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疎通困難な感情
※『疎通困難な事柄』続編
※主人公は無知識トリップ主



 その情報を手に入れたとき、コアラは血の気の引く思いがした。
 裏に手を伸ばす汚れた仕事を生業とする連中のうちの、大きな組織がいくつか手を組み、とある島を襲撃しようとしているというのだ。
 世の中には平和な場所もあれば争いに塗れた場所もあり、海賊や裏組織、はては海軍があちこちの島に被害を出すのは幾度か見聞きした話だが、しかし場所が最悪だった。
 さらにはその原因がこちら側にあるというのだから、当然だ。

「サボくん、大変だよ、ナマエさんのところの島が!」

 だからこそ慌てて部屋へ駆け込んだ時、コアラの口から出た『ナマエ』の単語に、ソファで仮眠をとっていたサボが素早く起き上がった。
 勢いの良さで頭に乗っていた帽子が弾かれて床に転がり、ソファから立ち上がったサボが帽子を頭に乗せる。

「あの島がどうしたんだ、コアラ」

 つい先ほどまで眠っていた様子をまるで見せずに、きりりと顔を引き締めたサボが眉間に皺を寄せている。
 問いかけに、コアラは電伝虫で傍受した情報を端的に書き記した紙を広げて見せた。

「襲われちゃう、行かなきゃ……!」

 距離と日数を考えると、今いる場所からコアラとサボが二人で向かってぎりぎりのタイミングだ。
 途中で仲間達に呼びかけて、どうにか招集が間に合えば連中を迎え撃つことが出来るだろうか。
 革命軍としてはあまり目立った行動をしないのが当然だが、しかし今回ばかりは、大立ち回りをしないわけにもいかない。
 コアラの考えを読んだように頷いて、サボは帽子を深くかぶり直し、すぐにその場から駆けだした。
 コアラもその後を追いかけて、慌てて足を動かす。
 二人が揃って向かう先は、当然、『革命軍の本拠地』と誤認されてしまったあわれな島だった。







 サボは、一般人以外にはその顔を知られた有名人だ。
 怖ろしく強い青年で、その本拠地の場所が知られていない『革命軍』の参謀総長である。
 そんな彼が幾度となく一つの島を訪れていることが、どこかからか知られてはいけない連中に知られてしまった。
 更にサボは、あの平和な島へ向かう略奪が目的の海賊達を幾度か沈めていた。
 近隣で行われていた悪い取引を優先的に邪魔したりそこから流れを辿った先の諸悪の根源を叩いたりしていたのも、頻度が上がればその分だけ『偶然』から『必然』の方へと証拠が揃っていく。
 その可能性に気付いたのはあまりにも遅く、情報の端にはどうにか足止めを掛けたが、結局は民間人に迷惑をかけてしまった。

「サ……サボ?」

 困惑に目を見開いたナマエが、ひび割れた街道の端でサボを見上げる。
 その両腕は幼い子供を抱えていて、転んだ子供を庇おうとしたらしいということがサボにも分かった。
 間一髪、どうにか間に合った拳が殴り倒した敵は石畳の上に倒れていて、気絶したのかもうぴくりとも動かない。

「なんで港にいるんだ、ナマエ」

 慌てすぎて乱れた息を落ち着けようと努力しながら、サボは眉を寄せて相手を見下ろした。
 敵の前に回り込むことは出来たが、場所はあまりにも島に近かった。
 間に合った仲間達はそろって島の連中を安全な場所へ避難させているところで、すでに港は封鎖されていた筈だ。
 ナマエの家は港から離れているし、その職場も同じだという事は聞いて知っている。
 サボの問いに、この子のお母さんがこの子を探していたから、とナマエは答えた。

「近所の子なんだ、港で遊ぶって言ってたのを聞いたから、もしかしたらと思って、それで」

 危ないから俺が探しに来たんだと紡ぐ相手に、嘘もごまかしも感じられない。
 サボが同じ立場だったとしても同じ行動をとるだろうが、それはサボが戦えるからだ。
 おれが間に合わなかったら怪我じゃすまなかっただろうが、と口から吐き出そうとして、けれどもサボの口は言葉を紡がなかった。
 ナマエは、恐らくは平和な島で生まれて育った、普通の青年だ。
 子供を見捨てるだなんてこと、考えもしなかっただろう。

