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炎天の余暇
※『初蝶の日』の続編
※なんとなくトリップ主とゾロはお付き合いしてる
※空島後近辺メンバーで時間軸は不思議



 雲一つ見当たらない青空から注ぐ太陽の光が、じりじりと甲板を焦がす。
 それを横目にパラソルの作り出した日陰に座り込んだ俺は、うちの船長のそれとは形の違う藁帽子を頭に乗せたまま、じんわりと零れる汗を手元の水濡れタオルでぬぐった。
 冷やしてきたそれは既にすっかりぬるくなってしまっているが、今のところはまだ使える。あと一つ、濡れたタオルは用意してあるが、そちらは俺のものじゃない。

「おーい、ナマエ〜!」

 そろそろかな、なんて考えて傍らの浅いバケツに入ったタオルやその横の水筒と薬へ視線を向けたところで、離れた場所から声を掛けられて、俺は寄越された声の主を探して帽子のつばをあげた。
 見やった先に現れた相手は、俺と同じく帽子をかぶったうちの船の狙撃手だ。相変わらずお洒落さんで、一緒に買ったはずの帽子にいろいろなアレンジが加えられている。

「ナミが、耐えられねェから少しの間ダイアル使うって言うからよ、船内に入っちゃーどうだ? 他の奴らも入ったし、ここにいちゃあ暑ィだろ」

 影の落ちた目元を笑ませてそんな風に言いつつ、ぱたぱたとその手が自分の顔を仰ぐ仕草をした。
 確かに、今日は特に暑い。
 いつもだったら寝苦しい夜にしか使われないあの不思議貝も、どうやらついに使われてしまうらしい。そういえば確かに、さっきまで死にそうな様子だったチョッパーたちの姿もない。
 ありがたい申し出に、いいなそれ、と笑ってから、視線を先ほどまでずっと見ていたほうへと向ける。

「ゾロ、どうする?」

 声を掛けると、一つずつ数字を数えながらとんでもなく大きな訓練道具を振っていた我らが大剣豪が、ぶん、と手を動かしたところで動きを止めた。
 てらりと鍛え上げた体を汗で光らせながら、ゆるりとその顔がこちらを見る。

「いかねェ」

 きっぱりとした発言の後、また動きを再開した相手に、そっかと笑って顔をウソップの方へと向けた。

「じゃあ俺もいいや」

「いやいや、あいつのあれはいつものことだけどよ……お前まで付き合うことはねェだろ?」

 笑った俺に対して、ウソップはどことなく困った顔をする。
 それから俺とゾロをその目が見比べて、少しばかり身を屈めた相手の声がひそやかに紡がれた。

「ていうか……お前ら、本当にアレか? その、ほら……アレ」

「? うん。付き合ってるよ」

 こそりと寄越しながらさらに顔を近付けてきたウソップが何を疑問視しているのか分からず、あっさりと俺は頷いた。
 つい先日、俺は名実ともにゾロの『恋人』に納まった。
 結局ゾロのツボはよく分からないままだが、いろんな格好でアプローチを続けた俺のたゆまぬ努力が実を結んだのだと思っている。
 好きだなんだと言い交わす前に口を噛まれて恥ずかしいやら何やらで、その後で告白したら『遅ェ』と怒られた。
 ゾロは殆ど俺に『好きだ』なんていってくれたことは無いけど、あの時はちゃんとそう言ってくれた。

『これで、テメェはもうおれのもんだ』

 そして、ニヤリと笑いながらそう続けたんだから、俺達が付き合っていることは間違いない。
 在りし日のことを思い出して口元が緩んだ俺に、だらしない顔するなよと呆れた声を出したウソップが、ゾロに聞こえることを恐れるように片手を口元に添えた。
 さらにその顔が近づいて、帽子から伸びる広いつばの端が俺の頭に当たる。

「だってよ、お前ら全然かわんねえだろ。お前がいつも通りくっついて回ってるだけで」

 付き合ってるっつったらもっとべたべたするもんじゃねェのか、とまで続いた言葉に、俺は思わず目を瞬かせた。
 俺とゾロが正式に付き合うことになった、と言った時あんなに慌てたり騒いだりしたくせに、どうしてそんなことを言うんだろうか。

「…………見たい?」

 我らがコックには『絶対におれの目の前ではいちゃつくんじゃねェぞ!』と言われているのだが、もしかしたらウソップはそういうのを見るのが好きだったんだろうか。
 それならそれで、俺としても仲間サービスの一つくらいはしてもいいけど、と考えつつ両手をゾロの方へ広げてみせる。

「いや、待て、見たくねえ!」

 しかし、どうしてだかとんでもなく慌てた声をあげたウソップはそう言い放ち、俺の両手を無理やり降ろさせた。
 何とも納得のいかない反応に眉を寄せた俺の傍で、すぐにウソップが俺から離れる。

