千日紅の罪
※全面的にドレークさん捏造
※ドレ誕
※『黄昏草の咎』『よるがおの白星』の続き
「ええ?」
ドレークの発言に、ナマエは心底わけが分からないという顔をした。
首を傾げた彼の肩で、トカゲが同じように首を傾げる。
小さな一対の瞳からも飼い主と同じ視線を向けられた気がして、ドレークはわずかにたじろぎ、そしてその動揺を押し隠した。
「どうした?」
そのうえで問いかければ、どうしたじゃないですよ、とナマエが呟く。
その両手が自分の頭に乗せていた三角の帽子を取り外して、椅子に座ったままのドレークの頭へと乗せた。
「言っておきますが、今日はドレーク船長が主役なんですからね。祝われる資格があるのなんてこの船の上じゃ船長しかいないんですから」
何変なこと言ってるんですか、とあきれた様な声を零したナマエが片手をドレークの肩へと添えると、それに気付いたらしい小さなトカゲがナマエの肩からドレークの肩口へと移動した。
かつての賞金首にあやかって『ドリー』と名付けられた小さなトカゲは、ドレークがナマエへと買い与えた小さな生き物だ。
鳴き声すらほぼ零さないがそれなりに賢いらしく、そしてドレークが古代種の悪魔の実の能力者なのが原因かそれ以外に何か要因があるのか、ドレークにも懐いている。
時たま肩へ乗せていると『羨ましい』と飼い主に言われはするが、誰よりも『ドリー』に懐かれているのはナマエだとドレークは知っているので、その発言の意図はあまりつかめていない。
「これから船長は俺達のプレゼント責めに遭って、ご飯をめちゃくちゃ食べさせられて、ケーキを食べて、何回も何回も『おめでとう』って言われるんですよ」
ドレークを食堂に使っている部屋へと連れ込み、椅子へと座らせた当人に寄越された言葉に、ドレークはじっとその視線を向けた。
いつもなら見下ろしている相手を見上げるというのは、なかなかに不思議な感覚だ。
わかりましたか、とどうしてか眉を寄せている相手に対して、分かった、と返事をする。
どうやら、ナマエは少し怒っているらしい。
その原因が自分の先ほどの発言にあることはドレークにも分かったが、どうして怒らせてしまったのかには疑問が残る。
今日はドレークの誕生日だった。
カレンダーを見ることが日課となっているドレークは当然それを知っていたが、だからと言って何か騒ぐようなことでもない。
だからいつも通りに過ごしていたところ、一番初めにドレークへ『おめでとうございます』を口にしてきたナマエがドレークをここへと連れてきて、これから誕生日を祝う宴を開くのだとドレークへ教えてきた。
寄越された言葉にドレークはあまり表情を変えなかったが、そんなことを言わるとは思っていなかっただけにかなり戸惑った。
『おれにそんな資格はないと思うが……』
しかし祝ってくれるなら無下には出来ないなと、そう続くところだったドレークの言葉を遮って眉を寄せたナマエが首を傾げたのが、つい先ほどのことだ。
ナマエはドレークのことなど、ほとんど知らないだろう。
道端に座っていた姿がどうしてか目について声を掛けたときにはドレークは既に『海賊』だったし、仲間たちの中にいるかつての部下も、ドレークが海兵だった頃の話までしか知らない。
毎年の自分の誕生日を心待ちにしていた『ドリィ』も、『ドリィ』の生まれた日だけは気まぐれに可愛がってくれた父ももはやこの世にはいなかった。
だから今さらドレークが誕生日を特別視していないことなんて、当然誰も知らないのだ。
「まったく、もう」
やれやれと船長を相手にため息を零してから、ナマエの手がドレークの頭の上に乗せた帽子の角度を変える。
先ほどナマエの頭の上にあった派手な手作りの三角帽子が自分の頭の上に乗っているのを想像して、ドレークはわずかに眉間に皺を寄せた。
動いたその手が帽子を掴み、ナマエの手から奪い取るように引き剥がす。
「あっ」
「わざわざ作ったのか、これは」
問いつつ帽子を見下ろすと、それは厚紙で作られたものであるようだった。
大きい分奥の方には暗い影が落ちていて、誘われるようにドレークの肩から『ドリー』が飛び立つ。
ぺち、と音を立てて中に入ってしまったトカゲを見送ると、暗がりを好むらしいナマエのペットはするすると帽子の中で円を描くように張り付いた。
「あ、こら、ドリー」
叱るように声を出して、ナマエがドレークの傍から帽子の中を覗き込む。
出ておいで、と誘われているが、『ドリー』の方は聞こえていないのか理解していないのか、無視するように帽子に張り付いたままだ。
「これではかぶれないな」
帽子を覗き込むのを止めてドレークが言うと、狙ったでしょう船長、とナマエが唸る。
