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改造シッター
※幼少期ヴィンスモーク兄弟捏造



 ふ、と駅の階段で足を滑らせた。
 まだのぼり始めたところだったから、しりもちをついておしまいだったはずなのに、何故だか気付けば俺は大怪我をしていた。
 頭から足の先まで痛くないところを探すのが困難なほどで、運び込まれた場所がどこの救急病院なのかもよく分からない。
 保険証だって持ち歩いていなかったし、実家に連絡がいっているのか、職場に電話してもらえたのかも分からないまま、どうにか話せるようになるまで数日が掛かった。
 足や腕には説明されてもよく分からない医療が施されていて、なんとなく莫大な金がかかりそうな気がした。何せ粉々に砕けた筈の骨がきれいに整えられて、すでに指も動くのだ。
 こういうのは高度療養費扱いにしてもらえるものなんだろうか、とぼんやり考えた俺が、とりあえず電話をさせてくれと頼んだ後で目の前に運び込まれたのは、どうしてかとてつもなく大きいかたつむりのようなものだった。

「…………は?」

 しずしずと去っていった見知らぬ制服の看護婦を見送ってから、じっと傍らに置かれてしまった不思議な生き物を見つめる。
 俺は確かに電話と言ったつもりだが、でんでんむしとでも聞こえたんだろうか。
 頭の中をカタツムリの歌が回って、それからふと大きなそいつの殻に機械が取り付けられていることに気付いた。
 なんとなく、受話器のように見える。

「…………あ、電伝虫?」

 思わず呟いてしまったのは、ふと頭の中にとある漫画が浮かんだからだった。
 電波を飛ばすものの大体を電伝虫と呼ばれるカタツムリのような何かに置き換えた世界観のその漫画は、俺が学生の頃からとある週刊雑誌で連載されている。
 アニメも映画も放送されて、ゲームも出ているし時々コンビニでくじも出ていた。
 歌舞伎がどうのというニュースを見たような気がする。
 その、漫画『ワンピース』で出てきた電伝虫という生き物と、この不思議な物体は似ている。
 ナースの洒落だろうか。
 いやしかし、連絡手段を求める患者にこんなものを出すなんてお茶目では済まない。
 眉を寄せ、もう一度ナースを呼ぶかとナースコールの方へと手を伸ばしかけた俺は、ばたんと勢いよく弾き飛ばされた扉が横を通過していった事実に、驚いて身を竦めた。
 痛み止めを使われている筈なのにそれでも鈍く痛む体が、強張ったことで余計に痛む。

「本当だ、おきてる!」

 幼い声が放られて、慌ててそちらを見やると、扉の吹き飛んだ入口からこちらへと駆け寄ってくる子供がいた。
 どこのメーカーのものなのか、服に大きく1と記されているその子供はどうやら男の子のようで、バタバタと駆け寄ってきた相手が勢いよくベッドへと飛び乗り、揺れた衝撃が体に響く。

「い……っ」

「なァ『オトシモノ』、もうしゃべれるようになったんだろ? 名前は?」

 しかし俺の痛みなど気にした様子も無く、俺の上へどかりとその尻を落ち着けた子供の両手が、俺の服を捕まえた。
 強い力で引っ張られて、体をベッドに横たえる事すらできなくなる。こんなに小さいのに、どういう馬鹿力だ。

「ちょ……ちょっと坊や、ごめん、痛いからちょっと……!」

「なんだ、やわな奴だな!」

 サンジだってもうすこし頑丈だぞ、と言葉を漏らされて、なんとなく知っている名前に思わず目を丸くした。
 それから改めて見やった相手が、まるで自分に視線が寄越されたことに満足でもしたようににんまりと笑う。
 顔の右側には前髪が掛かっていてよく分からないが、左側はきちんと露出していて、機嫌よさそうに動いた眉尻がくるりとうずを巻いていることに、俺はそこでようやく気が付いた。
 ベッドわきのカートに乗っている『電伝虫』と、数字と、その特徴的すぎる眉と、先ほどの『サンジ』という名前。
 馬鹿馬鹿しい妄想が頭にわいて、まさかそんな馬鹿なと否定したい自分と、それを信じてしまいそうな自分がいる。
 夢だろうか。
 いや、こんなに体中痛くて、夢である筈がないだろう。

「それで、名前は?」

 なのれ、と命じてきたお子様が『イチジ』様というらしいと聞いたのは、それからほんの数分後のことだ。







 イチジ様曰く、俺は空から落ちてきたらしい。
 その日はちょうど訓練場にいる時で、落ちてくる俺の影に気付いて迎撃したのがイチジ様らしいとも聞いた。
 その迎撃で俺の体はあんなにもバキバキになってしまったのではないのか、と疑っているが口には出さなかった。
 そのまま死んだら『空から降ってきた生物』として標本にでもされてしまったのかもしれないが、どうしてだか俺を『欲しい』と言った人間がいたことで救命措置が取られ、俺はどこかの孤高のヒーローのごとく全身を改造されてしまった。
 痛みが取れ、まともに動けるようになってから測定した飛んだり跳ねたりの記録が学生の頃に測ったものを大幅に上回っているのだから、まず間違いない。
 それでも、俺の常識の中では強者であるはずのこの肉体には、勝てない相手が何人もいた。ジェルマは化け物ばかりだ。

