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こたつとみかん
※『コタツムリの報告。』設定
※主人公は大将青雉直属部下の海兵さんでおこたが大好き



 俺はこたつが好きだ。
 どのくらい好きなのかと言うと、この世界にそれが無いと知った時、すぐさま自分でそれを作る努力をしたくらいには好きだ。
 とても金がかかったが、至上の幸福を招き入れる為には仕方の無いことだった。
 大家の許可をもらって制作した我が掘りごたつは、今日もぬくぬくと俺の足元を温めてくれていた、はずである。
 だがしかし。

「…………ここ、俺の家なんですが」

 思わずそう言ってしまうのも、無理のない話だろう。
 ちらりと視線を向けると、俺の視線に気付いた青雉が、ごろりと人の横に寝転んだままでその目をこちらへ向けた。
 その胸より下は俺が厳選に厳選を重ねて購入してきた布団で隠れていて、その体も殆どがすっかり掘りごたつの中へと入っている。
 その体がすっかり寝転んでいるのは、誰かさんの体を支える為に、俺が仕方なく掘りごたつの大体半分に板を乗せているからだ。
 さっきまでは向こう側に頭を置いていたはずなのに、俺が所望されたお茶を淹れて戻ってきたらいつの間にやら頭がこちら側に来ている。
 いつも通りののんびり顔に眉を寄せて、俺は口からため息を漏らした。

「くつろぎすぎですよ、大将」

「まァまァ、いいでしょうや」

 部下からの非難を受けても、青雉に動じた様子は全くない。
 この世界では日本人代表と言ってもはばからないだろうコタツムリである俺よりもコタツムリらしい誰かさんに、よくないですよ、と言葉を返した。
 俺がこの暖房器具を入手していると言う情報が大将黄猿から漏れてからと言うもの、この人はこうやって俺の家までこたつに当たりに来るようになった。
 すでにそれは習慣となっていて、春になりこたつを片付けても通う頻度は変わらない。
 食費は少し多めに貰っているので、俺が作ったものを食べていくことには何の異論もないが、本当に、どうしてこうなったんだろうか。
 布団の内側に両手を入れて、その温もりを堪能しながら眉を寄せていると、傍らで小さく笑い声がした。
 それを受けて改めて目を向ければ、俺より大きな体を横たえてこちらを見上げている海軍大将殿が、楽しそうな目をこちらへ向けている。

「ナマエ、眉間のしわがすごいことになってるんだけど」

「誰のせいだと思ってるんですか、誰の」

 ふふふと笑いながらの言葉に俺が唸ると、えー、おれ? と自分の罪を感じてもいないような声が寄越された。
 それから少しだけその体が身じろいで、ずっとこたつ布団の内側にあった大きな腕の片方が、ひょいとこちらへ向けられる。

「だってほら、これくれたのナマエじゃない」

 言葉と共に俺の前へと晒されたのは、去年俺が作って渡した『フリーパス』だった。
 昨年の誕生日、俺が作成して手渡した『コタツムリ券』を早々に使い切った青雉に申請され、俺がしぶしぶ発行したものだ。
 この年になってごっこ遊びの道具を作るとは思いもしなかった。
 強請ったのは大将ですよ、と傍らへ意見を述べた俺へ、欲しかったんだもん、と子供の様なことを青雉が言う。
 いい年した男が『だもん』とか言わないでください、と述べたくなったのをどうにか飲みこんで、俺は小さくため息を漏らした。

「……有効期限も書いておけばよかっ、んぐ」

 どうして俺はあの時それを思いつかなかったんだ、と眉を寄せた俺の口から漏れた言葉を押し戻すように、何かが俺の口へ押し付けられる。
 ぐり、と押し込まれたそれの歯触りと漂った柑橘系の匂いに目を瞬かせた俺が慌てて身を引くと、俺の口に持っていたものを押し付けた青雉の手が俺の顔から離れていくところだった。
 それを追いかける代わりに口の中へ引きこんだ物をもぐりと咀嚼すると、俺の歯に薄皮を破られたそれから甘酸っぱい果汁が零れる。

「まァ、それでも食べて落ち着いて」

 ごろりと転がったままでそんなことを言う大将青雉の片手には、いつの間にか半分ほどの大きさになったみかんがある。
 どうやらその一房を口へ押し込まれたらしい、と気付いて、俺は更に眉を寄せた。

