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チェンジリング
※ロー誕
※主人公はローの恋人



 この間はローの誕生日だった。
 もちろん、俺達ハートの海賊団は祝いに祝ったし、こういうのは嫌いだなんて言いながらも船長だってまんざらではない顔をしていた。
 いつもの宴よりもさらに馬鹿みたいな騒ぎをして、酔いつぶれたクルーも後を絶たず、翌日の二日酔い患者の介護はまあまあ大変だったと聞いている。
 俺は介護される側だったので肝臓の強いクルーに感謝を述べるしかない立場だったのだが、本当に羽目を外していたことを思い出したのは、着替えるために上着を脱いだ時だった。

「ロー」

 一日かけてすっかり酒が抜けてから、毎日通い詰めている部屋を訪れると、船長たるローはソファに転がっているところだった。
 頭の上に本を開いて乗せていて、その両手は腹の上で重ねられている。
 大人しく昼寝の体勢に入っている誰かさんを見つめ、それからその腹の上に乗った両手を見やった俺は、その両手の下にあるものを見て軽くため息を零した。
 そろりと近付き、ソファに転がるローの傍へと膝をつく。
 本をアイマスクの代わりにしているローの耳元を見つめていると、やや置いて静かだった部屋に押し殺したような笑い声が漏れた。

「……なんだ、盗まねえのか、ナマエ」

 腹に乗せた両手のうちの片手で本を持ち上げて、現れた瞳が俺を見る。
 さすがに船長からそんなことはしねえよ、と言葉を投げて、俺は本の影が落ちているローの顔を見つめた。

「でもそろそろ返してくれよ、それ」

 言いつつ俺が指さしたのは、ローのもう片方の手によって捕まったグロテスクな物体だった。
 どく、どくと脈打つそれは医学書の図解に乗っているのとほぼ同じ形をしていて、しかし『外』にあるなら本来は動いていてはいけないものだ。
 本来収まるべき俺の胸に空いた穴と同じ大きさのそれを、ローの指がゆるりと撫でる。
 むずがゆいようなくすぐったさをわずかに感じた気がして片手で自分の胸元を押さえてみるが、しかしそこには穴が開いているだけだ。

「お前が寄越したんだろうが」

 ここ数日ずっと機嫌の良い顔でそう言い放つ相手の言葉に、嘘はない。
 俺はしっかりと二日酔いをする方だが、酒の席での記憶が抜けたことは今まで一度だってなかった。
 だから当然、ローの誕生日を祝うあの宴で、ローと交わした会話だって大体覚えている。
 しかし、『記憶がある』のと『正常な判断ができる』のはまるで違うんだと、声を大にして主張したのは一昨日だったろうか。

『誕生日おめでとう! なァ、ロー、何か欲しいもんあるか?』

 酔っ払って少し動きの鈍った舌で訊ねたとき、顔色も変えずに酒を飲んでいたローは俺の胸元を指さした。
 お前の心臓を寄越せなんて、対峙した敵に言われたら殺意と同義なそれを受けて笑ったのは、俺の横で酒を飲んでいた男が『死の外科医』と呼ばれる悪魔の実の能力者だったからだ。

『そんなのでいいのか? いいぜ』

 今目の前にいたらぶん殴ってやるような安請け合いをした俺に、ローだって少し戸惑っていた気がする。
 それでも、上着の前を広げながらさらに言葉を続けた俺に機嫌のよさそうな顔をして、その手は能力を扱ったのだ。

「無くて支障があるってのか?」

 片手に俺の心臓を収めたまま、ローが持っていた本を俺の方へと放る。
 受け取ったそれをさっさと閉じて床へ置き、俺はソファに転がったままの誰かさんの顔を覗き込んだ。

「着替える時に胸元隠すの、面倒なんだよ」

「見せつけりゃあいいだろうが」

「体の中身を?」

 ローによってえぐられた俺の胸元は、本来なら心臓があった部分を思い切り露出している。
 その『空間』を切り取られたようなものだから痛みも無ければ出血もないが、骨や肉の断面という本来なら見えないような場所がしっかりとあらわになっているという事実は何ともグロテスクだ。
 すげえなあグロいなあと言いながら近寄ってくるシャチにまじまじと見られるのはいろいろと面倒くさいし、勝手に見たくせに『少しは隠せ』とペンギンに理不尽な怒りを示された。お肉食べたくなるねと言われたのも恐怖だったと付け加えたい。

「違うな。お前がおれに心臓を寄越したことを、だ」

 寝転がったままのローがきっぱりとそう言い放つが、何が違うのかよく分からない。
 首を傾げた俺を相手に、別にいいだろと紡いだローの唇が笑みを刻んだ。

「どうせ『心』はおれのもんなんだろう?」

 楽しげに紡がれたそれは、先日の宴の最中、無防備に胸を晒しながらローへ俺が言ったのとほとんど同じ台詞だ。

『どうせ俺のハートはローのもんだからな、心臓くらい構わねえよ』

 俺のあんな言葉で機嫌を良くしたわが恋人殿はとても可愛らしいが、だがしかし酔っ払いの言葉を言質とするのはどうなのか。
 眉を寄せた俺の前で、むくりとローが起き上がる。
 両足がこちらを向いたので、目線の高さを合わせようと立ち上がりかけた俺の肩にローの手が乗せられて、中腰のままで動きを止められた。
 するりと滑ったその片手が俺の頭の後ろに回って、引き寄せられた俺の頭がローの額に触れる。

「脳の代わりに心臓で妥協してやってるんだ、感謝しろ」

 瞳を覗き込むようにしながら囁かれた言葉に目を見開くと、俺の目の前の瞳の笑みが深くなった。
 お前の誕生日が来たら心臓だけは返してやる、と囁くローは、やっぱり随分と機嫌がいいらしい。
 たかだか俺の心臓くらいでそんなに機嫌が良くなってくれるというのはなんだかくすぐったいが、しかしありがたいお言葉に頷いて、俺はその日の請求を諦めた。
 しかし、俺の誕生日に返ってきた心臓が本当に俺のものなのかどうかは、それこそトラファルガー・ローのみが知る話だ。



end


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