- ナノ -
TOP小説メモレス

桃色猫はごきげん
※偉大なる航路ご都合主義
※猫耳猫尻尾注意
※なんとなくトリップ主はドンキホーテファミリー


 『ネコネコフルーツ』なんていう、馬鹿みたいな名前の新種の果物が発見された。
 食べれば食べるだけ体が猫へと変化していくという、何とも摩訶不思議な食べ物だ。
 一番長くても一日程度しか効果が持続しないらしいが、そんな面白可笑しいものがドンキホーテ・ドフラミンゴの手に渡るのは、まあ当然というものだ。
 なにせ発見したのが海軍だったのだから、どこぞの海兵殿が『ドフィが喜びそうだ』とくすねてきたに違いない。

「気分はどうだ? ナマエ」

 そんなことを考えていたところで声を掛けられて、悪くはないですよ、と返事をした。
 ぺし、ぱしと自分の後ろから音が響くのが聞こえるが、素知らぬふりをする。
 俺の様子にフフフと笑い声を零して、ベッドに腰かけたドンキホーテ・ドフラミンゴが俺を見下ろした。

「ご機嫌が悪そうじゃねェか、うちの猫は」

「こんな変な格好になったら、そりゃあ機嫌も悪くなります」

 楽しげなその顔を見上げつつ、俺はそう意見した。
 俺の体は現在、『普通』とは言い難い状況になっていた。
 両手両足が肘や膝まで毛皮に覆われ、掌や足の裏には肉球が生えている。
 頭の上に移動していった耳一対はしっかりと獣じみた姿をしていて、ズボンを押し下げた隙間からは尻尾がにょろりと這い出た、動物系能力者のなりそこないと言った風体だ。
 完全に『猫』となっていないのは、ひとえに俺が食べることになったネコネコフルーツが実物の半分だったからである。

「味はいいと聞いたんだがなァ」

「……味は美味しかったですよ、味は」

 残念そうな響きを寄越されて、とりあえずはそう返事をした。
 確かに目の前の若様の言う通り、ネコネコフルーツは美味だった。
 香りは甘酸っぱく、噛めば噛むほどに増していく甘味が口の中に広がるがしつこくはなく、りんごのようなサクサクした食感と葡萄の汁気を併せ持ったような果肉だった。
 しかしながらごくりと飲み込んで数分もしないうちに、俺の体はこうである。

「今日は外に用事があったのに……」

 思わずそう呟くと、ただの集金じゃねェか、とドンキホーテファミリーの首領が言葉を零した。
 確かに今日の俺の仕事は『集金』だが、ドンキホーテファミリーの一員として、いわばドンキホーテファミリーの名前を背負って回るのである。
 ピンクさん達幹部ほどの只者でない雰囲気があるなら話は別だろうが、今の俺の姿ではただ間抜けなだけだ。

「何なら衣装も特注にしてやろうか?」

「いやですよ……もう、今日はお休みにします」

 ここ一か月は休んだりもしていなかったことだし、ちょうどいいだろう。
 今日の仕事は明日以降に回すか、とため息を零した俺の体が、ふと強張った。
 首から下の自由がきかなくなっていると気付いて、顔をあげて目の前の相手を見やる。

「若様?」

 どうしたのかと尋ねたのは、俺の前でベッドに座っている若様が、その片手を上向けているからだった。
 俺達の船長はイトイトの実の能力者だ。
 たかだか糸を生み出し操る能力を極限まで極めている目の前の相手は、その繊細な能力で人の体を操ったり、目には見えないほど細い糸で人の体を縛り上げたりできる。
 今もちょうど俺の体は相手の支配下に置かれているところで、しかしあまり慌てる気が起きないのは、これがよくあることだからだった。
 他のファミリーたちはそうでもないらしいが、俺はとにかくこの人によく能力を使われる。先ほどだって、件の馬鹿馬鹿しい果物を無理やり口に入れられてしまった。
 俺が生まれて育った世界でこんな目に遭わされたらパワハラだと訴え出ているところだが、この世に王下七武海で国王陛下なドンキホーテ・ドフラミンゴへ法を説いてくれる人間がいるとは思えないし、そもそもこの世界にパワーハラスメントなんていう言葉があるかどうかすらも疑わしい。
 ひとまずいつも通り流された俺をどうして拘束しているのかと、戸惑い視線を向け続けていると、俺の体をそのまま意のままに操ることにしたらしい若様が、くい、と指を動かした。
 それに合わせて上等な絨毯に座り込んでいた体が立ち上がり、足を前へと踏み出して、ぐらりと頭が揺れる。
 鳩みたいに頭をがくがくさせながら少しの距離を詰めると、さらに繊細な動きを加えたドンキホーテ・ドフラミンゴによって、俺は自分の手がベッドの上へと伸びたのを見た。