「い、いいんだよ、お前がそれでいいんなら! じゃあ、おれァ船内に入るから、お前らもキリのいいところで引っ込めよな!」

 はきはきと言い放ち、ずれかけた帽子を直したウソップは、そうしてそのまま去っていってしまった。
 それを片手を振りながら見送って、そっと手を降ろした俺は、そのまま視線を正面へと戻した。
 相変わらず、鍛えられた背中がそこにある。
 汗をかいて気持ち悪かったのか上着はさっき脱いでしまったせいで、太陽に照りつけられたその体は随分と日に焼けていた。
 こんなこともあろうかと貰ってきたチョッパー印の薬も、きっと今日で全部使い切ってしまうことだろう。
 ゾロが数えている数字を確認して、そろそろキリが良くなることを確認してから、清潔なタオルとその横の水筒を片手にひょいと立ち上がって、ぶんぶんと片手を動かすゾロへと近付く。

「ゾーロ」

 そうしてちょうど下二桁がゼロ二つになったところで声を掛けると、俺がそうすることが分かっていたようにゾロがその動きを止めた。
 先ほどとは違い、傍らに道具を置いてから、座ったままの相手がじろりとこちらを見上げる。
 向けられる視線に笑いかけながらタオルを広げて、俺はゾロへとそれを差し出した。

「先輩どうぞ、タオルです」

「……またソレか?」

 『ジョシマネ』つったか、なんて言いながらタオルを受け取ったゾロは、どうも怪訝そうだ。
 あの日はツボに入ってくれたようだったのに、今ではこんなドライな反応なんだから、やっぱりゾロの好きなタイプはよく分からない。
 駄目かー、と笑いながら今度は水筒を差し出すと、ゾロはさっさとそれも受け取った。
 ごくごくと喉を鳴らして水を飲む様子を、隣に屈んで見やる。

「今日すごく暑いし、終わったら風呂入って薬塗ろうよ。背中は俺が塗るからさ」

「ん」

 水を飲みながらの短い返事には、承諾の響きがあった。
 あっさりとしたそれだけでとても嬉しくなりながら、横からゾロを眺めた。
 ゾロを好きだと気付いてからずっとずっと見つめてきたけど、ゾロを見ることにはいまだに飽きない。
 格好いいなァと思ったり、可愛いなァと思ったり、好きだなァと思ったりの毎日だ。
 『付き合う』ことになってから、見ていることに理由を見つけなくてもよくなったのがとても嬉しい。

「もう少し涼しかったら、もっとよかったね」

 だから俺には今の状況に何一つ不満はないけど、ゾロは鍛錬をしているんだからもっと過ごしやすい方が良かっただろう。
 海の彼方を見ていると目を閉じたくなるような日差しの下でそう言うと、水筒を降ろしたゾロがタオルで顔を拭いた。
 そうしてそれから、ちらりとその目がこっちを見て、タオルと水筒の両方をぽいと放ってくる。
 それを慌てて受け取ると、ゾロの手が先ほどと同じ道具をその手に捕まえた。
 さっきとは逆の手でそれを掴み直しながら、ぽつりとその口が言葉を零す。

「涼しかったら、あいつらが出てくるだろ」

 別にこのままでいい、なんて一言を置いて、ゾロの手がぶん、とまた素振りを開始する。
 上から振り下ろしたそれを正面で止める、なんていうすごく筋力の入りそうな動きをする相手を見つつ、俺はぱちりと目を瞬かせた。
 ゾロの言葉の意味を少しだけ考えて、思い至った事実に自分の顔がとんでもないことになったと気付いて膝を抱える。
 確かに、メリー号は小さいから、過ごしやすい気候ならあちこちを仲間がうろついている。
 今日甲板が静かなのは、この暑さのせいでみんなが船内に入ったからだ。
 つまり必然的に、今の俺達は二人きりである。
 別に、二人きりになったからっていちゃいちゃべたべたするつもりはないけど、だけどしかし、ゾロも『二人きり』が良いと言ってくれるなんて、そんな嬉し恥ずかしいことがあっていいんだろうか。

「……この辺、水まこうかな。打ち水って涼しくなるんだよね、確か」

 膝を抱えた姿のままで呟くと、ああ、とゾロが短く返事を寄越した。
 ゾロが涼しくなるためにも、すぐに行動に移したいものだが、どうにもまだ顔が緩んだままで動けない。
 顔を伏せたし、帽子もあるからゾロからは見えないだろうけど、顔ってどうやって引き締めるものだっけ。
 そんなどうしようもないことを考えながら、とんでもない日差しの下で膝を抱えていた俺は、その日見事に日焼けした。
 同じくこんがり焼けていたゾロは、どうしてか『おれが塗るもんだろう』と言いながらせっせと俺の体に薬を塗ってくれていた。



end


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