さすが黄金帝、大盤振る舞いだ』とニヤニヤと喜んでいたが、ギルド・テゾーロがどういう能力者なのかを知っている俺としては、あまり喜べない。
 十中八九、これはあの男がその手で生み出した金だ。
 足枷に手枷に首輪とは、何とも恐れ入る念の入りようだ。

「仕事をきちんとこなすなら、何をしていても問題ない……と言いたいところだが」

 言葉を零して、その手で軽く自分の顎を撫でた相手は、その目線を俺の正面にそびえる壁の方へと向けた。
 まるで俺の視線を追いかけるようなそれに首を傾げると、彼方を見やった視線がそのままこちらへと戻される。

「何に心を奪われていたのかは気になるところだ」

 微笑んだ相手の目は、どうも笑っていない。
 ここで『別に何でもない』と答えてはならないことは、経験則で知っていた。
 ギルド・テゾーロは支配的だ。

「幼馴染のことを、少し思い出していただけです」

「幼馴染? ああ、前に言っていた女のことか」

 俺の言葉に納得したような声を漏らしてから、テゾーロが軽く首を傾げる。

「以前にもそう言っていたような気がするな。やはり、深い間柄だったのか」

「まさか」

 恐ろしいことを言われて、俺はすぐさま否定した。
 もはや顔も怪しい幼馴染のことを嫌いだったわけじゃないが、同い年でまるで家族のように育った相手を、そういう風には見れない。あまりはっきりとは覚えていないが、俺の初恋は幼稚園の先生だった気がする。
 俺の素早い否定に、そんな反応をされるとますます怪しいな、と面白がるように呟いたテゾーロの手が、ぽん、と俺の肩を叩いた。

「そのあたりの話は、食事をしながら行うとしよう。もう少し、ナマエの故郷の話も聞きたいところだ」

「そんなに楽しい話なんてできてないと思うんですが」

「楽しいとも。見知らぬ平和の国だ」

 寄越された言葉に首を傾げつつ、俺は促されるがままに歩き出した。
 見張りに立たされていた場所から離れながら後ろを見やれば、先ほどまでの『商談』で席を共にしていたタナカさんが、こちらを見やってひらひらと手を振っている。
 任されたと把握して振り向くのをやめ、代わりに隣に並んだ相手を見上げた。

「一人でうろうろしちゃあ、危ないんじゃないんですか」

「私に意見をするのかね、ナマエ?」

「あ、いいえ」

 暴君のような発言をした相手に首を横に振ると、こちらを見やって喉奥で笑ったテゾーロの手が、するりと俺の肩口から背中に回った。
 俺より多少大きな手が、ぽんと俺の背中を叩く。

「ナマエがいるんだ、『一人』とは言わないだろう」

 働きに期待していると言葉を重ねられて、はあ、と何とも不明瞭な声が出た。
 どうも何となく、俺はこの雇い主に気に入られているらしい。
 それは、俺の前の雇い主から買い取る形で俺を自分の護衛にしたことからも分かることで、給料が払われるならまあいいかとついてきてからも、よくこうやって食事に誘われたりする。
 原因はよく分からないのだが、食べさせてもらう食事は一級品が多いし、文句はない。

「そうですね、仕事はちゃんとこなします」

「ふ、仕事か。はっきりと言う奴だ」

 俺の発言に、ギルド・テゾーロが唇を笑みの形にした。
 しかしながらどうにも不満げな色を宿して見えるそれに、そっと視線を外す。
 金は何だって買えるのだと豪語して主張するくせに、今いちこの傍らの『テゾーロ様』は、それ以上をお望みになる。
 俺より年上の癖に横暴で傲慢で、そして何ともちぐはぐだ。

「今からオフにしてくださるって言うんなら、『仕事』にならないんですけどね。仕事中だから仕方ないんです」

「なるほど。しかし休暇を与えては、私に付き合ってはくれないだろう?」

「そんなことありませんよ、仕事じゃないんなら酒も飲めるから万々歳です」

 ついでに俺のお勧めの店にも行ってみますかと、どう考えても黄金帝には似合いそうにない行きつけの酒場を思い浮かべながら尋ねる。
 いつも豪華な椅子に座ってナイフとフォークで食事を食べるギルド・テゾーロが、雰囲気は良いが寂れた酒場で安酒を舐めて肴をつまむ。想像してみるだけで少し面白い。

「あ、もちろん、何かあれば俺が守りますよ。テゾーロ様の方がお強いですけどね」

 思わず緩みかけた唇を引き締めて、そんな風に言ってから視線をあげると、テゾーロは少しばかり何かを考え込んだようだった。
 それからやがて、先ほどよりも深く笑みをその唇に刻んで、面白いな、と言葉を紡ぐ。

「その提案に乗ってみるとしようか。ナマエの好む酒にも興味がある」

「安い酒ですから、飲みすぎて悪酔いしないでくださいね」

「その時は介抱してくれるのだろう? 仕事でなくとも」

 楽しそうにそんな風に言い放たれて、そうですね、と返事をした。

「俺も男なんで、誘った責任はとります」

「何とも頼もしいことだ」

 嬉しそうにそんな風に言い放ち、懐から子電伝虫を取り出したテゾーロが、どこかへ連絡を取り始めた。
 漏れ聞こえた言葉に、どうやら『休み』が貰えるらしいと把握して、こっそりと息を吐く。
 傍らから感じる気配からして、だれかさんはどうにも楽しそうだ。
 俺のこんな小さな提案ごときで喜ぶだなんて、と考えるとどことなくくすぐったく、まるで自分が特別扱いでもされているような気持ちになる。
 この人がこんなだから、最近はよく今は遥か彼方にいる幼馴染のことを思い出すのだ。
 ずっと否定したり呆れたりしてきたもののうちで、一つだけ前言を撤回したいことがあるからだろう。

「どうかしたか、ナマエ」

「店が混んでないといいなァって思ってました」

 まあ大丈夫でしょうけど、と言葉を続けると、混雑していても構わないがな、と楽しそうに言い放った相手が子電伝虫をポケットへ仕舞いなおした。

「これから、次の『仕事』までは無礼講だ。お前も好きに笑え」

「あ、どうも」

 もはや命令じみた発言に、反射的に唇へ笑みを浮かべた。
 横から見やった相手はどう考えても年上で、男で、傲慢で身勝手で支配的だ。
 だというのにどうしてか可愛い気がするのだから、俺も幼馴染を笑えない。


end


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