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安慰の理
※無知識でなんとなく転生トリップ系主人公はドンキホーテファミリー古参
※若ドフィやドンキホーテファミリーに対する捏造あり



「おせェぞ、ナマエ」

「ごめんごめん」

 苛立ったように名前を呼ばれて、それへ返事をしながら足元のものを踏みつけた。
 恐らく数分前までは暴れまくっていたのだろう相手がくぐもった声をあげているが、うちのかわいこちゃん達をいたぶってくれた誰かさんに容赦なんてするはずもない。
 見やればコラソン達も仕事を終えていて、危うくひどい目に遭うところだったベビー5がドフィの足にしがみついて泣いていた。
 ありがとうとごめんなさいと怖かったを涙ながらに口にする子供に肩を竦めて、もう一回足元の相手を踏みつけてから移動する。
 宝はすでに持ち出されていくところで、俺は懐から取り出した紙切れをそのままドフィへと差し出した。

「宝島の地図とやらも持ってたが、眉唾ものかもな」

「確かめりゃあ分かることだ」

「それもそうか」

 寄越された言葉に笑った俺の手元から、ドフィが紙切れを奪い取る。
 中身を検め、場所を確認したドフィは軽く笑ったので、そのうち何人かでその島へ行くことになるんだろう。
 いくらか準備をしておかないとな、なんて考えながら、俺はドフィの足にしがみついたままのベビー5を引きはがした。

「う、ううっ」

「ほーら、もう泣くなって。酷い奴はやっつけただろ?」

 涙やそれ以外でぐしょぐしょの顔を自分のシャツの袖でぬぐってやると、ひぐ、と喉を鳴らしたベビー5がそのまま口を引き締めた。
 我慢しようとするそれが見て取れる様子に、仕方ないなァと笑って小さな体を抱きかかえる。
 ベビー5は少女らしく細い体をしていて、冬島ではそのぬくもりは熱いほどだった。泣いているせいもあるかもしれない。
 落ち着かせるようにその背中を軽くさすって、あやすように言葉を紡ぐ。

「次があったらお前らだけでぶっ殺せるようにちゃんとやり方を教えてやるから、そんなに怖がらなくていいよ」

 今日だってお前らだけで勝てた筈なんだぞ、お前らの方が強いんだ。
 だから大丈夫だと言い含めるように言いながらゆらりと揺らしていると、やがて俺に抱き上げられているベビー5から嗚咽が止まった。
 ぎゅっとその両手が俺の体にしがみつき、先ほどドフィがされていたようにその両足まで巻き付いてくる。
 スカートが捲れたりしないようちゃんと服を押さえてやりながら、分かったか、と尋ねれば、小さな頭がこくりと頷いた。
 ずび、とはなをすする音がするのを聞いて笑ってから、ちらりとドフィの方を見やる。
 俺のやっていることを見ていたドフィが、軽くため息を零しながら先ほど緩めていたネクタイを解いた。
 ほどいたそれがどうしてか俺の首にかかり、片手でネクタイを持ち直して輪の中に俺の首を通したドフィの手が、そのままぐいと俺を引っ張る。

「わ」

「帰るぞ。宝と、そこの連中の賞金もきちんと回収してからな」

 まるで牛か馬でも引くようにしながら歩き出したドフィの言葉に、数人のファミリーが反応する。
 ピーカが新たな宝箱を担ぎあげて、他の何人かが倒れ伏した連中を乱雑に縛り上げるのを横目に、俺はそのままドフィに連れられて船へと戻ることになった。
 船へ上がればすぐに俺自身は解放されて、先に戻っていたローと連れて戻ったベビー5、そしてなんでだかまたドジを踏んでいたコラソンの火傷を治療する役目をこなしてその日を終えた。







「……ナマエ」

 名前を呼ばれて、ぎしりと軋んだベッドに気付き、俺はもぞりと身じろいだ。
 感覚からして、今は深夜を過ぎた時刻だ。
 そんな時間に俺の名前を呼ぶ人間など限られているから、ゆるりと瞼を持ち上げれば、小さな灯りを付けた薄暗い室内で、こちらの顔を覗き込んでいるさかさまの顔が視界に入る。

「…………ドフィ」

 半分眠った頭でもそれが誰かは分かっているので、寝起きの声でその名を呼んだ。
 仰向けに転がったままで軽く両手を広げてみせると、一度俺の視界からその顔が引っ込んで、そうしてベッドへ乗り上げてきた相手が俺の懐へと飛び込んできた。
 俺とドフィではドフィの方が大きいが、そんなことは関係なく両手を動かして、相手の体を抱きしめる。
 俺の懐で身じろいで、何かを確かめるように深く息を吸い込んだドフィは、それからゆっくりと息を吐きながら体の力を抜いた。