「……え?」

 そうして俺の指先に、ベッドの上に放置されていたトレイの上の、小さなフルーツの感触が指先のおかしなところへ伝わる。
 甘酸っぱいそれをうまいこと肉球でつまみ上げてしまった俺は、そのまま自分の手が若様の方へ向かったのを見て、慌てて体に力を込めた。

「いや、あの、ちょっと、若様!」

「フッフッフッフ! 無駄な抵抗をするなよナマエ、いつものように大人しくしていろ」

 ぎりぎりと体が悲鳴を上げて、喰い込む糸の痛みすら感じる俺をよそに、楽しそうにそう言ったドンキホーテ・ドフラミンゴの口が大きく開く。
 長い舌までわずかに口の外に出して、あーん、と何とも幼い仕草で迎え入れられた果物が、そのまま俺の指からその口の中へと攫われた。

「あっ」

 そこでふっと体の自由が訪れて、踏ん張っていた勢いのままに体が後ろへと倒れ込む。
 体の下に敷いてしまった尻尾がとても痛み、うぎっ、と悲鳴を零して体を転がした俺は、前へと回り込んできた自分の尻尾を摩りながら慌ててベッドを見やった。
 片手を自分の口元に当てた若様が、少しばかり俯いている。

「若様、駄目ですよ、ぺってしてください、ぺっ!」

 急いで這いより、俺は両の掌を若様の顔の下に出した。
 間抜けな肉球が晒されてしまっているが、今はそれより目の前のこの人である。
 猫になる以外の効果は無いらしい、というのが今のところのネコネコフルーツの効能だが、この世には人によっては毒になるものも多いのだ。
 俺や他のファミリーが食べるならともかく、ドンキホーテ・ドフラミンゴがそんな不確かなものを食べるなんていけない。
 しかし俺の心配をよそに、ごくり、と物を飲み込む音をわざとらしく大きく響かせてから、若様がその片手をぱっと口元から離した。

「フフフ!」

「ああ……もう……」

 笑い声を零し、開いた口から舌まで出して見せた相手にため息を零した俺の目の前で、先ほど俺の体に起きたのと同じ変化が若様の体に始まった。
 両手と両足の肘と膝から先がじわりと生えた毛皮に覆われて、その耳が大きく伸びて、頭の上へ移動する。
 きつかったのかその片手が後ろへと回り、もぞりと身じろいでから出てきた尻尾は長かった。
 くるりと前へ回ってきたそれを自分で捕まえて、ふむ、と手元のそれを観察している若様は楽しげだ。

「なかなか面白い感触じゃねェか」

 満足げな声音に、それは良かったですね、と言葉を零しつつ、少しばかり眉を寄せる。
 俺の様子に気付いたのか、どうした、と尋ねた若様が首を傾げた。

「…………なんでピンクなんですか……?」

 金髪なんだから、そこはせめて髪色に合わせるものじゃないのか。
 今も着込んでいる桃色のファーで出来た上着にそっくりな色味の尻尾を軽く揺らした若様は、知らねえよ、と楽しげに笑って答えてから、ひょいとその手を俺の方へと伸ばしてきた。
 すでに毛皮に覆われて肉球が生えてしまった掌が、まふりと俺の頤を叩く。
 そのままなでなでと摩られると少し気持ちがいい気がするのは、若様に肉球があるからか、それとも俺の体が猫化しているからか、どちらだろうか。

「おれも猫になっちまったことだし、戻るまで付き合え」

 『かまえ』と言わんばかりの、拒否は認めない桃色猫の一言に、俺はいつも通り『はい』と頷いて流されるしか道は残されていないようだった。



end


戻る | 小説ページTOPへ