海の底の宝石
※100万打記念企画SSSと同設定
※転生系人魚主とレイリーさん
俺がレイリーさんと初めて会ったのは、俺が海賊に追いかけ回されていた時だった。
あれは俺の姉貴が悪ふざけをして、俺に女装まがいの恰好をさせたのが悪かったんだと、今でも思う。
女の人魚は、それはもう高値で取引される。
特にシャボンディ諸島の近くに常駐している海賊ともなれば、人身売買を生業にしている連中も多い。
だから女の恰好をした俺を『女』なんだと判断して追いかけ回したんだろう海賊達を、レイリーさんはあっさりとやっつけた。
俺よりうんと年上の筈なのにものすごく強くて、恰好いいと素直に思った。
先ほどまでの怖さとは別の何かでドキドキと心臓が高鳴って、体の内側がぎゅっと締め付けられるような感覚を得て、顔が熱く感じられる。
そんな俺を見下ろし、笑いかけたレイリーさんの格好良さときたら恐ろしいくらいだった。
『…………おや、かわいらしいお嬢さんだと思ったが』
そしてそれから、そんな風に言いながら俺を持ち上げて首を傾げた相手に『趣味なのかね』と尋ねられた瞬間の恥ずかしさときたらとんでもない。
かつらも外してフリルのついた上着も脱ぎ捨てて、姉貴がふざけて施した化粧をごしごしと擦ったら『肌が痛むぞ』と笑ったレイリーさんが俺の手を止めて、そのまま俺を連れて帰った。
あの日から、俺の心の半分くらいは、多分レイリーさんのものだ。
「レイリーさん」
だからこそ、心を込めて名前を呼ぶと、俺が現れたことに気付いたらしい相手がため息を零した。
その姿が月明かりに照らされてうっすらとしか見えないのは、今が夜も遅い時間帯だからだ。
ここはシャボンディ諸島のうちでも特に明るさの足りない場所だから仕方ない。
足元も見えづらいだろうに、気にした様子もなく海の方まで近寄ってきたことで、俺の目にしっかりと相手の顔が映り込む。
「こんな時間に何をやっているんだ」
「そろそろレイリーさんが通るかと思って」
見に来た、と答えて笑うと、俺のそれを見たレイリーさんがそのままその場に座り込む。
木の根が絡み合ってできた足場から放り出された足がちゃぷりとわずかに海へと触れて、それに気付いた俺もその傍へと近付いた。
水の中から手を伸ばすと、俺のそれに気付いたレイリーさんがひょいと俺を持ち上げる。
そのまま横に座らされて、俺は尾びれを軽く持ち上げた。
海からあがった下半身が魚の形をしているのは、俺が人魚と呼ばれる生き物だからだ。
生まれてすぐの時はとても戸惑ったが、もうすっかり慣れてしまった。水の中でも陸でも呼吸ができる不思議生物なのだが、どうしてなんて考えたって仕方がない。
「相変わらず目立つ鱗だ」
「そう?」
寄越された言葉に首を傾げつつ、尾びれを軽く上下させる。
海水の滴る俺の尾びれは、他の大体の人魚たちと同様に、びっしりと鱗が生えている。
色味が明るいし、月光をはじいて少し光って見える分今の時間だったら少し目立ってしまうかもしれないが、こんな場所にわざわざ人魚を探しに来る海賊がいるはずもないだろう。
けれども俺の横で、そうだとも、と答えたレイリーさんが上着を脱いだ。
ばさりと広げられたそれが膝に掛けられて、思わず慌ててしまう。
「レイリーさん、上着、濡れるって!」
「目立つよりはましだと思わんかね」
ちゃんと隠しなさいとスカートの短い女の子を注意するような発言をされても、今さら体の一部を隠したって仕方ないだろう。
それよりも、俺としては今の今まで海の中にいた自分の体に触れた上着の方が心配だった。
すっかり張り付いてしまっているそれに触って、あーあ、と声を漏らす。
「これじゃあ、もう着れないよ」
「何、干せばすぐに乾く」
「海水なのに?」
「その程度を嫌がっているようでは海賊はやっていけないな」
あっさりとそんな風に言葉を寄越されて、そういうものなの、と眉を下げた。
そうだともと世の理を説く顔で頷いたレイリーさんが、それからその目をこちらへ向ける。
「それより、私に何か用事が?」
わざわざこんな時間に、と空を指さしたレイリーさんに、そうだったと思い出して背負ってきた鞄を降ろす。
膝の上に置いたそれから箱を取り出して、俺はそのままレイリーさんへとそれを差し出した。
「はい、レイリーさん」
「うん?」
「好きです、受け取ってください」
何度も繰り返した告白と共に箱を開いて、中身をレイリーさんの目へと晒す。
現れたそれが輝いて、レイリーさんの顔をわずかに照らした。
暗い海底の隅で輝く貝の宝石を細工したそれは、一つの指輪だ。
レイリーさんは海賊だから、きっときれいなものだって好きだろう。