じとりと寄越された視線に肩を竦めるだけで応えて、ドレークは帽子を自分の膝の上へと横たえた。
見やったテーブルは、いつも仲間たちと食事に使うテーブルだ。
どこから持ってきたのか白いテーブルクロスが敷かれていて、ふわりといい匂いも厨房の方から漂っている。
「ドレーク船長に似合うように作ったのに」
「自分でかぶっていただろう」
「ドリーが入っちゃうから、入口を隠してたんですよ」
本当に暗くて狭いところが好きなんだから、とため息を零すナマエに、なるほどとドレークは一つ頷いた。
確かに、暗くて狭いところは落ち着くものだ。静かであればなお良いし、体を休めることのできる暗がりは安らげる場所だった。
何納得してるんですか、とナマエが眉を寄せる。
またも不満そうな顔になった相手を見やり、ドレークは口を動かした。
「それで、プレゼントは何をくれるつもりなんだ?」
見たところ、部屋の中にはまだ何もない。
先にドレークを連れてきたということはこれから運び込まれるのだろうが、ドレークの知っている限りでナマエが何かを隠している様子はなかった。
他のクルー達と協力して秘密を持っていたのかと思えば少し腹立たしいが、ドレークを驚かせたり喜ばせたりしたかったのだとすれば、それはそれでくすぐったい気もする。
わずかな独占欲にも似た感情をドレークが抱くのは、ナマエと言う名の傍らの相手へだけだ。
ナマエ自身はそれを知らないだろうが、そうでなければ『元の世界』へ帰るというナマエを何度も引き留めようとはしなかったし、帰って行ったナマエをわざわざ浚いに行ったりはしなかった。
一応は『家族』に一言断りを入れてから浚ってやろうと思っていたが、何ともドレークにとっては都合のいいことにナマエは居場所を失っていて、ナマエはドレークの手を取った。
あの日あの瞬間ほど嬉しいことは無いにしても、どうせなら喜ぶための心構えはしておくか。
そんな気持ちでのドレークの問いかけに、プレゼントの中身を最初に聞く人がいますか、とナマエがどことなくあきれた声を出す。
その手がドレークから帽子を取り上げて、中へと手を入れた。
「そういうのは、もらってからのお楽しみですよ船長。ただのマッサージ券だったとしてもちゃんと喜んでくださいね」
「マッサージ券なのか」
寄越された言葉に、肩でももんでもらうべきなのかと少し悩んだドレークの傍で、もののたとえですよとナマエが答える。
その手が帽子の中から現れて、指先に小さなトカゲが食いついていた。痛くないのか慣れてしまったのか、ナマエの顔はゆがんでいない。
出てきた『ドリー』を捕まえて指を放させ、ナマエが自分の顔にトカゲを近づける。
「もうすぐ始まるんだから、ドリーもここでちゃんと大人しくしてるんだぞ」
「わかった」
じっと見つめたトカゲへ、子供に言い聞かせるような言葉を放ったナマエへ、ドレークが返事をする。
なんで船長が代わりに答えてるんですか、と笑ったナマエは小さなトカゲをもう一度ドレークの肩へと乗せた。
「それじゃ、俺も手伝いに行ってきますから、ここで待っててくださいね」
再びドレークの頭の上に帽子を設置して、そんなことを言ったナマエにドレークが頷く。
すぐ戻ってきますからと一言置いて、ナマエはすぐに部屋を出て行ってしまった。
あちこちをクルーが歩き回っている気配はするが、室内にはドレークと一匹のトカゲだけだ。
静かになってしまった部屋の中で、飾り付けされている壁を見やってから、ドレークの背中が椅子へと押し付けられる。
「……『おめでとう』、か」
『誕生日おめでとうございます、ドレーク船長!』
自分の方が嬉しそうな顔で、そんなことを言っていたナマエを思い出す。
たかが『船長』の誕生日を祝うだけだというのに、あんなにも嬉しそうで楽しげな顔をされてしまうと、勘違いしてしまいそうだ。
ドレークにとってナマエは特別だ。それは船の上ではほとんどのクルーが知っているような事実であり、けれどもそれをナマエは知らない。
『生きていようが死んでいようが、ナマエが傍にいるなら、それでいい』
そんな告白まがいの言葉を紡いでもナマエからは返事になるような言葉もなかったし、それからもあまり態度が変わらないので、気付いてもいないだろう。
海賊なのだから欲しいものは自分で手に入れるに決まっているが、ナマエへ無体を強いたいわけでもないし強引に事を進めるつもりもない。
「とりあえずは意識を向けさせることからだな」
一人でぽつりと呟いたドレークの肩口で、小さなトカゲが表情の見えない眼差しを向ける。
ドレークの誕生日を祝う宴が開かれるまで、あと十数分と言ったところだった。
end
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