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永遠の輝き
※主人公はトリップ系クルー
※名無しオリキャラ注意



 偉大なる航路は、東西南北の海の常識では測れないような事象が多数存在する。
 いくつもの小さな虹で彩られた島の、端から端まで渡る大きな虹を見上げて、そんな言葉を思い出した。
 あちこちに水晶のような鉱石が生えているその島は、その半透明な鉱石が光を反射しては虹を作り出すなんとも幻想的な島だった。
 人間は住んでいないようで、だからこそこの美しい島が残っているのかな、とも考える。人間が近くにいたなら、この島の鉱石はきっと根こそぎ無くなっているに違いない。
 それにしても、俺は今太陽を背にしていないはずなのに、どうして虹が見えるんだろうか。
 俺が知っている虹とは違うのか、と近くの鉱石に近寄って、そっと手を伸ばした。
 しかし残念ながら、光のかけらでしかない虹には指が触れず、俺が触れようと伸ばした手で作った陰でかき消されてしまう。

「あ」

「虹は掴めんぞ、ナマエ」

 思わず声が漏れたところで、後ろからそんな風に声が掛かった。
 見られていたと気付いて、ちょっと恥ずかしくなって笑いながら振り返る。

「いや、俺が知ってる虹とはあまりに違うもので、つい」

「ふむ。まあ、この島のような光景は珍しいな」

 頭を掻いた俺に頷き、近寄ってきたのはドレーク船長だった。
 すぐそばの岩壁から鉱石が生えているのか、その頭の後ろ側で丸い虹が浮かんでいて、天使か何かのわっかみたいだ。
 今日はこの島で一晩を過ごすからと、船をつけた。
 島が近いときは日が高いうちでもそうするのはいつものことだけど、今日はもう少し別の理由がある。
 どうやらドレーク船長は気付いていないようなので、このままサプライズで行う予定だ。

『したがって、ナマエは速やかに下船し、ドレーク船長を当本部から引き離すように。帰還すべき時刻については追って連絡する』

 それはいかめしい顔つきだった仲間の一人のお言葉で、思わず敬礼してしまったのはあまりにもきびきびした様子だったからだ。
 敬礼の仕方が違う、と呆れられたのまで思い出して、相手の方へと向き直り、ひょいと手をあげる。

「ドレーク船長、俺のこれ、間違ってます?」

 さっき違うって言われたんですけど、と言いながらきちんと指をそろえた手を横向きにして、人差し指を額に当てるようにして敬礼して見せると、ドレーク船長がわずかに目を丸くした。
 それから、そうだな、と答えたその手が、俺の腕へと触れる。

「掌の向きが違うな。それはナマエ達の故郷での敬礼なのか?」

「え? 警察とかはこの向きだった気が……しますけど」

 ドレーク船長に促されるまま、掌を寝かして指の腹を額側へ向けながら、首を傾げる。
 ドラマとかでも大体はこの向きだったはずなのに、海軍はどうやら違うらしい。
 この世界だけがそうなのかどうかは、今の俺には分からないことだ。
 俺がドレーク船長に拾われて、もうじき半年が経つ。
 帰る場所を探したいと言った俺を、海賊になるのでも良ければ、と乗せてくれたドレーク船長はとてもいい『海賊』だ。
 とりあえず直された向きで敬礼をし直して、どうですか、と相手を見上げる。
 俺の様子にわずかな微笑みをその唇に乗せて、まあいいだろう、とドレーク船長が妥協を口にした。

「まるで新兵だな」

「何等兵ですかそれ」

「いや、雑用係だ」

「兵ですらない……!」

 海軍はどうやらとても大変なところのようだ。
 クルーの中にいる元海兵の人達も、そしてドレーク船長も雑用係をやってきたんだろうか。
 思わず見つめてしまった俺の前で、どうした、とドレーク船長が声を掛けてくる。
 それを受けて、甲板を磨く船長を想像しました、とは言えず、俺はそっと目を逸らした。
 見やった島は、木々にすら小さな虹の輪がついている。きっとあの鉱石が生えているんだろうが、本当に幻想的だ。

「この島、すごいきれいですね。向こうの方に行ってみましょうよ」

「構わないが、鉱石は随分と鋭いようだ。怪我をしないよう、気を付けて進んでくれ」

「了解しました! 気を配ります!」

 寄越された言葉にびっともう一度敬礼をしようとして、すぐそばにあった鉱石で掌を擦った。
 ひり、と痛んだそれに気付いて思わず手の甲を見下ろすと、明らかな擦り傷がそこに出来ている。

「…………ナマエ」

「いや、大丈夫です。俺男の子なんで、このくらいじゃ泣かないですし」

 舐めてりゃ治ります、と手の甲を軽く舐めると、ドレーク船長がため息を零した。

「とりあえず、手当てをしに船へ」

「ド、ドレーク船長!」

 その手が俺の肩を掴んで、そうして紡がれた言葉に、思わず慌てて名前を呼んだ。
 まだ『帰ってきていい』という連絡は来ていないのだ。持たされている子電伝虫は、俺のポケットでおとなしくしている。この状況で戻ってしまったら、任務が失敗で終わってしまう。
 それはまずいと、両手でドレーク船長の腕を掴み、無理に肩から引き剥がした。

「それより、もっと向こうに行きたいんですって! このくらい大丈夫ですから、ね!」

「…………ナマエ?」

 できるだけ船のある方から引き離そう、と心に決めて引っ張った俺に、ドレーク船長が少し不思議そうな顔をした。
 それから、わずかにその目が眇められて、仕方ないな、という言葉がそれに続く。

「では、おれが先導しよう。危ないものはきちんと教えるから、これ以上怪我をしないように」

「イエッサー!」

 寄越された言葉に先ほど習ったばかりの敬礼をもう一回やると、気に入ったのか、とそれに少しだけ笑ったドレーク船長が俺より先に歩き出した。
 きらびやかな虹の中を進む背中を、俺もすぐに追いかける。
 ドレーク船長ごしに見えるいくつもの虹は、やっぱりどれもきれいだ。
 一応買ってあるけど、船長への誕生日プレゼントに追加できそうな、きれいな鉱石を一緒に探してもいいかもしれない。
 ランプの光でもきれいに輝きそうだし、ペーパーウェイトにちょうどいいだろう。
 みんなでおめでとうと言ったら、きっと船長は驚いた後、嬉しそうにしてくれるに違いない。

「……それで? 何を企んでいる?」

 作戦の成功と今晩の宴に胸を弾ませていたその時の俺は、船が見えないほど奥へと入ったところで向き直ったドレーク船長にがしりと肩を掴まれて人生で生まれて初めての尋問を受けるだなんて、知る由も無かったのだった。
 正直に言って、とても怖かったです。



end


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