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青雉夢/さよならな小話
※映画Zネタも入り込み
※時間軸が捏造な気もする






「退役することにした」

 ぽつりと呟いた大将青雉の言葉に、そうですか、と俺は相槌を打った。
 ずっと天井を見上げていた大将青雉が、ちらりとその視線を俺の方へと向ける。

「……驚かないんだ?」

 寄越された言葉に、はい、と俺は頷いた。

「そうなるんだろうと思ってました」

 しばらく前、火拳と呼ばれた海賊の公開処刑を火元にした海軍と白ひげ海賊団との戦争があった。
 傘下の海賊団まで集まったその規模は大した人数で、たくさんの人が死んで、たくさんの人が負傷した。
 俺自身も右腕を折って、治ったころには腕力を取り戻すのにかなり時間がかかった。
 事後処理をして、全部が終わった後、センゴク元帥が退陣することになって。
 そうして、俺の目の前の誰かさんと、今はまだ大将の地位である赤犬が元帥の座を賭けて『決闘』をした。
 結局、負けたのはこの人だった。
 そして、対立してしまった相手の下に就くことができる人ではないことくらい、誰もかれもが知っている。
 何より俺は、青雉という名前を持ったまま、この人がグランドラインの新世界をうろつくことになると『知って』いた。
 そういえば、結局この人は何を考えて新世界にいたんだろう。
 その目的までは描かれていなかったから分からない。

「連れて行って貰えますか」

 ぼんやり考えながら尋ねてみると、ぱちりと大将青雉が瞬きをした。
 それから少しばかり眉間に皺が寄せられて、小さなため息がその口から漏れる。

「まいったね……こりゃ」

 呟く声も、さっきより小さい。
 それを聞きながら返事を待っていると、つい、と大将青雉の視線が俺から逸らされる。

「……置いて行かれる方の気持ちも分かるわけよ」

 そうして呟かれた言葉は、つまり、大将青雉も『誰か』に置いて行かれたということだった。
 それが誰なのかなんて、簡単にわかる。
 あの大きな事件があったのは、ついこの間のことだ。
 海軍に絶望して去っていった彼を見送っていた大将青雉が、少し寂し気だったことを俺は知っている。
 昔の大将青雉を俺は知らないけど、『元の世界』で知っていた限りだと、恩師であるあの人を大将青雉は随分と慕っていたようだった。
 もしも大将なんて言う肩書を捨てていけるのだとしたら、この人はきっとあの人について行ったんだろう。
 それすらできず、その名を賭けて大将赤犬と戦って、そうして負けた。
 それならこの人が海軍をやめるなんて、誰だって分かるようなことだ。

「けど、今なら置いていく方の気持ちも分かる」

 俺から目を逸らしたままでそう言われて、そうですか、と俺はもう一度相槌を打った。
 それを聞いた大将青雉が、ちらりと俺を再び見やる。

「ちょっと……さっきからそればっかりだけど、ちゃんと聞いてる?」

「聞いてますよ」

 寄越された言葉に頷いて、俺はじっと大将青雉を見つめた。
 俺がこの世界に放り出されたとき、一番最初に助けてくれたのはこの人だった。
 知っているようで知らない、右も左も分からないこの常識外れの海で、俺が縋れる唯一の人だった。
 恩を返したいと思ったし、そのために尽力してきた。
 これからだってそのつもりではいるけど、それを相手が嫌がるのなら、仕方ない。

「わかってますよ」

 グランドラインを旅するというのは危険なことだということくらい、わかりきったことだった。
 何せこの海には常識が通じない。
 海に坂があり渦潮がいくつも起こり、雲の上まで突き上げる海流が発生したり雷が降ったり船を吸い寄せる浮島があったりする。
 そんな場所を旅していて、他の海兵に比べて貧弱な俺が自力で生き延びる可能性は皆無だった。
 そして、助けてくれた相手に、縋り付いてこれ以上の迷惑をかけるわけにもいかないことだって、わかってた。
 何となく落ち着いているのは、いつかきっと置いて行かれると知っていたからだ。

