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ミホークとトリップ主/小話
トリップ系主人公とミホーク
酔っ払い
今何も考えずに書いた酔っ払いと酔っ払いの話





 死ぬことを恐れたことがあるか。
 面と向かって寄こされた問いかけに、俺は首を傾げた。
 見やった先には海賊が一人座っていて、その手にはグラスがある。
 氷すら入っていない口の広いグラスの中身は琥珀を煮詰めたような色味の液体で、少し前に見た時よりも随分と減っていた。
 強い酒だと言っていたから、すっかり酔ってしまったのかもしれない。

「そろそろお開きにする?」

 少し酔いの混じった自分の声はいくらか遠く響いて、それを聞いた相手がちらりとこちらを見る。
 猛禽類を思わせる鋭い眼差しは、酔いが回っても変わらない。
 そこに敵意を込められたならひれ伏して恐ろしいそれが自分から通り過ぎていくのを待つところだが、もともと目つきの悪い相手だということは知っているし、相手が怒ったりしているわけじゃないことだって分かっていた。
 だからへら、と笑った俺の前で、まだ中身の残っているグラスが俺と相手の間のテーブルへ置かれる。

「質問の答えを聞いていない」

「質問……質問?」

「尋ねただろう。貴様は、『死ぬことを恐れた』ことがあるか」

 低い声音が紡いだのは、先ほど放り投げられた言葉だった。
 酔っぱらって変なことを聞いてくる酔っ払いの前で、ううん、と声を漏らす。

「そりゃ怖いよ。当然だろ」

 なんで急にそんなことを聞かれたのか知らないが、『死ぬこと』を怖がらない人間なんて果たしてこの世にいるだろうか。
 命を失っても構わないような戦い方をする奴だって、その覚悟と引き換えに何かを守っている。
 それが自分にとって大事な誰かだろうが、矜持だろうが快楽だろうが、命と天秤にかけてでも守りたいものがあるなら、それを失えば心が『死ぬ』だろう。
 つまるところ、物理的であるか精神的であるかの違いくらいで、誰だって『死ぬ』のは恐いに決まっている。
 だからこその俺の返事に、そうか、と目の前の海賊が頷いた。
 その手がグラスを掴み、また中身が舐められる。
 そちらを見やり、俺は伸ばした手でお互いの間の皿の上からナッツをつまんだ。
 炒られて塩を振られたそいつは、土に埋めたところでもう芽吹かない。
 芳ばしくておいしいこれも『死んでる』ようなもんかなァと、少しばかり指先の相手を見つめてから口へと放り込む。

「でも、なんで急にそんなこと聞くんだ?」

 久しぶりに上陸した島の上、寂れた港町の小さな酒場。
 世界一の大剣豪が訪れるにはかなり場違いな場所であるそこが、本日の俺達が出会った場所だ。
 俺は一人で海を行く『遭難者』で、たまにこの海賊と顔を合わせることがあった。
 今日もそのうちのひとつで、後からやってきて何故だか正面に座った海賊が、ナッツと俺の方のグラスの中身を奢ってくれている。

「何、大した話でもない」

「大した話だと思うけど。死生観とか普通、酒の席で話題になるか?」

 今日の天気の話をした方がよほど無難な話題選びだ。
 俺の真っ当な疑問に、正面の海賊がまたじろりとこちらを見やる。
 金の瞳はやっぱり猛禽類のそれに似ていて、さすがに『鷹の目』なんて呼ばれる海賊なだけあるなァ、とぼんやり思った。
 とある日突然『この世界』へやってきて、学生時代に見ていた『アニメ』を朧げに思い出すのは、いつも目の前の相手と遭遇した時だ。
 一人で色んな船に乗り込みながら真面目に堅実に『帰る道』を探している俺からすれば、おひとり様で小さな船を使いこの世の大海原を進むこの海賊は、なんとも『アニメ』のキャラクターらしい破天荒だった。

「ただ、疑問に感じただけのことだ」

 学生時代に聞いたのとは違うような気のする声が言葉を紡いで、その手がグラスを手放した。
 中身は先程見た時より減っている。
 ゆらりと揺れた液体が薄暗い酒場の照明を弾いて、滑らかなそれがテーブルの上に色のついた光を落とす。

「貴様は相変わらずだからな」

「相変わらず……」

「どうにもその目は、生にしがみ付く気概を感じん」

「俺、いま、目が死んでるって言われてない?」

 酷い言いがかりに眉を寄せた俺を前に、ふん、と海賊が鼻で笑う。
 そんなに死んだ顔をしているだろうか。
 確かに疲れてはいる。
 どこまでも広いこの海で、どこまで行けば『帰れる』のかも分からない。
 情報を集めてはそこへ向かう、あてもない旅路の終わりが見つからない。
 しかしそれでも、すでにここへきて何年も経っていようとも、諦めたくなんてないのだ。

「そっちだって目つきで言えば大概だろ」

 少し口をとがらせて言い返すと、ほう、と声を漏らした相手がその双眸で俺の方を刺した。
 背中に背負ったままの黒刀を使われたら終わりの距離で、しかしそれでも俺が言葉を撤回するでもなく少しばかり笑ったのは、目の前の相手が別に怒っているわけじゃないと分かるからだ。
 そこまで表情は変わっていないが、どちらかと言えば面白がっている顔をしている。

「おれのこの眼は生まれつきだ」

「赤ん坊からそんな達観した顔してたわけないだろ」

「見たわけでも無かろう」

「いや、さすがにない。赤ん坊だよ? ミルク飲んでる頃からその目つきだったらさすがに抱きしめずにはいられないよ?」

 赤ん坊なんて可愛いのが仕事だというのに、こんな目つきをしていたら大変だ。絶対心に闇がある。
 意味の分からないことを言う相手に思わず言葉を返すと、ほう、と声を漏らした海賊が少しばかり後ろへ引く。
 背もたれに背中を押し付けるようにしてから、テーブルの上に乗せた両手を動かして、その腕が軽く開かれた。

「今からでも構わんぞ」

 笑みすらもない顔で、そんな言葉が寄こされた。
 意味を飲み込むのに数秒を経過してから、俺は思わず目の前の相手をしげしげと眺める。

「…………結構酔ってる?」

 さすがに水割りどころか氷も使わないで酒を飲むと、世界一の大剣豪でもこうなってしまうのか。
 そんな実感と共に思わず呟いた俺を前に、酔ってなどいない、とミホークが口にする。
 俺は知っている。酔っ払いは大体そう言うんだ。



end
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