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知っているの
※ロジャーとロジャー海賊団クルー(トリップ主)
※暗い



 時計を見やり、ぱらりと手元の紙をめくれば、『今日』の日付が一つ進む。
 そうして現れたその数字に、はあ、と小さくため息を零した。

「どうした、ナマエ。辛気臭ェなァ」

 そこでそんな風に声を投げられ、どすりと肩に重みを感じて、びくりと体が跳ねる。
 それから慌てて傍らを見やると、いつの間に後ろから忍び寄ってきたのか、俺の肩に顎を乗せて笑う男の顔があった。
 俺の体を捉えるように反対側の肩へと回されている片手には酒瓶があって、まだ中身が入っているらしいそれから、ちゃぷりと小さく水音が聞こえる。

「ロ、ロロ、ロジャー船長……」

 ドキドキと驚きに跳ねる心臓を押さえるように片手を胸に添えると、それを見た相手が、くくくとおかしそうに喉で笑った。

「相変わらずビビりだなァ、ナマエ」

 そんなんじゃ立派な海賊にはなれねェぞ、なんて言いながらこちらを見つめている彼は、ゴール・D・ロジャー。
 唐突に『この世界』へ紛れ込むことになってしまった俺を拾って船員にしてくれて、ここがあの『漫画』の世界だと気付かせてくれた、ロジャー海賊団の『船長』だ。
 恐ろしい何かではなかった相手に、すう、はあ、と息を吐いて心臓を落ちつけながら、手元の日めくりカレンダーをくぼみのある棚へと戻す。

「何してるんですか、こんなところで」

 そうしながらそんな風に問いかけたのは、ついさっきまで、未だに人の肩を掴んでいる相手が甲板にいたことを知っているからだ。
 明日は、いや、正確には『今日』は、ロジャーの誕生日だった。
 罪深いほど人を引き付けるロジャーは、今日と言う日をめいいっぱいに祝われていた筈だ。
 あちこちの海賊団から贈り物が届いたし、かの金獅子からも爆発物の詰め合わせと酒樽が届いていた。
 恐ろしい凶器を『派手な贈りモンだな』と言って笑ったロジャーが海へ放って、水面下で爆発したそれらは海面の下で綺麗な火花を散らす花火になったのを俺も見たし、ほんの三十分ほど前までは、『前祝い』と称して行われた宴に参加もしていたのだ。
 今こうやって船内にいるのは、あまり酒が飲めない分素面だった俺が、周りのクルー達に酔い潰されたシャンクスとバギーを船室へと放り込む役目を担ったからである。
 ロジャーもレイリーも他のクルー達も殆どがまだまだ潰れてはいなかったし、楽しそうに飲んでいたから席を外したことだって気付かれてはいないと思っていたのに。

「そりゃお前、ナマエを捜しにきたに決まってんだろ」

 にかりと笑って、酒の香る口からロジャーがそんな言葉を吐き出した。
 楽しそうな声音に何の意図も無いと分かっているのに、え、と声を漏らした俺の体が強張ってしまったのが、自分でも分かる。
 わずかに目を瞠った俺に気付いた様子もなく、酔っ払いはへらへらと笑ったまま、口を動かした。

「ついでにつまみも取りに来た」

 そうして放たれた言葉に、なんだ、と小さく息を吐く。
 過剰に反応してしまった自分が恥ずかしくて、そっとロジャーの方から顔を逸らした。

「そっちが本命じゃないですか」

「なんだと、おれの言葉が信じられねえってのか、ナマエ」

「はいはい、チーズでいいですか船長」

「肉も食うぞ、おれは」

 言葉を交わしながら歩き出せば、俺の肩に顎を預けて人の肩を掴んだままのロジャーが俺に引きずられるようについてくる。
 俺の方が体格が小さいので、歩きにくいんじゃないだろうかとも思うのだが、ロジャーはよくこうやって人に絡んでくるから、きっと酔っていても気にならないくらいに慣れているんだろう。
 レイリーだったら『うざったい』とロジャーを引き剥がしたりするんだろうが、俺にはまだ、そこまでは出来ない。