そんな単純な考えで用意した俺の贈り物を目にしたレイリーさんが、そっと俺の手に触れる。
そのままぱたんと箱が閉ざされ、レイリーさんの顔を照らしていた輝きも閉じ込められてしまった。
「今度は貢ぐつもりか」
それから呆れた様な声が向かいから寄越されて、レイリーさんが信じてくれないからだよ、と俺は頬を膨らませた。
男同士で、種族も違って、年だってかなり離れている。
それでも俺はレイリーさんが『好き』で、そう自覚してからすぐにレイリーさんへと告白した。
けれどもレイリーさんは、まるで俺のそれが気の迷いだとでもいうように、ほんの一言も返事をくれない。
「好きだよ、レイリーさん」
言葉を重ねて、俺はレイリーさんの方へと箱を押しやった。
それから手を離せば、そのまま箱を受け取る形になったレイリーさんの目が、改めて手元へと落とされる。
「…………これを質草にすれば、いくらか遊ぶことが出来そうだな」
「いや、せめて渡した相手がいないところでそういうことは言ってよ」
ひどい独り言を漏らした相手に眉を下げて、俺はぺちりとレイリーさんの腕を叩いた。
しかし、レイリーさんが指輪の類を好き好んでつけたりしないことは知っているので、そうなるのも仕方のないことかもしれない。海賊が宝を手に入れたら、その宝は大体換金されるのだ。
「別にいいけど、一回くらいは着けてみて」
だからそう言ってみると、ぴく、と眉を動かしたレイリーさんが、その手でもう一度箱を開けた。
開かれたそこから俺の作った指輪を抓み上げて、何かを確かめるようにそれを見つめる。
海の底でも輝く宝石が光を放って、もう一度レイリーさんの顔を照らした。
その様子を見つめていると、ややおいて何かの確認が終わったらしいレイリーさんが、それを俺の方へと差し出す。
「はめてみるかね」
「え?」
言いながら指輪を上下に揺らされて、思わずそれを受け取った。
俺へと指輪を手渡した後も、レイリーさんはその右手を俺の方へと差し出している。
数秒を置いて言葉の意味に気付いて、思わず顔が熱くなった。
「い、いいの?」
恐る恐る尋ねると、構わないという返事がある。
ドキドキと心臓が高鳴り出して、ちょっとだけ背中に汗がにじんだ気がした。
相手の気が変わる前に、と慌ててレイリーさんの右手を捕まえて引っ張ると、レイリーさんの方からわずかに笑い声が漏れる。
「そんなに血相変えんでも、私の右手は逃げたりはしないぞ」
「右手にその気が無くても、レイリーさんが逃げるかも」
「何とも信用の無いことだ」
面白がる相手の手を広げさせて、俺は手に持っていた指輪をそっとレイリーさんの指先へと宛がった。
選んだ指が薬指なのは、間違いなく願望だ。
本当は左手が良かったけど、俺がレイリーさんの右側に座っているんだからわがままは言えない。
「…………あ」
でも、そのまま指輪をはめようとして、関節で引っかかってしまう。
そのことに目を瞬かせた俺を前にして、やっぱりな、と笑ったレイリーさんが軽く指先を動かした。
まるで自分から指輪をさらに深くはめようとするような動きだけど、当然、うまくいかない。
「そんな……」
一応考えて作ったはずなのに、どうやら俺は目測を誤って作ってしまったらしい。
がくりと肩を落とした俺にもう一度笑い声を零してから、俺の手からレイリーさんの右手が逃げ出す。
はめることができなかった指輪も奪われて、輝く宝石はまた箱の中へとしまわれた。
「あいにくだが、私には小さいらしい」
「そうだね……ごめん、レイリーさん……」
漏れた声はわれながら情けなく響いて、そう落ち込むな、とレイリーさんが俺の背中を軽く叩いた。
優しいそれにじわりと胸が痛むのは、やっぱり俺がレイリーさんを好きだからだろう。
こうやって俺の心を奪うくせに、レイリーさんは俺を振ったりもしない。
それはきっと俺が『レイリーさんを好き』だってことを信じてくれていないからだ。
そう考えてこぶしを握り、俺はレイリーさんへと視線を向けなおした。
「……次は頑張るから」
「いや、こんな老いぼれに貢ぐのはやめなさい」
「やめない!」
宣言と共に声をあげると、レイリーさんがわずかに目を瞬かせた後、深くため息を漏らす。
仕方のない奴だ、とあきれた様な声で言われても、当然ながら俺が諦めるはずはないのだ。
「レイリーさんがちゃんと俺を信じてくれるまで、頑張るよ」
「…………まったく……」
馬鹿なことを、なんて言いながらも、レイリーさんはそれ以上『やめなさい』とは言わなかった。
ひょっとしたら、少しは信じてくれる気になったのかもしれないなんて、そんなことを少しだけ思った。
end
戻る | 小説ページTOPへ