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プレゼントは思索する
※トリップ主は一般人(だった)
※ロメ誕



 俺が右も左も分からぬ『異世界』に迷い込んだのは、もう一年も前のことだ。
 しょっぱなから俺と顔を合わせたのがとんでもない体格のとんでもない男で、訳も分からないまま漂流者として扱われた俺が自分の状況を飲み込むのには三か月が掛かった。
 帰る方法を模索して、しかし帰り方が分からないと気付いたのはそれから半年ほど後だ。
 何せ『異世界』の話をしてもほら話だと笑い飛ばされるくらいで、信じてくれる人間なんて誰もいない。島の外には恐ろしい生き物が大勢いて、商船だって時々それに沈められているという話にしり込みした俺は島を出ることもしなかった。
 たまに人に騙されたり『お人よし』だと馬鹿にされたりしながらもどうにか毎日を生き抜いて、もうこのままこの訳の分からない場所で生きていくしかないんだろうなと諦めて。
 そして、右も左も分からなかった『異世界』が自分の知っている世界なんだと気付いたのは、数日前に現れた『海賊』のせいだった。

『船長、誕生日おめでとうございま〜す!』

『いんやァ〜、嬉しいっぺ〜!』

 恐ろしいと噂だった『人食い』バルトロメオが俺の働いている店へやってきて、酒と飯を仲間たちと共に大量に消費した。
 ベリーではなく宝払いという何ともアレな支払方法には困ったが、金の好きな店長が受け入れてしまっては仕方ない。
 どうやらバルトロメオの誕生日を祝う会らしいその日、何人もの仲間達と一緒に酒を飲んだり贈り物を受け取ったりしていたバルトロメオが、号泣し出したのは一時間ほど経ってからだったろうか。
 しかもそれが『ルフィ大先輩』なんていう名の悪魔の実の能力者の話題だというんだから、ついに俺はここが『漫画』の世界なんだという事実に気付いてしまった。
 ひょっとしたら『バルトロメオ』だって漫画に載っていたのかもしれないが、一年前まで追いかけていた週刊誌の続きなんて読みようがないから分からない。

『あ……あの、お客さん、それって』

 それでも、自分が知っている話をしている『客』というのが新鮮で、思わず給仕をしながら話しかけたのが、数日前の記憶である。

「…………なぜこうなった……」

 思わず呟いた俺の視界に、青い大海原が広がっている。
 島からしか見たことのなかったその海の上、目的地目指して進む船へちらりと視線を向けると、とんでもなく『麦わらのルフィ』が好きなんだろうなと思わせる飾りが目に入った。
 すぐ傍らにはトサカ頭の船長がいて、バケツ片手に青い顔をしている。
 船酔いする『海賊』というのはどうなのか分からないが、似たような顔をしているクルーがあちこちにいるというのがバルトクラブの現状だ。
 気晴らしにガムを噛んでいる様子にため息を吐きつつ、俺は船長に近寄り、手元にあったコップを差し出した。

「どうぞ」

「お、おう、あんがとな……」

 声を漏らしつつ、バルトロメオが水を受け取る。
 口元を近づけて、みかんジュースじゃないのかと少しばかり怪訝そうな声を寄越されたが、船酔いの時は水にしてくださいとそれを押し切った。
 言い方が少し強めになってしまったのは、このやり取りを船に乗ってからというもの、何人とも交わしてきているからだ。
 この世界で俺の常識は通用しないのかもしれないが、とりあえず船酔い中の相手に柑橘系のジュースなんてひどいことは出来そうにない。
 俺の言葉に不満そうな顔をしつつ、そのまま水を飲んだバルトロメオが、少しだけスッキリしたのかふうと息を吐いた。
 顔は怖いが、噂よりも害のなさそうな顔をしている。
 強いし、海獣が現れたときはちゃんと守ってくれたし、俺が『誘拐』されたのではなかったらいい人だと思ったかもしれない。

「船長、次の島で、俺降ろして貰えるんですよね?」

 傍らに屈み込んで尋ねると、そいつはおめェしだいだべ、とバルトロメオが言葉を口にした。

「おめェの知ってるルフィ先輩たちの話がぜーんぶ終わったら、ちゃあんと降ろしてやるっぺ」

 きっぱりとしたその言葉は、船に担ぎ込まれた時に聞いたのと同じ台詞だ。
 好きだった漫画の話をできるのが嬉しくて、給仕をしながら話に混じっていた俺が、やっと帰った客を送り出して家へ帰ろうとしたところで夜道で頭陀袋を頭から被されたのは数日前。
 船長への誕生日プレゼントだなんだと人権侵害甚だしい台詞を吐きながら俺を連れて行った誘拐犯は、バルトクラブの人間だった。
 仕事もあるんだから帰してくれと願ったのに、俺を降ろすどころか店長と話をつけてしまったバルトロメオは、俺を連れて島を離れてしまった。
 やれ話せ、もっと話せと『ワンピース』の話をねだられて、覚えている話をできるだけ口にしているのがここ数日の俺の仕事だ。
 途中途中で感極まったバルトロメオやバルトクラブのクルー達が話を遮るから、俺のあいまいな記憶も手伝って全然進まない。
 手元にはコミックスもないのだし、いくら繰り返し読んでいたとは言っても人間の記憶なんて曖昧だから、さっさと終わらせてしまおうと思っているのに、まるでそれを感じ取ったかのように突っ込んでくるバルトロメオたちは勘のいい海賊だ。

「すごく好きなんですね、『麦わらの一味』」

「おう! おめェもちゃんと『先輩』をつけねえど、許さな……うぷっ」

 声を張り上げようとして、それから片手で口元を押さえたバルトロメオがバケツを抱え直した。
 今日は今までより波が荒いから、特に酔いがひどいようだ。
 冷や汗をうかべている相手にため息を零して、自分の肩にあったタオルをその肩に乗せる。
 島で買った酔い止めの薬がうまいこと効いた一部のクルーが船を動かしているが、見やった限り甲板の上は壊滅状態だった。
 もしも島が近かったら脱出を試みるくらいの無防備さだが、目指す島も旅立った島もはるかに遠く、大海原には水平線ばかりが見える始末だ。
 こんな状態でずっと航海してきたというのも恐ろしいが、これから先もこのままでいくんだろうか。
 これで『ルフィ先輩』を追いかけてグランドラインを渡っていくだなんて、とんでもなく無謀だ。
 話によれば航海士もいないらしい。意味が分からない。
 昨日も昨日とて、気分がいくらかよくなったらしいクルー達に囲まれていろんな話をしたのを思い出して、少しばかり眉を寄せる。

「…………大丈夫かな、この人達」

 浮かんだ心配は『賞金首』に向けるには不似合いなものだったが、俺を誘拐したわりに不当な労働を強いようともしない海賊達の行く末が、気になって仕方ない。
 賞金も掛けられているあたり間違いなく悪い海賊なんだろうが、俺のことを『誕生日プレゼント』だなんて言ったけど、一応降ろしてくれるつもりではあるようなのだ。
 海の上は危険なんだから、せめてこの世界で生きていくにしても、安全な場所にいたいというのが本音だ。
 しかし、あまり船酔いしない俺が降りた後、船酔いしてばっかりのバルトロメオやクルー達の世話は、一体誰がするんだろうか。

「…………」

 考えて、少し悩んで、そして結局ついていくことにした俺を『お人よしだべ』と笑ったバルトロメオは、相変わらず漫画の話を俺にねだって、楽しそうにしていた。
 ちなみにそれは、陸に降りて船酔いが収まってからの話だ。



end


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