「はい、チーズですよ」

 談話室を横切る形で通路へ出て、辿り着いた食料庫の戸棚から、ひょいと取り出した物をロジャーの方へと差し出す。
 テレビや雑誌でしか見たこともないような丸いチーズの端に軽く鼻を近づけて、それの匂いを嗅いだロジャーが、まるで料理人のような顔でうむ、と一つ頷いた。

「いいもんだ」

「この前、『飯の良し悪しなんぞ知るか旨けりゃいいんだ』って言ってなかったですか?」

「おれの船に乗ってる食いもんが悪いもんなわけねェだろ」

 そんな風に言い放った酔っ払いが、肉も寄越せ、と言葉を続ける。
 わかりましたよと返事をしてから、ロジャーを引きずって食料庫の中を移動した俺は、一番端にあった棚の奥から、ロジャーご所望の干し肉の入った包みを掴まえた。

「はい、どうぞ」

 そうして開いたそれを差し出すと、おー、とロジャーの方から嬉しそうな声が上がる。
 本当に肉好きな船長だ。そういえば、あの『漫画』の主人公もそうだったし、『船長』というのはそういうものなのかもしれない。
 そんな変な感想を抱いていると、人の手から奪い取るように干し肉に噛みついたロジャーが、ばり、と千切った分を咀嚼してから、嬉しそうにしつつ口を付けた酒瓶の中身と一緒に口の中の肉を飲みこんだ。

「あー、うめえ! レイリーの奴、肉はもうねェとか言ったくせに、あるじゃねェか」

「あ、それ、俺の分だったんで」

 他には見当たらないので副船長の言ったことは正しいのではないか、と酒で赤らんだ顔のままで口を尖らせたロジャーへ言うと、ん? とロジャーが声を漏らす。
 それから、酔いの回った目がこちらを見た。

「……ナマエの?」

「はい、俺の」

 つい二週間ほど前、オーロ・ジャクソン号は海王類に遭遇した。
 ちょうど食料から肉類が尽きかけている頃だったようで、クルー達の総攻撃により哀れな海王類がただの食肉となったのは、確かそれから一時間もしないうちのことだ。
 巨大な海王類をまさか全て食べつくすことは出来ず、保存のきく干し肉として調理したコックが、俺にそのうちの一部を分けてくれたのは、俺がその作業を手伝ったからだと思う。
 気が向いたら食べようと思ってしまってあったのだが、ロジャーが美味しく食べてくれるのなら、それでまあ構わないだろう。
 俺がそんな風に考えている横で、ロジャーがちらりと自分が受け取った干し肉を見やる。
 それからもう一度こちらを見て、酔いの回っているはずの赤ら顔のままで眉を寄せた。

「お前、また誰かにやってんのか」

 不満そうなその言葉に、何のことだろうか、と首を傾げる。
 しかし俺の戸惑いすら気に入らないと言いたげに、わずかに目を眇めたロジャーの片腕がぐいと俺の体を自分の方へと引き寄せて、近付いた場所からその目がじろりとこちらの両目を見据えた。

「ち、ちかい、です」

 あまりの近さに顔が熱くなったのを感じて慌ててロジャーの顔に手を当てて押してみるものの、ロジャーは全く動じない。

「バギーに、シャンクスに、レイリーに、他の奴にも。何でもかんでもくれてやってたら、お前のもんなんて何にも無くなるぞ、ナマエ」

 その悪い癖はどうにかしろと、まるでレイリーみたいなことを言うロジャーに、ぱちりと一つ瞬きをした。
 確かにロジャーの言う通り、俺はこの船の上のクルー達に求められれば、自分の手元にあるものは何だって渡してきた。
 多分もう元の世界には帰れないだろうと思ったし、だから電池の切れた携帯電話も海水で壊れたゲーム機も、聞くことの出来ないCDもそのうち使えなくなるだろうペンもそれ以外も、俺にとっては持っていたって仕方のないものだからだ。
 飲み物や食べ物にだってそれほど執着はしないから、代わりをくれるんなら渡したって構わない。
 たまにあるおやつの時間にシャンクスやバギーがこっちに寄ってくるのは、俺が貰った甘いものを半分渡しているのが原因だと言うのは何となく分かるが、それだって子供の特権だろう。
 あのレイリーだって自分が苦手な『おやつ』はロジャーや他のクルー達の口に放り込んでいるんだから、何も変わらない。

