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不死なる男のこころ
※トリップ系主人公のトリップ特典は『死なない(復活)』
※微妙に名無しモブ注意
※いろいろと捏造中



 傷一つもない自分の腕を見下ろして、ナマエは軽くため息を零した。
 先日の遠征で海賊から受けた一太刀は、間違いなくナマエの左腕に食い込んでいた。
 骨をへし折り肉から離れていく刃の感触は思い出すだけで冷や汗が出るほどだが、敵を退けた後のナマエへ駆け寄ってきた衛生兵が『返り血だけか、驚かすなよ』と言った時には、すでにナマエの腕にその傷は無かった。
 何度も何度も試して、意識的に治癒を早めたり、少し遅らせたりすることが出来るようになったのは、『知って』から数年経った頃だ。
 フィクションだったはずの理不尽なこの世界で、ナマエの体は生まれて育った時と様変わりしていた。
 見た目にはそれほどの違いは無いが、何をしても死なない。
 少し語弊があるだろうか。死んだと思っても、体が傷を癒して蘇生される。
 気を失うほどの激痛でも、幾度繰り返し同じ傷を受けても、血をどれだけ流そうとも、気付けばナマエの体は『治って』いた。
 髪も髭も爪も伸び、筋力をつけることが出来るのだから、『無かったこと』になっているわけではない筈だ。
 しかしそれでも、どれほどの傷を受けようとも、ナマエの体は再生する。
 まるで化け物のようなその体質を隠してナマエが海兵になったのは、海兵には危険がつきものだからだ。
 危険をものともせずに正義を執行する、だなんてとても格好いいんじゃないかなんて、そんな不純な動機と、あと一つの思惑がナマエを海兵の道へと歩ませた。
 別段、上層部へ食い込むつもりもないために、ナマエが持っている肩書は本当に小さなもののままだ。

「んー……飯行くか」

 軽く頭を掻き、一人で呟いたナマエがくるりと後ろを振り向くと、ちょうど通路奥の角を曲がってきた海兵と目が合った。
 あ、と声を漏らしかけたナマエの方をじろりと睨み付けて、その海兵が足を止める。

「おい、ナマエ」

 言葉と共に通路脇の部屋を開き、手招きすらせずに顎で示した相手に、ナマエは首を傾げた。
 しかしながら、友人の誘いを断るわけにも行かないので、部屋へ入っていった相手を追いかけるように少しばかり駆け足で部屋へと近付き、するりと室内へと入る。
 入り込んだ部屋は資料室で、どうやら室内にいる海兵一人以外にはナマエしかいないようだ。

「どうかなさいましたか、スモーカー大佐!」

 扉を閉ざしてから、わざとらしく敬礼して背中を伸ばすと、ナマエの仕草に眉間の皺を深くしたスモーカーが、銜えた葉巻を軽く揺らした。

「馬鹿やってんじゃねェよ」

「海軍は縦割り社会だろ、上下関係ははっきりしなけりゃ駄目だって言われなかったか?」

 苛立たしげな声に、敬礼を解いたナマエが笑う。
 ナマエの目の前に佇むスモーカーは、先日ついに『大佐』の肩書を手に入れた。
 同期の中でも一番の出世だ。
 そのことを喜んだナマエが、それと同時に少しばかり寂しくなってしまったのは、その後に『異動』の噂が聞こえてくることを知っていたからだった。
 偉大なる航路を超えて、スモーカーは東の海へと行くのだ。

「異動、来週だって?」

「ああ、厄介払いだ」

「やだなァ、思ってもないくせに」

 四つの海の内で一番平和だと噂の東の海ですら、海賊はうろついている。何よりスモーカーが配属されるのは海賊王が処刑されたあの島であるという事を、ナマエはスモーカーに聞く前から知っていた。
 そしてその『知識』と現実の答え合わせをするたび、この世界があのフィクションと似た、ひょっとしたら『同じ』世界なのかもしれないという無駄な考えに行きつくのだ。
 どちらにしても、スモーカーがこの基地からいなくなることは変わらない。
 スモーカーが行っちゃうと寂しくなるなァ、なんて本音を唇に乗せると、スモーカーがわずかにその目を眇めた。
 もくりと葉巻から煙を零して、その話なんだが、とその唇が言葉を落とす。

