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嫌がらせも真心を込めて
※全体的に捏造
※リアタイのドSホイホイトリップ系海兵さんネタ
※若ボルサリーノと子カク
※ボル誕だけどほぼ子カク




「のうナマエ、このシルシはなんじゃ?」

 いくつかある『いつもの場所』の一つで過ごしていた休憩時間、やってきて人の膝を陣取った子供に声を掛けられて、俺はそちらへ視線を向けた。
 俺の膝に座っている子供の手にあるのは、俺がいつも持ち歩いている手帳である。
 いつものように切り株に座っていた俺の膝へ突撃してきた後、俺の胸ポケットから落ちたそれを奪われて、ぷらぷらと足を揺らした子供に読まれていたのだ。
 この子供と言いあの上司と言い、俺の手帳を奪って読むのの何が楽しいのか分からないが、俺のプライバシーというのは本当に、一体どこへ行ってしまったのだろう。
 やれやれと肩を竦めつつ、どれ、と尋ねて子供の肩越しに自分の手帳を見下ろした。

「これじゃ」

 言いつつ、俺一人あっさり殺せる小さな指が、ぺし、と俺の手帳を叩く。
 子供の手の上にあるその手帳にはいくつかの遠征や訓練の予定が書きこまれていて、子供が指差した日付には、確かに小さな花丸がつけられていた。ちょうど明日だ。
 しかし、どう考えても自分が書いたものではなくて、軽く首を傾げる。

「……何だろう」

「なんじゃ、ジブンでもおぼえとらんのか」

 ナマエはトリアタマじゃ、とくすくす笑った子供の鼻が俺の手帳の方を向いて、丸い目が改めて俺の手帳を見下ろしている。
 傍らから見やったそれは本当にいとけない子供の様で、どうしてこの子供がああなるんだろうかと、『漫画』で読んだ姿を思い浮かべながら軽くその頭を撫でた。
 自分の視界に入った自分の掌は、数年前俺が生まれて育った『世界』にいた頃よりずいぶんと傷跡にまみれてたくましくなったように思う。
 あの日海で『未来』の『大将黄猿』に拾われてから、肉体的にはとても強くなったんじゃないだろうか。
 初めの頃はやられっぱなしだったが、最近はこの子供に出合い頭の襲撃を受けても、一応どうにか軽傷で逃げることは出来るようになった。
 もちろん未来のCP9であるカクが手加減していることは間違いないが、楽しそうな子供の顔には楽しそうな笑みが浮かんだままが殆どだったので、問題ない。

「…………あ!」

 人の膝に座ったまま、されるがままにその頭を俺の掌に預けていたカクが、しばらく人の手帳を見つめてから、ふと何かを思い出したように声を零した。

「どうかした?」

 不思議に思って声を掛けると、両手で人の手帳を持ったまま、その顔が改めてこちらを見上げる。
 長い鼻が軽く顎に触れたので、近すぎたか、と少しばかり背中を逸らして顔を離すと、それに合わせて体までこちらへ向けたカクの片手が手帳を離れ、その代わりのように俺の服を掴まえた。
 俺の体を跨ぐようにして細く見える両足で挟んで、片手に持った手帳の先ほどの花丸をこちらの顔へと突きつける。

「たんじょーびじゃ!」

「うん?」

 そうして寄越された言葉に、俺は軽く首を傾げた。

「カクの誕生日は終わったじゃないか」

 その長い鼻にふさわしく『八月七日』生まれの彼を見下ろして言うと、だれがわしのといったか、と頬を膨らませた子供が、抗議するように俺の体を叩く。
 ふざけて放っただろうそれの痛みに、う、と息を詰めた俺を気にせず、カクは続けた。

「ナマエのじょーしのにきまっとるじゃろ」

「上司って……」

 言われて頭に思い浮かんだのは、俺を海軍へと入隊させた理不尽な光人間の顔だった。
 まえにくんれんでしらべたぞ、とカクが小さな胸を逸らして自慢する。

「どんな訓練なんだ、それは」

「このあいだ、マリンフォードをけんがくしにいったときにの! おんみつこーどーで、ちゅーいよりうえのやつのプロフィールをさんにんいじょーあつめるんじゃ。わしはろくにんあつめた」

「へえ……すごいな」

「わははは! もっとほめろ!」

 それを俺に言っていいのだろうかと思いつつ、とりあえず相槌を打つ。ついでにもう一度頭を撫でると、カクはますます嬉しそうな顔をした。
 ニコニコと楽しそうな顔をした子供が、じゃからわかる、と告げてその手から手帳を落とす。
 自分と俺の間に落ちたそれを見下ろして、それからすぐにその顔がこちらを見上げた。