『ナマエ!』

「はい、もう少しでお持ちできます」

 小さな電伝虫に呼びつけられて、返事をしながらカートを押す。
 入り込んだ室内にはお子様が五人もいて、そのうちの三人がそっくりな仕草で頬を膨らませていた。

「遅い!」

「もっと急いで来いって言ってるだろ!」

「のろま!」

 1と2と4の数字をそれぞれ服に刻んだ子供に怒られて、お待たせしましたすみません、ととりあえず謝りながらカートの上のものを配っていく。
 どうしてだか、おやつの配膳は俺の担当だった。
 ここが漫画の世界だとすれば行く当てもない俺がジェルマで使用人をするようになってから、決められてしまった配属だ。
 今日のおやつは皿の上に乗ったプリンだった。柔らかで甘い匂いが零れて、イチジ様もニジ様もヨンジ様も子供らしく嬉しげな顔をする。
 受け取ってすぐにそれぞれが思い思いの場所へ移動して食べ始めるのを見やってから、俺はカートを押して部屋に一つのテーブルへと近付いた。

「レイジュ様、どうぞ」

「ええ、おいといて」

 両手で分厚い本を抱えた少女に言われて、はい、と応えて彼女が向かっているのと同じテーブルにプリンの皿を乗せた。
 それから最後に向かうのが、他から少し離れた場所に座っている子供のところだ。

「サンジ様も、どうぞ」

 言葉と共に差し出すと、差し出された皿の上のプリンを見てぱっと顔を輝かせた小さな男の子が、小さな両手で皿を受け取る。

「ありがと」

 小さな声で寄越された感謝にちょっときゅんと来てしまったのは、もう仕方ないことじゃないだろうか。
 この小さな子供があの女好きの戦うコックになるだなんて、まるで想像がつかない。
 本当に俺が知っている漫画の通りにこの世が進むのか、甚だ疑問だ。
 サンジ様が可愛い。
 これはもはや、どうしようもない事実である。

「おい、ナマエ!」

 ため息を零しかけたところで名前を呼ばれて、それと同時に飛んできたものを反射的に捕まえた。
 掴んでから見ればそれは間違いなくスプーンで、更なる追撃が二発ほど寄越されたのを、同じ手で受ける。
 投げられた方向を見るとソファにイチジ様が座っていて、ソファの背中に懐く恰好のニジ様と、ソファに背中をもたれて座るヨンジ様がいた。
 先ほどは思い思いの方向に移動していったはずなのに、結局固まっているのか。
 そんなことを考えながらスプーンをカートへ乗せてから、俺はカートと共にソファの方へと移動した。

「もっとないのか?」

「残念ながら、おかわりは頂いてません」

 イチジ様の首を傾げての問いかけに答えると、むっと口を尖らせたニジ様が顎で扉の方を示す。

「じゃあもらって来いよ」

「この前もそれをやって、後から怒られたじゃないですか、俺が」

 先日はケーキだったが、どうもこの五人の『主治医』は、特にこの三人の食事内容に気をつかっている。
 今日のプリンだって俺が知っているプリンとは違う成分が含まれていただろうし、それらの摂取量はきちんと管理されているのだ。

「ナマエの分をよこせばいいだろ。そうすりゃバレない」

 ソファにもたれてふんぞり返ったヨンジ様がそう言って、俺の分なんてありませんよ、と俺は答えた。
 ただの使用人でしかない俺に、おやつなんてある筈がない。
 別に甘いものが特別好きなわけじゃないから構わないし、他の使用人たちだって似たようなものだ。
 俺の発言に、なんだ、とイチジ様が言葉を漏らす。

「おれ達だけ特別か」

「はい、そうですね」

 相槌を打つと、にや、と小さな子供達が顔を合わせて笑う。
 嬉しげなそれらを見るのは、初めてのことじゃなかった。
 俺が知っているだけでも、この部屋のいる子供たちはみんな特別扱いだ。
 国王の子なのだからそれも当然で、特に俺の目の前にいる三人は、その中でも更に良い扱いを受けている。

「よし、じゃあナマエ、特別なおれ達が特別に遊んでやる」

 言葉を放って、ソファから立ち上がったのはイチジ様だった。
 その手が素早く動いて、俺の片手を捕まえる。
 ソファの背もたれからころんと前転したニジ様もイチジ様に続くように立ち上がって、それを追うようにヨンジ様も立ち上がった。

「いえあの、まだ仕事があってですね」

「お前の一番の仕事は、おれ達が言った時に遊び相手をすることだろう」

 誘うそれに断りを告げようとすると、顎を逸らしてこちらを見上げたイチジ様が、この世の理を説くような声を漏らした。

「だってお前は、おれが父上からもらったんだからな」

 放たれた言葉は、確かに事実だ。
 あの恐ろしい国王陛下からも、おかしなことをしたら苦しんで死ぬことで贖えと釘を刺されたうえで教えられた『雇用条件』だった。
 俺と言う存在に執着することがイチジ様達のプラスになることは無いと思うのだが、恐らく、気に入ったおもちゃをねだられた程度の考えでいるに違いない。
 そのまま死ぬところだった俺が、改造手術まで受けて生きながらえる要因となった相手からの発言に、少し考えてから小さくため息を零す。

「……あまりひどいことしないでくださいね、お三方。この間の背中の傷、完治しておりませんので」

「なんだ、あいかわらずやわな奴だな!」

 俺の発言におかしそうに笑ってから、イチジ様はニジ様とヨンジ様を伴って俺を訓練場まで引っ張っていった。
 結局痛い目に遭ってまた怪我をしてしまったのだが、だんだん軽い痛みには慣れてきた自分が恐ろしい。



end


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