「上と話をつけた」

「ん?」

「おれについてこい、ナマエ」

「へ」

 ひどく唐突に寄越された言葉に、思わずナマエの口からおかしな声が漏れる。
 戸惑い見つめた先で、他にも少し連れていく予定だとスモーカーは続けた。

「東の海は、ここらよりゃあ随分と『平和』な海だそうだ。ここともやることは変わってくるだろうが、構わねェな?」

「えっと……」

 尋ねるようで断定的な相手の言葉に、ナマエは瞬きを繰り返した。
 もしもスモーカーについて行ったとしたら、と考えてみても、うまく想像が出来ない。
 しかしとりあえず確かなのは、今のように頻繁に遠征に出る事は叶わないだろう、という事だ。
 もちろん悪人はいて、それらを取り締まる仕事はしっかりと存在する。
 けれどもきっと、今までのようなとんでもない目には、なかなか遭わなくなるだろう。
 ナマエが無茶をするたび後で殴ってくるスモーカーの部下になるのだから、下手をすればそれらから遠ざけられる可能性すらもあった。

「いや、あの、俺……」

「異論は認めねえぞ。話をつけた、と言っただろうが」

「横暴だろ!」

 断りの文句を口にしようとする前に遮られて、ナマエは思わず声を上げた。
 しかし、それを『うるせェ』と一蹴して、スモーカーが葉巻をつまむ。
 煙を零すそれらを追うように、その片腕の端がもくりと煙に姿を変えて、ナマエの足へとまとわりついた。拘束するようなそれにナマエが思わず足を引くも、煙は離れも消えもしない。

「おれがここを離れるんだ。これから先見張っていられねェんだから、連れていくに決まってんだろうが」

「み、見張る?」

「馬鹿をやって、何かの拍子に死なれたらたまったもんじゃねェ」

 スモーカーの言葉は、はっきりとその場に落ちて転がった。
 え、と思わず目を丸くしたナマエの前で、分からねえと本気で思ってたのか、とスモーカーが呆れた顔をした。
 何の話だろうか。そう言ってごまかしたいのに、どうしてかそれが出来ず、ナマエの目がスモーカーから逸らされる。
 自分がどうやっても死なないと分かってから、ナマエが選んだのは海兵の道だった。
 ナマエは、何をしても死なないのだ。首を吊ろうが高いところから落ちようが、血を抜こうが死ななかった。
 どれだけ無茶をしても平気なら、それを有効活用して『正義の味方』でもやってみようかな、なんて言う子供のような考えと、それからもう一つ。
 どんなことをされたら、治りきれずに死ぬのか。
 それを求めた結果だった。
 文官ならともかく武官では、海賊達との交戦は免れない。危険を求めるだけなら他にも様々なものがあったが、『正義の味方』なんていう大義名分に心が惹かれた。
 『危ないことがしたい』なんて、そんな不純な考えでも、誰にも言わなければ気付かれない筈だったのだ。

「俺……死なないって言っただろ」

「ああ、聞いた」

 声を漏らしたナマエに対し、頷いたスモーカーがじとりとその視線を向けているのがナマエにも感じられる。
 さらにはその上、だからずっと試してんだろうが、とまるでナマエの思惑を言い当てるような言葉を吐き出されてしまって、ナマエはもはや言葉を失った。
 ナマエはそれを、誰かに言ったことなんて一度もない。
 それなのにどうしてスモーカーが知っているのかと、おずおずとその目が改めて向かいを見やる。
 いつの間にやら葉巻を銜え直していたスモーカーは、片腕の煙を手繰ってナマエの片足を捕まえたまま、言葉を放った。