「アイツのたんじょーびじゃ、ナマエ」

 いずれ海軍大将となる相手を『アイツ』呼ばわりする不遜な未来のCP9に、そうなのか、と頷いた。

「けど、それがどうして俺の手帳に……」

「ん? なんじゃ、ジブンでかいとらんのか」

「誕生日自体、今知ったからな」

 しかし他に何か予定が思い浮かぶわけでも無い。
 誰かが俺の手帳に触る機会なんていくらでもあるだろうが、わざわざそんなことを俺に教えてどうしたいのか。
 よく分からないでいる俺の前で、まあいいじゃろう、とカクが呟いた。

「ナマエたちは、あしたのあさにはしまをでるんじゃろ?」

「うん? ああ、まあ」

 放たれた言葉に頷きながら、こちらに向けられたその顔を見下ろす。
 この島へ時折訓練に来るようになって、もう何年経っただろうか。
 今日は俺や他数人の休息日だが、午後からは撤収の為の片付けに入ることになっている。出発が明日の朝になっていることは俺達しか知らない筈だが、カク達もどこかからかその話を聞いていたらしい。
 俺の肯定ににんまりと笑って、子供が楽しげに言葉を紡ぐ。

「ちょうどいいから、わしがしかえしをしといてやろう」

「仕返し?」

 楽しそうな顔で言うには不穏な単語に、思わず瞬きをした。
 戸惑う俺の方へ改めて体を向けて、カクが片手の指を突きつける。

「わしのときは、ケーキじゃったろ?」

 そうして寄越された言葉に、それが何のことか気付いて、ああ、と一つ頷いた。
 カクの誕生日に、俺が用意したものだ。
 『誕生日おめでとう』と言った俺を怪訝そうな顔で見上げた癖に、俺が差し出したそれを目にして、俺の膝の上の子供はそれはもう嬉しそうな顔をしてくれた。
 後からやってきた我が上司殿と一緒に食べたパンケーキ製のバースデーケーキは、手放しに絶賛できるような味ではなかったが、残したりもされなかったし、そこそこ美味しかったんじゃないかと思う。
 兄弟でも親子でも無い癖に同じ場所にクリームをつけていた子供と海兵を思い出しながら、少しばかり首を傾げる。

「……そういうのは、『仕返し』じゃなくて『お返し』って言うんじゃないか?」

「いや、『シカエシ』じゃ」

 言葉の乱れを正そうと述べた俺の膝の上で、カクは首を横に振った。
 一体何をするつもりなのだろうか。
 あんまりひどいことをして怒らせると俺達が大変なんだぞ、とカクへ言い放ち、小さくため息を零す。
 いつもニコニコと笑いながら酷い訓練を課してくるかの上司殿は、その飄々とした態度故にどこに怒りのスイッチが付いているのかが分かりにくい。
 つい先ほどまで本当に楽しそうにしていたのに気付けば怒っているだなんてこともよくあって、原因が分からないから謝ることも出来ないままで、そして気付いたらその怒りが引っ込んでいたりするのだ。
 おこらせたりなんぞせんぞ、とカクは言うが、全く信用できない。

「前みたいに蹴られたらどうするんだ」

「テッカイでふせぐからへーきじゃ」

 わしはけっこううまいほうじゃからの、と人の膝の上で言う相手に俺がため息を零したところで、プルルルル、と耳慣れた音が俺とカクの間で響いた。
 カクの目がこちらの胸元を見やり、伸びて来た手が勝手に人の内ポケットから音の源を取り出す。
 無造作につかみ出されたそれは前にカクから貰った子電伝虫で、元気に着信音を立てるそれに触れたカクの手が、勝手にそれの通話を可能にした。

「あ、こら」

「もしもーし、こちらナマエのでんでんじゃー」

『……オォ〜、まァた一緒にいるのかァい』

 慌てて奪うより早くカクが応答すると、子電伝虫の口がききなれた声を放つ。
 見慣れた顔によく似た表情になった子電伝虫がカクを見上げているのが見えて、やれやれ、と俺は肩を竦めた。

「なんじゃ、わしがいっしょじゃいかんのか?」

 拗ねた子供の様に口を尖らせて、カクが子電伝虫の前で首を傾げる。
 それを見たのか、そうは言わないけどねェ、なんて言い放った誰かさんが、子電伝虫越しに言葉を続けた。

『で……今どこにいるんだァい?』

「7ブロックの8ばん、34のDじゃ」

『分かったよォ〜』

 相変わらず俺には難解な数字を言うカクに、子電伝虫の向こうでそんな風に言葉を放った声の主は、それだけで場所を把握したのか、一方的に通信をきってしまった。
 ぷつん、と糸を切ったように大人しくなった子電伝虫を見おろし、空に戻るよう指示したカクの手が、それを改めて人の内ポケットへと入れる。

「くるみたいじゃ」

「そうだな」

 こちらを見上げたカクの言葉に軽く頷くと、なんびょうでくるかのう、なんて言いながらカクが俺の膝の上から降りた。
 その拍子にぽとりと落ちた手帳を拾う為に身を屈めると、まるでそれを待っていたかのように伸びて来た小さな手が、がしりと俺の頭を掴まえる。

