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チョッパーと添い寝/小話
主人公は麦わらの一味で恐らくトリップ主





 大きな嵐が来る。
 最初にそう予見したのは、麦わらの一味の頼りになる航海士だ。
 このままの針路ではどうにもならない、逃げるか島に停泊するかしなくてはという彼女の提案に島へ停泊することを選択したのは船長で、サウザンドサニー号は現在、ちょうど辿り着いた無人島の入り江にその身を預けている。
 航海士の言うとおりに風が強くなり、やがて雨が降って海が荒れ始めた。
 びゅうびゅうと吹き抜ける風は耳に痛いほどで、風やそれに吹き上げられた波が船体を叩くたびに音が響く。
 偉大なる航路の大いなる自然を前に海賊と言うのは無力なもので、できるだけ対策を打った後の現在、嵐の真っただ中ではただそれが過ぎてくれるのを待つしかない。
 寝るべきだと声を掛け合い、お互いに子電伝虫を部屋に置いて、すでに何人かはぐっすりと眠り込んでいた。度胸が無くては海賊なんてやっていられないのだ。
 しかしそんな中で、もぞもぞと自分の寝床で身じろいでいたチョッパーは、大きく聞こえた風の音にびくりと体を震わせた。
 遠いどこかで、木がきしむ音すら聞こえた気がする。
 今のこの船には船大工だって乗っているのだから問題ないと思うのに、命の危険すら感じさせる嵐の気配は、チョッパーの心臓をどきどきと不穏に跳ねさせていた。
 他のみんなはちゃんと眠っているというのに、自分だけが眠れないという事実に、チョッパーの耳が動く。
 人より敏感な聴覚がどうしても拾う嵐の音に、そっと耳を抑えてみても、結果は変わらなかった。

「…………だめだ……」

 小さく呟いて、もぞりとチョッパーの体が寝棚から起き上がる。
 基本的な生活を人獣型で過ごすチョッパーの為にと、チョッパーが使っているのは一段目だ。
 明かりも無い部屋の中でそろりと寝床を抜け出したチョッパーは、眠くなるまで本でも読んでいようかと、そっと鼻を頼りに明かりの方へと歩き出した。

「チョッパー?」

 けれども、数歩も行かないうちに、後ろから呼び止められて飛び上がる。
 驚いて振り向いたものの、暗闇の中ではさすがのチョッパーも声の主の顔を見つけられない。
 けれども、わずかに衣擦れの音がして、相手が寝床で起き上がったのが分かった。

「どうしたんだ? 眠れないのか?」

 そうして寄こされた声に、相手が誰なのか分かったチョッパーの足が、そちらへと進む。

「うん、ちょっとな。悪い、起こしちゃったか?」

 チョッパーのすぐ近くで眠りについていたのだろう彼は、チョッパーの大事な仲間の一人だ。
 チョッパーより前から麦わらの一味にいた海賊で、そしてよくチョッパーに構ってくれるうちの一人だった。
 寝棚を降りる時もそろりと降りたつもりだったのだが、どうやら起こしてしまったらしい。
 申し訳ない気持ちで耳を揺らしたチョッパーに、いや、と彼が返事をする。

「俺も眠れなくてさ。この風の音だろ?」

 怖くてドキドキしちゃうんだよな、と続いた声音はまるでそんな気持ちを感じさせなくて、チョッパーの首が傾げられる。
 そのままそろそろと近寄ると、どうやら男はしっかり寝棚に腰かけているようだった。
 前足を伸ばした先にその足を見つけて、触れたチョッパーの体にそっと男の手が添えられる。

「あとどのくらいいるんだろうなァ、この嵐」

「ナミが、明け方まではこうだって言ってたぞ」

「そうだっけ?」

 それは困った、と声を零した彼が、それから、そうだ、と少し弾んだ声を出す。

「な、チョッパー、一緒に寝ようか」

「……いいのか?」

「もちろん! チョッパーがいいんなら」

 風の音が怖いから助かったよ、なんて言って、男はひょいとチョッパーの体を持ち上げた。
 その手がそっとチョッパーを自分の寝床へ降ろして、それから自分も足を上げる。
 寝棚の奥側へ移動した男の手が促すままに、チョッパーもそこへと寝転んだ。
 毛布が捲られ、その内側へチョッパーが入り込んだところで、びゅうと吹き抜けて船体を叩く風の音が強くなった。
 身の危険にぞわぞわと毛皮が逆立ったような気がして、チョッパーが慌てて目の前の隙間へ体を押し込む。

