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得手勝手
※悪人主はクロコダイル氏の部下
※アラバスタにハロウィンがあるらしい



「プライドはねェのか、てめェは」

 じろりと睨まれて、俺は肩を竦めた。
 そんなことを言われても、この格好をしろと言ったのはクロコダイルじゃないだろうか。

「似合わないか?」

「似合わねェ」

 尋ねたところできっぱりと吐き捨てられて、ひどいな、と笑う。
 頭の上に刺さっているように見える一本の太いネジも、少し古びて薄汚れた服も、つい先ほどクロコダイルが俺に投げてよこしてきたものだ。
 今日はハロウィンで、どうやらこの島では仮装をして街を練り歩く祭りのような行事があるらしい。
 民衆に慕われる王下七武海殿は仮装での参加を頼まれて、忙しくて外出の予定がないからと穏便に断ってきたということだ。
 着てみたらいいのにと言った俺に、『てめェが着りゃいいだろう』と唸ったのは確かにクロコダイルだった。
 俺が着たって何も可愛くないだろうが、クロコダイルがそういうならと完璧に着替えてきたところである。

「俺は結構気に入ったんだがな」

 俺の覚えている『世界』ではフランケンシュタインと言ったか、人の死肉をつなぎ合わせて作り出されたゾンビに扮した格好を見下ろしてそう言うと、趣味が悪ィな、とクロコダイルが鼻で笑う。
 椅子に座ったまま、その手が葉巻を口にして、ふわりと揺らいだ煙が部屋の中に一筋伸びた。
 それを見ながら少しだけクロコダイルに近寄って、だってほら、と言いながら自分の顔を指で示す。

「アンタとお揃いにしてみたんだ」

 衣装に合わせて行った縫い跡の落書きは、体のあちこちにある。
 その中でもひときわ真剣に記した顔を横断する一本を示して、どうかなと尋ねると、俺を見やったクロコダイルが眉間の皺を深くした。

「馬鹿じゃねェのか」

 吐き捨てるように言い放ち、その片手がゆらりと鉤爪を揺らす。

「何なら消えねえ傷を刻んでやろうか?」

 挑戦的に睨み付けながら寄越された言葉に、ぱちりと目を瞬かせる。
 ここで頷いたら、きっとクロコダイルは一発で俺の顔を切り裂きに来るだろう。
 かと言って、断っても嘲笑いながら他の部分にその爪先が振るわれそうだ。
 少しだけ考えてから首を傾げて、俺はクロコダイルに近付いた。

「ずっとお揃いにしたいなら、明日からは服装を日替わりで合わせようか?」

 尋ねながら鉤爪に軽く手を触れると、俺を睨み付けたクロコダイルが舌打ちをする。
 その顔にはありありと『嫌だ』と記されていて、そんな顔しないでくれ、と微笑みを向けた。

「スカーフか、ベストやスーツ、コートを合わせるって方法もあるぞ。何なら靴や指輪でも」

「てめェに指輪をくれてやるつもりはねェ」

「その時はちゃんと俺から贈るさ、もちろん」

 今のところの計画ではクロコダイルの次の誕生日に贈る手はずになっているが、いくらか前倒しにするのだって可能だ。デザイナーだって、命に比べればいくらでも睡眠時間を削ることが出来るだろう。
 俺の企みを知っているのかいないのか、ふん、ともう一度鼻で笑ったクロコダイルが、うんざりした様子で鉤爪のついているほうの腕を降ろす。

「なんでおれが、てめェから指輪を寄越されなくちゃならねェんだ」

 問いながら、じろりとこちらを睨み付けている眼差しが、何かを窺っていることに気付いた。
 俺の言葉を待つようなそれに、はは、と曖昧にごまかすような笑い声を漏らす。
 指輪を揃えて持っているなんて、そんなことが起こったら、まるで恋人同士みたいだ。
 通常なら受け取ってもくれないだろうそれを、もしもクロコダイルが気まぐれを装って受け取ってくれたら、と考えるだけでとても楽しい。
 けれどもそんなことを言ってしまったら絶対に捨てられると分かっているので、今はまだ答えないことにする。
 ナマエ、と咎めるように名前を呼んでくる相手の声に気付かなかったふりをして、俺はクロコダイルへ片手を差し出した。

「それじゃあクロコダイル、トリックオアトリート」

「……ああ?」

「だって、今日はハロウィンなんだろう?」

 俺の『知っている』ハロウィンと同じく、今日は街中を仮装した人間が歩き回り、悪戯をたてに菓子を奪って歩くらしい。
 菓子を狙うのは子供ばかりという話だが、せっかく仮装をしているのだから、少しくらいはいいだろう。
 俺の言葉に目を眇め、菓子なんざもってねェよ、とクロコダイルが低く唸った。
 確かに、クロコダイルのポケットからチョコレートが出てくるなんてことは期待していなかった。
 それじゃあ仕方ないな、と大げさに肩を竦めてから、差し出していた片手でクロコダイルの右腕に触れる。

「『いつも』の悪さをしてもいいか?」

 尋ねた俺に返ってきたのは舌打ちと、好きにしろ、なんていう受容の言葉だ。
 俺が『同業者』だった頃のクロコダイルだったら、きっとこんなことは言わない。
 アンタもすっかり俺のすることに慣れちまってるなァ、なんていう笑み交じりの言葉は飲み込んで、俺はクロコダイルの頬に口づけておくことにした。



end


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