「カク?」

「そういえばのう、ナマエ」

 その長い鼻に突かれそうなくらい近くから視線を注がれて、どうしたのかと見つめ返した先で、カクが俺の頭を掴まえたままで言葉を紡ぐ。

「ナマエのじょーほーだけなかったぞ」

「うん?」

「わしだけじゃないぞ、ルッチもカリファもみつけられんかった」

 じっと視線を注いで放たれる言葉に、何だ急に、と首を傾げる。
 俺の頭が傾いたのに合わせて、カクも同じ方へ首を傾げた。
 体を起こそうにも、そうすると人の頭を掴まえに来ている小さな両手が邪魔をする。指に力を込めないのはカクのやさしさなのかもしれないが、掴まえる為に挟む力を強められると、やはり痛い。
 カクが顔を近付けてくると、長いその鼻がほんの少しだけ俺の鼻先に触れた。

「うまれたしまのなまえとか、けつえきがたとか、かぞくのこと、たんじょーび。なんでもいいからひとつくらい、わしにおしえてけ」

 つぶらな瞳でじっと見つめながらそんなことを言われて、何でそんなことを、と戸惑って瞬きをする。
 大体、さっき言っていた『訓練』は『中尉以上』が対象だったんじゃないのか。
 それなら俺は元より対象外なのだから、情報が集められなくたって問題ないだろう。
 そうは思うものの、まっすぐに視線を向けられると、さすがにそう言ってごまかしてしまうのは気が引ける。
 大体、海軍に俺のその『情報』が無いのは、一応書いて提出した俺の書類を、『嘘ばっかり書いてェ』と言った我が上司殿が目の前で破いて捨ててしまったせいだ。
 俺の中での常識はこの世界の常識では無いのかもしれないが、さすがにあれは酷かった。

「あー……それじゃあ、生まれた島の名前? とかなら」

「! どこうまれじゃ?」

「『日本』だよ」

「『ニホン』……きいたことないのう」

 鼻をくっつけたまま不思議そうに言われて、そうだろうなとは言えずに曖昧に笑う。
 俺の笑みを見やって、カクも満足そうな笑みを浮かべた。

「オォ〜……なっかよしだねェ〜?」

 ぴか、と光った何かと共に言葉が放たれ、俺がカクの手の中から無理やり引き剥がされて放り投げられたのは、その数秒後の事である。
 無理やりすぎて頭がもげたかと思ったが、何とか無事だった。







 翌朝、出航前の軍艦をCP9見習い達が『襲撃』してきたのは恐らく訓練の一環だったのだろうが、どうにか出航した船の光人間の私室へ、引き延ばされた写真入りのフォトフレームを置いていったのは、どう考えてもカクだ。
 しかし、俺の膝に跨っていた子供が、どうやってあの場であんな写真を撮れたのかが謎である。

「……あの、すみませんがそろそろ……」

「ン〜? 『あの子』はよくてわっしはいやだってェ〜?」

「…………何でもありません」

 そして、わざわざ子電伝虫を使って呼び出した俺を床に蹴倒し、そのまま足の上に腰を下ろして来た我が上司殿がお怒りの理由も、やっぱりよく分からない。
 『おこらせたりなんぞせんぞ』とカクは言ったが、まあ、この人が怒るきっかけが分からなすぎるのだから予想が外れることもあるだろう。
 俺だってさすがに、あんな小さな子供を恨んだりはしない。

「…………」

 ちらりと見やった先には、大きなフォトフレームが飾られている。
 昨日のあの場所で、俺の膝に跨ったカクが笑っていて、その頭を撫でている俺も微妙ににやけていた。
 よく昨日の今日であんなに大きな写真に出来るものだ。この世界にそういう技術があるとは知らなかった。

「なァにみてるんだァい?」

「あ、いえ、なんでも」

 寄越された声に返事をしつつ、すぐに自分の真上の相手に視線を戻す。
 こちらを見下ろしている誰かさんはまだまだ不機嫌だ。
 とりあえず、この人がどいてもしばらく立ち上がれないだろうなと、感覚が麻痺し始めている足を感じてため息を零しながら、俺はいつもの通りされるがまま、真上の彼の怒りが収まるのを待つことにした。
 実はフォトフレームの中には写真が二枚あって、もう一枚が俺と上司のツーショットだと知ったのは、解放された俺が足を小鹿のように震わせながら命じられた通りフォトフレームを片付けようとしたときだ。
 どうして我が上司殿が俺への命令を撤回したのかは分からないが、それからマリンフォードへ帰るまでの間、その写真が室内に飾られていたせいで、同僚から微妙に優しい視線を向けられてしまった。
 解せない。



end


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