「煙草くせェぞ、ナマエ」

「ははは」

 文句を言われてそれに笑い、やめた方がいいかなとそちらへ尋ねると、ふん、とドフィが鼻を鳴らした。
 それ以上文句を言う様子もないので、煙草は吸っていていいということだろう。今の煙草は多分、ドフィの嫌いじゃない匂いなのだ。
 そろそろ切らしそうだからまた買ってこないとな、とぼんやりと考えていると、ドフィの手がもぞりと動く。
 俺の体の横から背中側へと滑り込んできた掌に気付いて、俺は仰向けだった体を横向きに移動させた。
 一緒にドフィの体もころりとベッドの上を転がったが、ベッドがわずかに軋んだくらいで済む。
 真夜中に誰かさんがやってくることがあるから、俺のベッドは少し大きめなのだ。
 それに、今日は多分来るだろうなと思っていたから、俺自身も少しベッドの端に寄っていた。
 俺はドフィが路地裏に君臨したころから仲間になっただけで詳しくをしらないが、どうやらドフィは小さな頃からひどい目に遭ってきたらしい。
 母親を亡くして父親を殺して弟と生き別れて、ごみをすすり何度も囚われては拷問まがいの目に遭ったというのは、酔ったドフィに教えてもらった。
 ドフィの体のあちこちにはその傷跡が残っていて、思わず手を当てた俺にドフィはいつも通り笑っていたけど、古傷はどうやったって消えない。
 俺の頭の中にある幸せな世界はやっぱりただの妄想で、この世にそんな天国は存在しないんだなと思ったのはもう随分と前のことだ。
 大事な『家族』達を見つけて、もう二度とそんな目に遭わない力を身に着けてもなお、ドフィは時々その頃のことを思い出す。
 仲間達が今日のような目に遭えば特にその記憶が刺激されてしまうらしく、けれども俺にできることと言えば、こうやってドフィを抱きしめていることくらいだ。
 昼間にベビー5にやったように軽くその背中をさすると、やや置いてフフフ、とドフィが笑い声を零した。

「おいナマエ、おれをガキ扱いするつもりか」

「そんなつもりはないけど、怖い夢を見たんなら慰めるのが一番だろ?」

 詰るような声音にそう返して、俺は目の前の頭にそっと顔を寄せた。
 ドフィの髪から洗髪剤の匂いがする。少し湿っているから、悪夢で汗をかいてシャワーでも浴びてきたのかもしれない。
 いい匂いだな、なんてことを考えたところで、ぴたりと俺の腕が俺の意思と関係なく動きを止める。
 そのことに気付いて、おや、と目を瞬かせると、身じろいだドフィがごろりとベッドの上に仰向けになった。
 そうして、俺の意思を無視して動いた俺の体が、ドフィの体をまたいでその上へと移動する。まるで押し倒すようにその体を見下ろす形になって、俺は目の前にやってきたその顔を覗き込んだ。

「ドフィ?」

 どうしたんだ、と尋ねたところでふっと体に自由が戻り、それに気付いて慌てて自分で自分の体を支えた俺を見上げたドフィが、にまりとその唇に笑みを乗せる。
 寝間着の胸倉がその手によって掴まれて、ぐいと引き寄せられた俺の額がドフィの額へと触れた。

「おれを慰めるんなら、相応のやり方があるんじゃねェのか、ナマエ」

 囁いたドフィの言葉に、俺はゆっくりと瞬きをした。
 それから、少しだけ考えて、仕方ないな、と言葉を落とす。
 触れていた額を離し、唇を先ほどまで触れていた場所へと落として、動かした片手でドフィの両目を覆い隠した。

「大丈夫だ、ドフィ。もしも次なんてことがあったら、俺達で全員ぶっ殺してみせるから」

 ドフィ自身にもそうさせないだけの実力はもちろんあるが、ドフィの手を煩わせるまでもない。
 何が何でも俺達でそれを阻止するし、死に物狂いでドフィを助けて逃がすに決まっている。
 いっそ過去に立ち戻って助けてやれたらいいのかもしれないが、そんな馬鹿な話は俺の妄想の中にだって存在しなかった。
 だから俺にできることは、ある筈もない『もしも』の約束をすることだけだ。
 安心して眠っていいよと言葉を続けると、やや置いて俺の手より下にあるドフィの口が、笑みから逆にへし曲げられた。
 数秒を置いて、俺の胸倉を掴んでいるのとは別の手がドフィの顔に触れている俺の手を掴んで引き剥がし、ぐるんと俺の視界が逆転する。

「うわっ」

 体勢を逆にされたと気付いたのは、背中にシーツの触れた感触があってからだった。
 困惑する俺をよそに、今度はこちらの上へ乗り上げる格好になったドフィが、俺の片腕をシーツに押し付けながらその背中を丸めてこちらを覗き込む。

「だから、ガキ扱いしてるんじゃねェよ」

 この野郎、と唸ったドフィが不機嫌なのは恐らく俺の選択が間違っていたからなのだろうが、『ごめん』と紡ぐ前に噛みつかれてしまった唇からは、謝罪すらも吐き出せなかった。



end


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