「海兵だろうが。馬鹿なことをやってねェで働け」

 言い放たれた言葉は鋭く、ナマエの方へと叩き付けられる。
 ナマエの向かいに佇む男は、ナマエの知るうちで誰より海兵らしい海兵だった。
 だからこそきっとこんなひどいことを言うのだと、少しばかり悲しくなったナマエの耳を、スモーカーの声が打つ。

「おれが死ぬ前には、絶対に墓へ蹴り込んでやる。だから、大人しくおれについてこい」

 きっぱりとした発言だった。
 そのことに思わず俯きかけていた動きを止めて、ナマエは改めてスモーカーを見つめた。
 じっと注がれる視線に気付いて、なんだ、とスモーカーが眉間の皺を深くする。

「いや……あの、それって俺のこと殺すってこと?」

 何とも恐ろしい発言である。海兵が放つものとも思えない。
 しかし、わざとらしく後退ろうとしたナマエの足はいまだにスモーカーに拘束されており、その拘束を解く気も無いらしい煙人間が、馬鹿か、と低く唸った。

「おれの方がてめェよりしぶといに決まってんだろうが、どう考えても」

 爺に墓の世話までは期待するなよ、と続いた言葉に、ナマエの目がぱちりと瞬きをする。
 確かに、スモーカーは強い男だ。何より自然系の能力者となったために、物理攻撃すらほとんど効かない。海軍本部大佐らしく体力も十分で、ナマエはスモーカーに模擬戦で勝てたことなど一度もない。
 この世界の平均寿命がどの程度なのかは人種によってさまざまだが、耳に聞く名前では長寿な人間しかナマエは知らない。
 もしもナマエが老衰で死ねるというのなら、確かにスモーカーの方が長生きをするのかもしれなかった。

「……すごい自信だな……」

 思わずそう呟いてから、やがてナマエの唇に笑みが浮かぶ。

「仕方ないなァ、スモーカーくんは寂しがり屋さんで」

「ああ?」

 揶揄うように言葉を紡ぐと、スモーカーの方からうなりのような声が聞こえた。
 けれどもそれを無視して、ついてくよ、とナマエが答えれば、そこでスモーカーがよし、と一つ頷く。
 片足を掴んだままだった煙が離れ、片腕の形状をもとに戻したスモーカーがナマエの方へと近付いてきた。
 そのまま隣を抜けて部屋を出ていく相手にどこへ行くのかを尋ねれば、たしぎのところだと返される。そういえば『何人か連れていく』と言っていたなと思い出して、ナマエは部屋を出たスモーカーの後を追いかけた。

「他はまだ誘ってなかったのか」

「誘ってんじゃねェ、決定事項だ」

「暴君か」

 放たれた言葉に笑って、俺が一番目なのかとナマエが尋ねると、そうだがどうした、とスモーカーが返事を寄越す。
 一番だった、という事実はただ最初に出くわしたからなのだろうが、それでもなんとなく嬉しくなって、緩みかけた唇をナマエは必死に引き締めた。
 そうしてそれから、スモーカーの傍らを歩きながら腕を組み、ううん、とわざと声を漏らす。

「さっき、俺、ものすごいプロポーズをされた気分なんだけど」

「な!?」

「同じように誘うんなら、みんなが勘違いしちゃったりしないか心配だなァ」

 スモーカーに憧れや尊敬を寄せる同僚達を思い出し、面白そうだからついていってあげよう、と物見高い気持ちで考えたナマエがちらりと傍らを見やれば、スモーカーが困惑をその顔に浮かべてナマエの方を見ている。

「あれ、自覚無かったの?」

「あるわけねェだろうが!」

 微笑んで尋ねれば、声を荒げたスモーカーの手がナマエを叩く。
 思わず庇った頭ではなくその背中に見舞われた攻撃に、ナマエは暫く身を捩って痛みを訴えていた。


end


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