「…………」

 しかし、そう言ってみても、目の前のこの不満顔が改善されないことは明らかだった。
 俺を拾ってこの船に置くと決めたロジャーは、どうも俺を、『立派な海賊』とやらにしたいらしい。
 海賊と言うのは奪うものであり、分け与えるものではないというのがロジャーの意見だ。
 料理や酒の取り分が減るだろと続いた主張はよく分からないが、まあ、ロジャーがそう言うならそうに違いない。
 もう一度首を傾げてから、近すぎるロジャーの顔から離れるように少しだけ身を引く。
 そうしながら脳裏に閃いたのは、夕暮れ時、海面の下で開いた鮮やかな火花だった。

「……あの、ほら、あれで」

「アレ?」

「誕生日プレゼント」

 そうして言葉を続ければ、ぱち、と今度はロジャーが瞬きをする。
 少し力が弱まった相手の体を更に押しやり、ついでにその腕からも抜け出して、俺は少しだけロジャーから距離を取った。

「今日、船長が誕生日だから」

 あの『漫画』の中で決まったロジャーの誕生日は、その一年が終わりを迎える日だ。

「誕生日、おめでとうございます。ロジャー船長」

 今日また一つ歳をとった我らが船長が、俺の言葉を耳にして、ちらりとその目をもう一度、手元の干し肉へ向ける。

「……これがプレゼントだって?」

「いや、さすがにそれだけじゃなくって……もう一つはまあ、あの山に重ねときましたけど」

 甲板の端にあった数々の贈り物の山を思い浮かべて言えば、ロジャーが何かを言いたげな目をこちらへ向けてくる。
 誤魔化すなとか、嘘を言うなとか、そんな言葉を寄越しそうなその口がもう一度干し肉に噛みついて、野性的にそのまま噛みしめた。
 そうしてもう一度酒瓶の中身を飲みこんでから、ふう、と色々な匂いの混じっていそうな息を吐く。

「……しかたねェな、誤魔化されてやらァ」

「どうも」

 恩着せがましい相手へ会釈すると、よし甲板に戻るぞ、と言葉を放ったロジャーがくるりと後ろを向いた。
 俺にチーズを持たせたまま、出て行った船長の背中を見送ってから、とりあえずその後へ続く。
 酒に酔っているわりに足取りの軽いロジャーは、まるで俺がついてくることを疑いもしていない様子で足を動かしていて、すでに通路の端を進んでいた。
 甲板の方へ向かっていくその後を追いながら、持たされているチーズをそっと掴み直した。

「……誕生日、おめでとうございます」

 そうして遠い場所に立っているロジャーへ向けて紡いだのは、つい先ほど述べたのと同じ祝いの言葉だ。
 あと何回、俺はこれをあの人へ当てて口にすることが出来るんだろうか。
 結局のところそこはあやふやなままで、それが酷く、恐ろしい。
 俺は、この世界を知っている。
 この世界が、どうなっていくのかを知っている。

『俺の財宝か? 欲しけりゃくれてやる!』

 ロジャーがそう言って笑う日が、いつか来ることを知っている。
 いつか俺は、ロジャーの声を聞くこともその笑顔を見ることも、気安く肩に触れて貰うことだってできなくなる。
 それがどうしてか、酷く恐ろしい。
 そんなことあり得ない、嘘だと喚きたいのに、元の世界とのつながりの何もかもを無くしても、俺の中の記憶は消えてはくれないのだ。

「おい、ナマエ、はやくしろー」

 考え込むうちに歩みが遅くなったのか、甲板へ出る扉の手前でようやくこちらを振り向いたらしいロジャーが、ひらひらとこちらへ向けて手を振っていた。
 はい、とそれへ返事をして、足を動かす速度を上げる。
 いつかくる未来に怯えたって仕方がないのだと、無理やり不安を振り落して辿り着いた先では、ロジャーがいつものように笑っていて。
 だから多分、俺もそちらへ、笑みを返していたと思う。










「お前は最後まで、作り笑いが下手くそだったなァ、ナマエ」

 何年も後、最後の最後でそんな風に言ったロジャーは、それでも普段と変わらない笑顔だった。



end


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