「おっと」

 どすりと少しばかり体がぶつかったが、彼は大して堪えた様子もなく、そんな風に声を零しながらチョッパーのことを受け止めた。
 先程まで寝床の主が寝転んでいたのだろうそこは、じんわりと温かい。

「はい、こっち」

 もぞもぞと身じろぐチョッパーに声を掛けて、男の手がチョッパーを引き寄せる。
 抱き込むようにされて、頭まで毛布をかぶる格好になってしまったチョッパーは、とりあえず目の前の相手へしがみ付くようにしてくっついた。
 押し付けた鼻に触れたのは、寝間着に身を包んだ温もりだ。
 彼の寝床なのだから当然だが、毛布も敷布もそれ以外も、全部チョッパー以外の匂いがする。
 すんすん、と鼻を鳴らしていると、それに気付いたらしい男がわずかに笑った気配がした。

「さすがにそんなに嗅がれると恥ずかしいよ」

 声と共に動いた手がチョッパーの顔のあたりに触れて、そっとチョッパーの体を自分から離す。

「俺ってそんなにくさい?」

「くさくないぞ」

 毛布をひょいと捲った相手が尋ねてきたので、チョッパーは真面目に答えた。
 言葉の通り、彼の匂いに不快さは感じない。
 綺麗好きな類の彼はよく風呂も使っているので、体臭もそれほど強くないし、むしろ穏やかで温かい日差しのようなにおいがする。
 毛布の中に包まれているからか、風が船体を叩く音も少し遠のいていて、そのことにチョッパーは少しだけほっと息を吐いた。

「いい匂いがするから大丈夫だ」

 そう続けたチョッパーに、ふうん? と男が相槌のような声を零す。
 そうして、毛布の中ですんすんと鼻を鳴らしてから、俺には分からないな、と残念そうに言う。

「チョッパーの匂いがするくらいだ」

「おれの?」

「チョッパー、寝床にお菓子でも置いてるか?」

「置いてないぞ」

 つい最近食べきったので、今のチョッパーの貯蓄はゼロだ。
 だから毛布の中できっぱりと言い放ったチョッパーに、ふふ、と男が笑う。

「じゃあチョッパーが甘い匂いだってことになるな。ルフィに食べられないように気をつけるんだぞ」

 なんとも失礼なことを言いながら、男が両手でチョッパーの体を抱きしめる。
 そのまま毛布も戻されて、暗闇の中に戻ってしまったチョッパーは、すん、ともう一度鼻を鳴らした。
 温かい毛布の中は、やっぱり彼の匂いに満ちている。
 押し付ける格好になっている体からはとくとくと穏やかな心音が響いていて、それを聞いていると、どんどん嵐の気配が遠ざかっていくような気がした。
 体に入っていた力がゆっくりと抜けて、チョッパーの頭がそっと目の前の体へ押し付けられる。
 体はしっかり育ったはずなのに、どうしても人獣型になると小さくなってしまう蹄で目の前のシャツを擦って、もっと確かに温かなところを探した。
 するりと動いた蹄が少し服の中に入ってしまったが、彼は少し身を捩っただけでチョッパーを引きはがそうともしない。
 だからチョッパーは遠慮なく、温かい相手へとしがみ付いて目を閉じる。
 まだ、嵐はすぐそこにいるはずだ。
 びゅうびゅうと風が吹いて、砂や波が船体を擦る音がする。
 けれども危険にぞわぞわと震えていた体が今はもうすっかり緩んでいるのは、この暗闇が安全で安心できる場所であることを、チョッパーが知っているからだった。

「おやすみ……」

「うん、おやすみ」

 とん、と毛布の上からチョッパーの体を彼の手が叩いて、優しいその動きにいざなわれるままに、チョッパーはそのまま眠りに落ちた。
 目覚めた朝は快晴で、嵐なんてすっかりどこかへ行ってしまったらしかった。


end
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