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交換条件
※主人公は無知識トリップ主で白ひげクルー(古参)
※ふわっとエース→主人公



「頼むから服を着てくれ」

 昼食を終えた昼下がり、食堂で見かけた相手の隣に座って向き直り、俺はそんな言葉を口した。
 何故なら、その時目の前にいた誰かさんが、いつもの通り、上半身裸だったからだ。
 コートを羽織っただけのことが多いオヤジを真似したい気持ちや、背中に彫り込んだ大きな誇りを周りに示したいというのも分からないでもないが、誰かさんはどこでも大体その背中を晒して歩くのである。
 夏島ならともかく、もうじきたどり着くのは秋島だ。しかも今の季節は冬らしいというのだから、まあまあ冷えるだろう。
 そんな場所ではこの格好は目立ちすぎるし、何より寒いに決まっている。
 可愛い弟分を心配しての俺の言葉に、なんでだよと言葉を零した誰かさんが口を尖らせた。
 誰にも迷惑をかけていないだろうと寄越されて、まあ確かにその通りだと頷く。
 誰かさんの上半身なんてもう見慣れてしまったし、異性相手には破廉恥だと思いきや、ナース達は子供を見る目で眺めるばかりで気にした様子もない。

「風邪ひいたらどうするんだ」

「……そんなやわなつくりしてねェよ」

 体が冷えるだろうと言葉を変えると、俺の向かいの相手が眉間にしわを寄せた。
 言い放ち、ぷいとその顔が逸らされてしまう。

「…………エース」

 子供のようなそれを見ながら声を掛けてみるが、顔を逸らした誰かさんは返事の一つもしない。
 明らかに拗ねた様子だ。
 ガキか、と思わず声を漏らして、俺は目の前の相手に両手を伸ばした。
 がしりと掴んで無理矢理顔をこちらに向けさせると、首が痛んだのか弟分がいでででと声を漏らした。

「乱暴にすんなよナマエ!」

「そっぽを向く奴が悪いんだ」

「なんだそれ!」

「人と話すときは目を見るもんだろう」

 怒ったような声を出す相手の顔を覗き込んで言葉を落とすと、エースの眉間のしわがとても深くなる。
 その目がじとりとこちらを睨み付け、俺が新入り達のうちの一人だったらひるみそうなほどに鋭い眼孔が顔へと突き刺さるのを感じた。
 けれどもまあ、長らく『海賊』なんてやってたせいで図太くなった俺に、そんなものは通用しない。

「なあ、エース、どうすりゃ服着てくれるんだ?」

 いつもだったら放っておくところだが、さすがに弟分が風邪をひくような事態は避けたいのだ。
 寒けりゃ着るだろと大体の連中は放っておいているようだが、寒いことにすらなかなか気付かないんじゃないかと思ってしまったのだから仕方ない。

「どうすりゃって」

「なんでもしてやるから、せめて次の島ではちゃんと服を着てくれ。な?」

 お前が心配なんだと言葉を重ねてみると、俺の両手に挟まれた顔の中で、エースがわずかに目を瞠った。
 そのことに俺が目を瞬かせたところで、素早く動いたエースの手が俺の両手を捕まえる。
 ぐっと握り込まれてしまい、逃げ出そうにもなかなか叶わない。

「エース?」

 戸惑いながら俺が体を少しばかり後ろに引くと、それを追うようにエースがこちらへ身を乗り出した。

「なんでも?」

「え?」

「今『なんでも』って言ったか?」

 こちらの言質を取ろうとするように、エースがそう言葉を繰り返す。
 放たれたそれに困惑しつつ、俺は一つ頷いてそれを肯定した。
 そしてそれから、はた、と気付いて慌てて口を動かす。

「痛いことや危ないことは断るぞ」

 何がエースの心を動かしているのかは分からないが、ちゃんとそう言っておかないと、どんな目に遭うか分かったものじゃない。
 今は気を付けているが、船に乗った頃はよく今の発言をしてはハルタに連れ回されたりサッチに連れ回されたりして、とんでもなく危ない目に遭ってきた。
 大体『お前をきたえてやってるんだ』と笑顔を向けられたが、正直なところあそこまで危ない目に遭う必要なんてなかったと思う。
 そういえば、マルコにもよく『お前は考えないで話す癖を直せよい』だとか言われていた。
 直したと思っていたのだが、どうも癖は健在だったようだ。

「い、いてェことなんてしねえよ!」

 俺の発言にどうしてだかわずかに顔を赤らめて、エースがそんな風に声を放つ。
 そうか、とその発言にほっと息を吐いて、俺はひとまず両手を捕らえられたままで相手を見つめた。

「それじゃ、何がご希望なんだ?」

 細かい作業が苦手だと言っていたし、今度の作業を肩代わりしてくれとか、そういったものだろうか。
 小さい作業をするのは好きだし、それなら大歓迎だ。
 俺の言葉にぎゅっとその両手に力を込めて、俺の手首をぎりぎりと締め上げたエースの目が、わずかにさ迷う。
 何かを逡巡するようにその口が二回ほど開閉して、そうしてそれから、弟分が俺へ『お願い』を口にした。

「つ……次の島、おれと一緒に回ってくれ!」

「え?」

 放たれた予想外の言葉に、俺の口から間抜けな声が漏れる。
 俺のそれをなんととらえたのか、駄目なのか、とこちらを窺うエースがわずかに不安そうな目をした。
 その両手はいまだに俺の両手を捕まえたままで、指を解く気配はない。
 寄越された視線に、慌てて首を横に振る。

「いや、別に構わないけど、そんなことでいいのか?」

 確かにいまだに一緒に島へ降りたことはないが、俺と一緒に降りようがサッチたちと一緒に降りようが、何も変わらないんじゃないだろうか。
 だというのにそんなことを条件に出してきた相手に首を傾げた俺へ、それでいい、とエースが声を張り上げた。
 その目はきらきらと輝いていて、何やらとても嬉しそうだ。
 年下の『弟分』のその様子に、そうか、と呟いた俺は、微笑みを浮かべてエースを見やった。

「それじゃ、そのかわり、ちゃんと上着を着てくれよ」

 寒いだろうから少し温かいものにしてくれ、と注文を付けてみると、おう、とエースが大きく頷く。
 何とも素直なその様子に、あまり使わないがために貯まったベリーを使って奢ってやろうと心に決めて、約束だぞ、と俺は相手へ囁いた。
 エースも嬉しそうにそれへ答えて、それから秋島にたどり着いたのは二日後。
 何やらとんでもなく気合いの入った格好のエースに引っ張られて見て回った秋島は、なかなかに楽しかった。
 エースの中ではそれが『初デート』だったらしいと知ったのは、随分と後のことだ。



end


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