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最高の物差し
※主人公はNOTトリップ主で白ひげクルー



「マルコー、手伝ってくれー」

 足で扉を蹴とばして、そんな風に言いながら返事を待たずに扉を開いて中へと入ると、部屋の主が呆れた顔をしてこっちを見ていた。

「ノックの意味がねェよい」

「そうお堅いこと言うなよ」

 寄越された文句を軽く流して、おれはトレイを両手で持ったまま、マルコの方へと近付いた。
 どうやら読書中だったらしい誰かさんが、ため息を吐きつつベッド脇のサイドテーブルから本を退かす。
 できたスペースにトレイを置いて、おれは手近な場所にあった椅子を引っ張った。

「今日は何だよい、リゾット?」

 トレイの上を覗き込み、マルコが軽く首を傾げる。
 そうだと答えて、おれはトレイの上の器の片方を掴んでマルコへ差し出した。
 いつものようにそれを受け取ったマルコが、いつものようにベッドに座ったままで刺さっていたスプーンを使って器の中身を口に運び、ちらりとおれの方を見る。

「……まあまあ、うまいんじゃねェかい」

「『まあまあ』なんてそんな妥協は許されねェぞ、マルコ」

 適当な言葉を零した相手に拳を握ると、そうは言ってもよい、とマルコが少しばかり困った顔をする。
 おれが欲しいのは改善点だ、とそちらへ返して、おれも自分の分の器を手に取った。

「あと何をすればサッチの飯よりうまくなると思う?」

 放った言葉は、おれがここ半年ほどの間、何度もマルコへ向けて投げているものである。
 大所帯の白ひげ海賊団では、各自に合わせたいろんな当番が回ってくる。
 けれどもその中でも台所を預かる連中は特別料理がうまくて、おれが思うにその中での一番はサッチだった。
 こんなうまいものを金を出さずに食っていいのかと困惑したし、サッチが当番に当たるたびにありがたく頂いている。
 そしてここ半年、そのおれに言わせれば最高の料理を超えようと、あれこれとやっているのだ。
 正直なところ修行の時間が足りないのだとは分かっているが、研鑽に研鑽を重ねるにしてもそろそろ時間がないから、あとは小手先でどうにかならないかと試行錯誤中である。
 もっと具体的に言ってくれと頼むと、んん、と声を漏らしたマルコが口を動かした。

「そうは言っても、あとは好みの問題じゃねェのかい」

 木製の器に木製のスプーンを押し付けて、中身のリゾットをかきまわしたマルコが、また一口をその唇へと運ぶ。

「何ならこれは、サッチの好きそうな味だ」

「そういうことが聞きたいんじゃなくて」

「そうかよい?」

 寄越されたまるで具体的じゃない内容に眉を寄せると、何やら面白がるようにマルコがこちらを見やって笑う。
 意地の悪い兄弟分に、ふん、と鼻を鳴らしたおれもリゾットを口に運んだ。
 問題ない出来だとは思うがしかし、やっぱりそれはサッチの作ったものには及ばない味だった。







 時たま料理当番が来ることはあるが、おれは大体下ごしらえの担当だ。
 ここ半年ほど、こっそりと夜に台所を使っているが、恐らく知っている『家族』の方が多いだろう。
 使う食料は自分の金で買ったものだから何も言われないし、おれが『こっそり』やっていると知っている『家族』達は、ほとんど顔を出してこない。

「よ」

「うわっ」

 だからこそ、ひょいと顔を出した相手に、おれはとてつもなく驚いた。
 手から滑り落ちたボウルが床へと落下して、少し大きな音が鳴る。
 
「おいおい、大丈夫かよ」

 そんなおれに対して笑いながら、近寄ってきた相手がカウンターに座った。
 リーゼントが崩れているのは風呂に入ってきたからだろうか。あまり見ない髪型が少し新鮮で、まじまじと見た後で、それから慌ててボウルを拾い上げる。

「何してるんだサッチ、こんな時間に」

 明日も早いんだろ寝とけよ、とそちらへ言いつつボウルを流しへ置くと、お前もだろ、とサッチが言う。
 確かにおれも明日は早い方だが、サッチほどじゃないだろう。明日のサッチは朝食当番だ。

「なんかちっと腹減ったから、この時間だったらお前が何か作ってるかと思ってよ」

 カウンターの向こうからそう言われて、おれは少しばかり目を丸くした。
 そんな風に言いながら誰かにやってこられたのは、この半年で初めてだ。
 作る量は少ないし、自分が食べきれない分は誰かにわけに行くのが常だったが、大体一番近い部屋のマルコかハルタのところである。
 酒のつまみを探しに来る奴はいるが、おれにぐだぐだと改善点をとわれるよりは干し肉を頂いた方が気分よく酒が飲めるだろうし、おれが作るのはつまみには向かないものがほとんどだった。

「夕飯食わなかったのか?」

 尋ねつつ、とりあえずまだ片付けていなかった鍋をあける。
 残念ながら、今日のリゾットは既に影も形も無い。

「そうじゃねェけど……あ、でも、無かったらいいからよ」

 ちょっと減ってるだけだし、なんて言ってサッチは笑っているが、ちょっと待ってろ、と答えたおれは自分の食料をいれてある冷蔵庫から必要な食材を取り出した。
 ちなみに、冷蔵庫自体は共用のものだ。