「…………みかんごときで俺が懐柔されると思ったら大間違いですよ、大将」

「あらら、手厳しい」

 唸った俺の横で機嫌よく笑う青雉へ手を伸ばし、その片手からみかんを奪い取る。

「大体、これは俺が剥いたみかんじゃないですか」

 おれも食いたいから剥いて、と何やら甘えたことを言った青雉の為に仕方なく籠の中から一番大きなみかんを剥いてやったというのに、自分で食べないとは何事だ。
 苛立ち交じりにもいだ一房を傍らで寝転ぶ相手の口へ無理やり押し込むと、むぐ、と青雉が少しばかり間抜けな声を漏らす。
 口に食べ物を押し込まれた青雉は、大人しくそれを食むことにしたようだった。
 寝転んだままそんな汁気の多いものを食べたらむせてしまいそうだが、気にした様子も無い。
 少し厚みのある唇の内側へ消えていったみかんを見送り、全く、と息を漏らす。
 それから壁掛けの時計を見やって、あ、と俺は口を動かした。

「そろそろ夕食時ですね」

 少し早いが、寒い日は早く眠るに限る。
 でもあの長針が真上に来たら準備を始めよう、とあと十五分後に予定を繰り上げながら、今日は鍋ですよ、と傍らへ言う。
 それを聞いて、どうやらみかんの一房を食べ終えたらしい青雉が、そうなんだ、と言葉を零した。

「また今日も、随分とあったけェメニューだね」

 おれが溶けちゃったらどうするの、と寄越される言葉は笑いの入り混じった冗談じみたものだったが、氷結人間が言うと笑えない。
 俺の上官である傍らの海軍大将殿は、ヒエヒエの実なんて言うコタツムリたる俺に喧嘩を売っているとしか思えない悪魔の実の能力者なのだ。
 彼が戦い始めるともれなく寒い。泣きたいくらいに寒い。
 その寒さを放つ冷たい体が入っても温かいこたつは素晴らしい。
 ちら、と視線を三度傍らへ向けて、俺は口を動かした。

「この前みたいに、鍋を冷まそうとして能力発動するのは禁止ですよ。またこたつ布団が駄目になりますから」

 本人はちょっとの加減が難しかったと言っていたが、ふう、と息を吹き付けた先で土鍋の中身は絶対に食べたくない出汁味のアイスキャンディに変貌していた。
 それはまあ温め直せば食べれたが、同じ被害を受けたこたつ布団の方は傷んでしまい、泣く泣く破棄して新しいものを買ったのはつい先日のことだ。
 まあもともと、入り浸る誰かさんの足がはみ出そうだからもう少し大きいものを買おうと思っていたところだったし、半額は青雉に弁償と言う名目で出してもらったのだが、釘をさすに越したことはないだろう。
 俺の言葉に、青雉の手がすり、と自分の体を覆っているこたつ布団に触れる。

「……そういや、この布団、自分で買ってきたんだっけ?」

「そうですが、何か?」

 荷物持ちとしてついてきてくれと頼んだのに、仕事が嫌で島から誰かさんが逃げ出してしまったのだから、俺が買ってこなくてはこたつだって使えない。
 何を今さらなことを、と首を傾げた俺の横で、いや、何でもないけど、と呟いた青雉はどうしてかその唇に笑みを浮かべた。
 日向にいる猫みたいな顔にわずかな困惑を混ぜた視線を送ると、ナマエ、とその口が俺の名前を呼ぶ。

「みかん」

 そしてそんな単語を一つ零して、軽く開いたまま向けられた口に、俺は眉を寄せた。
 それはつまり、口にみかんを入れてくれ、と言うことだろうか。

「…………自分で食べてくださいよ」

「さっきはくれたじゃない」

 唸った俺へ言い返して、ほら、あーん、ともう一度青雉が口を開く。
 起き上がったり自分でみかんを口に入れるのすら面倒くさいのだろうか。だらけるのはその正義だけにしてほしい。

「…………仕方ないですね」

 そんな風に呟いて、俺は手元のみかんから一房を外し、開かれたその口へと放り込んだ。
 すぐにその唇が閉じて、むぐむぐ、とみかんを咀嚼する。
 寝転んだままでごくりとそれを飲みこんでから、またしてもその口が俺へ向けて開かれた。

「あーん」

「…………」

 大将青雉はコタツムリだったはずだが、どうやら雛鳥でもあったらしい。



end


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