「…………悪かった」

 その代わりに謝罪を口にすると、サボ? とナマエが不思議そうな声を出す。
 困惑に満ちた眼差しを受け止めて、サボはふいとナマエから目を逸らした。
 見やった先では、先ほどサボが大穴を開けた船が傾いていくところだ。
 島までやってきている連中の殆どはもう伸されてしまっている。
 幾人かいる賞金首は海軍へ引き渡したいところだ。
 連中が馬鹿な情報を海軍へ漏らせば、海軍が『調査』の名目でこの島へとやってくるだろう。
 当然この島には『革命軍』の支部なども無いから足取りは掴まれないし、海軍が常駐するようになれば、海賊やそれ以外もおいそれと手を出せなくなる。聞いた報告では、幸いにも被害は港のみで、怪我人が数人いるが死者はいない。
 問題はナマエだ。
 サボの姿が目撃されていたという情報がどこまで正確なものかはまだ分からないが、内容によってはその『目的』まで知られている可能性がある。
 『革命軍』参謀総長の友人である一般人なんて、『革命軍』を潰したい連中には格好の餌だ。
 どこか別の島へ逃がすとして、それから先もう二度と会わないでいられるかと言われれば、答えは『無理』だった。
 自制心でどうにか堪えることが出来るのではないか、とも思ったが、ナマエに会えない自分というのがサボには想像が出来ない。
 しかしそうしてその別の島へサボが通えば、この島の二の舞になってしまう可能性が付きまとう。
 少しだけ考えたサボは、これしかないか、と小さく息を吐き、そうしてゆるりとその視線をナマエの方へと戻した。
 気絶しているらしい子供を抱えたまま、いまだに不思議そうな顔をしている相手へ向けて、はっきりと言葉を零す。

「おれが責任をとる」

「え?」

 サボの提案に、ナマエはどうしてか少しばかり驚いた顔をした。







 ナマエと言う名前の男が、革命軍にその名を連ねることになったのはそれから少し後のことだった。
 まずはサボが革命軍の人間だという事に驚き、そして実質的にかなりの発言力を持つ存在であることに更に驚いたナマエは、それから純粋に『すごいなァ、サボは』と感心していた。
 そんな彼の横でサボが家財道具の一切合切を持ち帰る手はずを整えたときにはさすがに困惑していたが、そのまま流されるようにして革命軍の一員となってしまった。
 身を守る術は少しずつ教えることにして、基本的には裏方で働いてもらうことにしたのはサボだ。
 コアラは少しばかりの反対をしたが、結局は首領であるドラゴンからの許諾で解決している。

「サボ、洗濯物」

「おう」

 部屋へ現れたナマエからの声掛けに、サボは軽く返事をした。
 置いといてくれ、と掌で自分のベッドがある方を示すと、ついでだし片付けるよ、と笑ったナマエがクローゼットの方へと向かう。

「悪ィな、ありがとう」

 その背中へ礼を言いつつ、サボは机に頬杖をついた。
 ナマエがこのバルティゴで暮らすようになってから、サボは机に向かう頻度がとても高くなった。
 サボが部屋にいれば、一日に一度はナマエがその顔を見せに来るからだ。
 それは今日のように雑用をこなしながらだったり、誰かの伝言を伝えに来たりだったりと様々だが、どちらにしても会えることに変わりはない。
 サボが本拠地を離れて戻れば必ず『おかえり』と出迎えてくれるし、サボが改めて謝罪をしたときには許しをくれた。
 ナマエは相変わらずで、時折しか会えなかった頃よりも少し親しくなったような気がする。

「何見てるんだ?」

 背中を眺めていたサボに気付いたのか、クローゼットへ服を片付け終えたナマエが自分の背中に手をやった。
 何かついているかと尋ねて来る相手に『いいや』と答えて、サボは頬杖をついたままで唇を動かした。

「ナマエを見てただけだ」

「俺を? なんで?」

 そんなに珍しい背中だったのか、とナマエが見当違いなことを言っている。

「なんでって、見たいからだろ」

 おかしなことを言う相手に、サボはそう言葉を返した。
 え、と声を漏らしたナマエが少しばかり目を丸くして、どういう意味かを推し量るようにじっとサボを見つめてくる。
 戸惑うようなその視線を受け止めて、これは言ってもいいタイミングなのではないかと、サボは掌に押し付けていた頬を放した。
 どうして『見たい』のかと問われたら、それはもちろん、サボがナマエを好きだからだ。好きな相手を見つめていたいのは、わかりやすい欲求だろう。

「……」

「…………」

「………………」

「……サボ?」

 しかし、うまく言葉が出て行かずに、押し黙ったままのサボの前でナマエが首を傾げる。
 どうしたのかと尋ねてくる相手に、サボは少しだけ目を逸らした。

「……服の上からでも分かるくらい、筋肉がついてきてるよな」

「あ! やっぱりそうか? コアラちゃんの教えてくれた筋トレ、ものすごいんだよ」

 キツイけどちゃんと身になってたなら良かった、なんて言って笑ったナマエは、どうやらサボのごまかしには気付いていないようだ。
 そのことに安堵しながらも、サボは少しばかり息を吐いた。
 ナマエが革命軍の一員となってから、今日まで。
 たった二文字が言えない、今のようなやり取りは何度も行っていて、コアラに目撃されたこともある。
 おかしい、あのサボくんが! と失礼なことを言われたが、言えないものは言えないのだ。
 先ほどの自分の失態をごまかすために、あー、と間抜けた声を漏らしながらその背中を椅子の背へと押し付ける。