「卵でいいか? あんまりうまくねェけど」

「ん? お、おう」

 尋ねたところで頷きが寄越されたので、おれはそのまま調理を始めた。
 カウンターからこちらを眺めるサッチの視線に、なんだか妙に緊張はしたが、指を切ったりもしなかった。そそっかしいところのあるおれにしては上出来だ。
 いくらかの野菜や肉類の入った一人分のオムレツを作って、ケチャップを垂らしたそれをサッチの前へとおく。

「ほら」

「……手慣れてんなァ、ナマエ」

 もう調理の当番でもいいんじゃねェか、とずっとこちらを見ていたサッチが感心したような声を出した。
 柔らかな言葉が何ともくすぐったくて、別にそんなことはない、と答える。

「全然うまくならねェんだ、どうしても」

「へえ?」

 カトラリーを渡しながら答えると、どことなく面白がるように声を漏らしたサッチが、そのままぱくりとオムレツを口に運んだ。
 それからぱちりと目を瞬かせて、なんだよ、なんて言葉が寄越される。

「めちゃくちゃうまいじゃねェか。お前、ちゃんと自分で自分の飯食ってるか?」

 どんなオムレツを食わされるのかと思ったじゃねェか、と笑ったサッチが、更にその口へとオムレツを運んだ。

「食う分には問題ないってだけだろ。おれはもっとうまく作れる予定だったんだ」

「どんだけ美食家だお前は。おれの飯だって大人しく食ってるくせに」

「サッチの飯の方がうまいだろ」

 きっぱりとおれが言うと、サッチがきょとんと眼を丸くした。
 それを見やり、軽くため息を零して、使った道具を洗い始める。
 サッチとおれでは料理の腕がまるで違うのは、今さら言うまでもないことだ。
 それでもおれは、サッチよりうまいものが作りたいのだ。

「……おれの作った奴は、まァうめェとは思うけど、ここまでの味じゃねェだろ」

 しばらく卵を味わうように押し黙ってから、サッチがそんな風に言葉を落とす。
 見やった先の皿の上ではすでにオムレツの三分の一がいなくなっているが、それだけ食べてもまだ評価を誤るものか。
 それとも、と考えてから、おれは洗い終えた鍋を水切りの上に置いて憐れみに満ちた眼差しを向かいの男へ向けた。

「サッチ、お前、味見のしすぎで自分の料理を正常に判断できなくなってるんじゃねェか?」

 どんな味も、適量を超えて食いすぎると分からなくなる、という話は聞いたことがある。
 あんなにもうまいのに、何とも勿体ない話である。
 おれの指摘が図星だったのか、ごほ、とサッチが咳き込んで、その口元を片手で覆う。
 適当に飲み水も用意してやると、サッチの手が慌てたようにグラスを捕まえて、一息にそれを飲み干した。

「っは、おいナマエ、褒めるか貶すかどっちかにしろよ!」

「どっちでもねェ、憐れんでんだよ。可哀想に」

「本気の顔で言うなよ!」

 怒ったような声をあげたサッチの顔が、なんとなくうっすら赤い気がする。
 そんなに怒るなよ、と眉を寄せつつ、おれは残りの片づけを進めることにした。
 サッチが食べ終わったらあの皿やグラスも洗って、それで今日はもう終わりだ。
 時間は無いのだからもう少し『練習』をしたいところだが、リゾットを食べたおれの腹はすっかり満腹だし、起きている家族の中から食べてくれる奴を探すのも大変だ。物資に限りのある海の上で、食べないという選択肢は最初から存在していない。

「ったく……なんでそんなにうまくなりてェんだよ」

 卵をつつく作業に戻ったサッチが、頬杖をつきつつぶつぶつとそんな言葉を口にした。
 それは問いかけではなく独り言のようで、おれの返事を待っている様子もない。
 それを受けてちらりとおれが視線を送った先には、壁に掛けられたカレンダーが存在していた。
 半年前に思い立ってからずっと頑張ってきたが、もう半年だ。
 今月の後半に当たるその日は我らが白ひげ海賊団の四番隊隊長の誕生日であり、当日の料理担当の中にはどうにか潜り込めた。
 『決行』の日までに、おれは料理の腕をもっともっと磨かなくてはならない。
 何故かと言えばそんなもの、おれが今まで食べてきた中で一番うまいものを食わせてくれた奴に、おれがあの日感じた以上の感動をさせたいからに決まっている。
 自信を持って出した料理をうまいと言われて、サッチに『すげェな』と喜ばれたら、それ以上に嬉しいことなんてないんじゃないだろうか。

「まあ、首洗って待ってろよ」

「おい、不穏な発言するな」

 恐いだろ、と何ともひどいことを言ってから、やがて笑ったサッチは、おれが作ったオムレツをそのまますっかり平らげた。
 めちゃくちゃうまかったからな、と念を押すように言われてしまったが、おれはそのくらいで油断したりはしないのである。



end


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