「お別れですね、クザン大将」

 だからそう囁いて、できる限りの笑顔を浮かべる。
 毎日生きるのに必死だったから、あまり笑わない俺の顔は少し強張っていて、うまく笑えている自信が無い。
 俺の顔を見た大将青雉が変な顔をしているから、もしかしたら本当に変な顔をしているのかもしれないが、鏡も無いので確認のしようがなかった。
 代わりに手を伸ばして、ベッドに放られたままだった大将青雉の手に触れる。
 あの日海で死にそうになっていた俺を助けてくれた、頼りになる大きな掌は、自然系能力者のくせに白い包帯を巻かれていた。大将赤犬はマグマ人間だから、その熱で焼かれたんだろう。
 軽く触れたそこは少し冷えていて、相変わらずの氷結人間の顔へと視線を戻した。

「部屋、片づけておきますね」

 退役するというのなら、今のこの人の執務室はすべてきれいに片づけてしまわないといけない。
 この人がいないなら海軍にいる意味もないから、俺も辞めることになるだろう。持ち込んだ私物は片づけておかないと。
 そうだ、この前この人が凍らせて駄目にしたソファを新しいのに変えておかないといけない。
 新しい大将が決まるのはそう遠くない未来だと知っているけど、使うのはどちらだろう。
 藤虎の方だったら、書類仕事は一体どうなるんだろうか。
 よく分からないけど、その心配をするのは新しい傍付きの書記官だ。
 そんなことを考えながら手を離そうとしたら、それを追いかけた大将青雉の手が俺の手を掴まえる。
 がしりと掴まれて目を丸くすると、ずっとベッドの上に横たわっていた体を起こして、大将青雉が俺を見つめた。
 じっとこちらを見つめるその目に、俺は首を傾げる。
 置いて行かれるのは俺なのに、どうしてこの人の方がそんな顔をするのだろう。

「どうかしましたか、クザン大将」

「………………」

 少し押し黙ってから、その後で俺の名前を呼んだ相手へ、なんですか、と返事をした。
 俺のそれを聞いて、どうしてか難しい顔をした大将青雉が、それから小さくため息を零す。
 その手が俺の手を解放したので、引く途中だった手を無事取り戻してから、俺はすくりと立ち上がった。
 すべきことが決まっているのだから、さっさと行動しなくてはいけない。
 これから先のことは、また後で考えよう。
 そんな風に決めて、それじゃあお大事に、と挨拶を落としてから、大将青雉の病室を出るために足を動かす。
 通路へつながる扉を開いてから足を踏み出そうとして、ふと、まだ言うべき言葉が残っていたと気付いた俺は、ちらりと後ろを振り返った。
 贅沢にも個室に入っている大将青雉が、俺の動きに気付いて少しずれていた視線をこちらへ向ける。
 さっきと大して変わらないその顔に、こっちの方がそんな顔をしたいのにと肩を竦めてから、俺は言葉を紡いだ。

「もし寂しくなったら、迎えに来てくださいね。ついていきますから」

 呼びつけてもらっても構わないが、呼ばれた場所によってはたどり着くまでにかなりの時間がかかりそうだ。
 大将青雉は海面を凍らせて移動できるが、俺はあいにくと一般人なのだ。
 俺の言葉に、ぱちりと大将青雉が瞬きをする。
 戸惑ったようなその顔を見やって、返事を聞く前にもう一度頭を下げてから、俺は大将青雉の病室を後にした。
 きちんと扉を閉ざして、それから小さくため息を零す。
 寂しくなったら、なんて言ってはみたけど、大将青雉がそんなことを考える筈もないこと、わかりきっている。
 映画では一人旅をしているようだったけど、漫画では確か、キャメルとかいう名前の大きなペンギンとも一緒だった。
 大きいだけでも随分な戦力だ。
 旅の道連れがいるのに、わざわざただの一般人程度の実力しかない俺を迎えに来てくれるわけがないことくらい、知っている。
 だから返事なんていらないのだ。
 返事が無ければ、海軍をやめて普通の生活をして、いつか元の世界へ帰るまでの間も、ほんの少しの希望をもって過ごしていけるじゃないか。

「…………さて、と」

 小さく呟いて、通路をゆっくりと歩き出す。
 今日はとりあえず、求人誌でも買って帰ることにしよう。


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※という感じで置いて行かれることが前提な青雉夢とか。
※でも多分後で青雉が迎えにくる。
※なのに海軍辞めてた主人公がなかなか見つからなくてクザンが大変。
※見つかったらまず一番最初に怒るだろうことは確定。
※「なんでそんなに理不尽なんですか大将」とか主人公に非難されるというこの理不尽。
※ゼファー先生の海軍絶望と青雉の退役はどっちが先なんだろうかと悩んだのでネタ行き。
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