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いじわるパンケーキ
※主人公は海兵で意地悪
※NOTトリップ主


 甘いものというのは、大体の人間が好きなものだと思う。
 もちろん苦手な人間もいるだろうが、そこに男女の差なんて無いと思っている。
 だから部下数人と一緒に食事会へ行ったとき、隣の同僚である女性が甘いものを頼んでいるのをちらちらと気にしていたうちの一人に笑って、おれから率先して同じものを頼んだのだ。
 丸く焼かれた三枚のパンケーキと二つに切られたフルーツが、丸皿に並んで出された。
 クレームブリュレ風と銘打ったそれは片面が甘くカリカリに焦がされていて、傍らの白いクリームとの見た目からしても、確実に甘そうだがそこまで『可愛い』様子でもない。
 別に恥じらう必要もないだろうと笑えば、上官であるおれが頼んだからか部下達全員が同じものを食べていた。
 どうやらおれの部下には、甘いものが苦手な奴はいなかったらしい。

「そういえば、この前、部隊の打ち上げであの店使ったな。パンケーキまで食ってきた。うまかったぞ」

 日常の会話の中でふと思い出して言葉を投げたのが、それからしばらく後のこと。

「……そりゃ楽しそうなこって」

 何やら急に不機嫌な声を出してきた相手に、おれはおや、と視線を向けた。
 おれが訪ねていった先で『珍しく』真面目に仕事をしていた部屋の主が、頬杖をついてこちらを見ている。
 仕事は終わったのかと尋ねながら、おれはひょいとソファから立ち上がった。
 けれども見やった執務机の上は、来た時とあまり様子が変わっていない。

「仕事が進まないんなら、やっぱり出直すか」

「ナマエがいなくなるんなら、おれさぼっちまうかもね」

「それは可哀想だな」

 おれが来たことを喜び、今はおれの為にとコーヒーを淹れに行ってしまった誰かさんの副官を思い浮かべて呟くと、憐れむんならおれにしなさいや、とすぐ目の前から人の思考を読んだような声が掛かる。
 それに笑って、おれは執務机へと近付いた。
 おれの同期で、つい最近海軍大将となった上官殿は、どうにも書類仕事が苦手らしい。
 ともにガープ中将のところにいたはずで、破天荒なあの人の後始末をあの人の副官と共に片付けていたのだから、どちらかと言えば事務仕事が得意になるのではないのかとおれは思うのだが、クザンはそうではなかったようだ。ひょっとしたら、おれが回されてきた分を率先して片付けていたせいかもしれない。

「終わらないと帰れないんだから、早く手を動かしてください、クザン大将」

 言葉を落とすと、クザンはいやそうに眉を寄せた。
 同期だった誰かさんは、おれが敬語を使うととても嫌がる。距離を置かれたようでいやなんだと言われたのはいつだっただろうか。

「今日は早く終わると仰っていたのに」

 わかっていてあえて同じ口ぶりで言葉を紡ぐと、クザンの口からため息が漏れた。
 弁明しない様子からして、また昼寝をしたんだろう。別に仮眠をとるのは構わないが、クザンはいつでもどこでも眠れるようになってしまっているから、きっと起こす係を担った副官が見つけられないところで眠ったに違いない。
 相変わらず仕方ない同期殿を見やって、おれはひょいとクザンの机の上の書類の束を持ち上げた。
 向かい合っているからさかさまのままで、ぺらぺらとそれをめくる。
 上官の書類を勝手に触るなんてとんでもないことだが、すでにやる気を失っているらしいクザンに任せていたら、あと六時間はかかりそうだ。

「こっちは承認印、こっちはただの回覧、こっちは……また勝手に船降りたのか、始末書なんて」

 言葉と共にクザンの机の上で書類を仕分けていくと、とりあえず先に承認印から押すことにしたらしいクザンが、一種類の書類だけを配られるたびに引き寄せて角印を押した。

「岩場に逃げ込まれちまったんでね、軍艦じゃァ回り込まなきゃなんねェでしょうや」

「それは別にいいと思うが、軍艦側を凍らせちまうとなァ」

 損傷があったらしい旨を読んでから、それを机の一番端に置く。
 似たような作業を数回繰り返すと、角印をぐりぐりと紙面へ押しつける動作をしたクザンが、きれいにうつったそれに軽く息を吹きかけながらちらりとその目をこちらへ向けた。

「……よく読めるね、その向きで」

 前から思ってたんだけど、と続く言葉に、向かいでこうやることが多いからな、と笑っておく。
 何せおれの同期殿ときたら、おれを呼びつけるくせにこうやって書類作業をしていることがとても多いのだ。
 今日は珍しく真面目にやっているほうで、いつもはもっとだらけた様子だが、どちらにしたって手伝うのがおれの常だった。

「もう慣れちまった」

 そう続けたおれに対して、どうしてかクザンの方からは、へえ、と低い声が漏れた。
 何か面白くないことがあった顔をした相手に、おや、と眉を動かす。

「クザン?」

 どうかしたかと尋ねると、別に、と返事が寄越される。
 どう見ても『別に』の顔じゃないぞとそちらへ向けて言ってから、おれは軽く首を傾げた。
 おれが見ている前で、しばらく黙り込んで書類に印鑑を押したりサインをしていたクザンが、やや置いてからぽつりと言葉を落とす。

「部下の面倒まで見てやってんの。相変わらず世話焼きだね、ナマエは」

 そんな風に寄越された言葉に、おれは目を瞬かせた。
 クザンの言葉の意味を把握した瞬間、思わず片手で口元を押さえてしまったのは、吹き出してしまいそうになったのが分かったからだ。
 おれの動きに、何してんの、とじろりと視線が寄越されるが、今はそれどころじゃない。
 確かに、おれには部下がいる。部隊を一つ任されるようになったのだから当然で、それはクザンだって知っているだろう。
 しかし、おれが手ずから書類を手伝ってやる相手なんて、そのうちには一人だっていない。
 だというのに、どうやらそんなことも分からないらしいクザンの面白くなさそうな顔に、なんだかにやけてしまいそうだった。
 おれより図体がでかくて、おれより肩書が上であるくせに、大将青雉は時々とんでもなく可愛らしいから困る。
 おれにそういう性癖は無いはずなのに時々つい意地悪したくなるのだから、もし嗜虐趣味のある奴にこの可愛らしさが知られたらと思うと心配なくらいだ。

「……そうだ、終わったらこの間の店に連れてってやるよ」

「何、男二人でパンケーキでもつつくわけ?」

 変な構図じゃねェのと眉を寄せるクザンの前で、ようやく口元から手を離す。

「まあ他にも食い物はあるし、堂々としてりゃ何とも思われないだろ。この間も平気だったしな」

 微笑みそう言い放った先で、クザンはまた軽く眉を寄せた。
 多分今日はパンケーキしか食べないだろう誰かさんの前で、おれは手元の書類を仕分ける作業を続けることにしたのだった。



end


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