「ずっと文字見てたから疲れた」

「参謀総長って大変なんだな」

 いくつかの報告書の上にペーパーウェイトを乗せて背伸びをしたサボに笑って、ナマエがサボの方へと近寄ってくる。
 そのまま後ろに回ったナマエにサボが視線を向けると、サボの真後ろに立ったナマエの両手がサボの肩へと触れた。

「うわ」

「凝ってるなァ」

 驚いて肩を竦めるサボを気にした様子も無く、ナマエの手がサボの肩を揉んだ。
 ぐっと親指を押し込むようにしながらの揉み方に、驚きで強張っていた肩からそっと力を抜きながら、驚かせるなよ、とサボが呟く。

「急に触られたらびっくりするだろ」

「そうか? じゃあ次からは声掛けるよ」

 ため息を落とすサボの後ろで少し楽しそうな声を出して、ナマエは更に手を動かした。
 随分しっかりと揉み解してくれる掌に肩を預けて、サボは少しばかり目を閉じた。
 無遠慮にサボへと触れてくるのは、ナマエからの信頼の表れだろう。
 そのことが少しばかりくすぐったく、しかしどうにもそこに恋愛感情は絡んでいないような気がする。
 サボはナマエを振り向かせるためなら努力を惜しまないし、いつかは自分のものになってほしいと思っている。
 やはり意識してもらうためには、一度告白をした方がいいのだろう。
 いっそラブレターでも書くべきなのか、と四度目になる選択肢が頭をよぎるが、毎回うまく書けずに書き損じを燃やして捨てたことを考えると、どうにも紙の無駄にしかならない気がする。

「サボ? 寝てるのか?」

「いや、起きてる」

「なら良かった」

 せっせとサボの肩を揉みほぐすナマエからの言葉にサボが返事をすると、そんな風に呟いたナマエが更に手を動かした。
 このままずっと揉み解されていそうな予感に、サボが目を開く。

「ナマエ、もういいから」

「まあまあ、もう少し。俺このくらいしか出来ないからさ」

 声を掛けつつ手を離させようと身を捩ったのに、ナマエはそう言って更に両手を動かした。
 
「このくらいも何も、お前は十分頑張ってるだろ」

 ナマエの発言に眉を寄せて、サボが振り向けないままでそう反論する。
 サボの方にやってくる話でも、ナマエはとても頑張って働いてくれている。
 サボがほとんど無理に連れて帰ったようなものだというのに、文句の一つも聞いていない。
 サボの言葉に、そうかなァ、とナマエが言葉を零す。

「あの時サボが助けてくれてなかったら、多分すごくひどい目に遭ってたと思うし」

「……だから、あれはもともとおれが」

「それだってそもそも、サボ達があの島を守ってくれてたからだろ? それに、あの日だって助けに来てくれた。怪我人は少し出たらしいけど、いなくなった人はいなかったってコアラちゃんが教えてくれたよ」

 だから俺もちゃんと恩返ししないとなと、ナマエが言う。
 その声音からしてどうにも微笑んでいるようだが、まるで義務のようにも聞こえたそれに、サボは少しだけ眉を寄せた。
 ナマエにそんな風に言われたくて、助けたわけではないのだ。
 思わず伸びた手がナマエの手へと添えられたが、そのまま掴んで引き剥がす前に、それに、とナマエが言葉を落とす。

「サボにプロポーズみたいなことまで言われちゃったしな」

「………………ん?」

「強くて潔いのもサボの格好いいところみたいだけど、さすがにあれは誤解を招くと思うんだよなァ」

 女の子にまであんな風に言うんじゃないか心配だからついてきちゃったよ、と続くナマエの声には笑みが含まれている。
 茶化すようなそれはどう考えても冗談らしいが、何の話だろうか、とサボは少しばかり困惑した。
 告白もまだなのに、プロポーズをした覚えはない。
 いずれは、と思わなくもないが、せめてナマエを振り向かせてからだろう。
 どういうことだと考えているサボの後ろで、サボの手を自分の片手の上に乗せたままでせっせとサボの肩を揉んでいたナマエが、ついにその手を止める。

「はい、終わり」

 休憩するんならお茶でも淹れてくるよ、と続いた言葉に『頼む』と答えたサボが、ナマエの言う自分の発言に思い至ったのは、部屋を出て行ったナマエが戻ってきたころだった。
 プロポーズみたいだと思いながらついてきてくれたという事は、半分くらいは受けてくれたと考えるべきなのか、悩みどころである。



end


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