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美味しくないケーキとカク/小話
主人公はカクの同僚(CP9)
カク誕!





 諜報員には、気を遣わなければならないことがたくさんある。
 『表』の顔が裏の顔に直結しないように。『仕事着』は闇に紛れるものであるように。証拠など残してはならず、目撃者もいてはいけない。
 特に『存在しない』とされるCP9ともなれば、それらは徹底している。
 だからこその俺の気遣いに、しかし目の前の相手は思い切り口をまげて顔をしがめた。

「……まずい!」

 口の中身を飲み込んでの開口一番、かん、とその手のフォークが皿を叩く。
 掌より大きなそれの上には掌より大きな一つのケーキがあった。
 なんじゃこれは、と言葉とともに睨みつけられ、ケーキだろ、と向かいの相手へ答えて首を傾げる。
  ふんわりと焼き上げたスポンジに白い生クリームが塗りたくられ、イチゴのようなものまで乗せられた、それは誰がどう見てもケーキだ。
 ふわふわとスポンジを覆うケーキを掴んだままのフォークの先でこそぎ、それから白いそれを自分の口へと運んで、やっぱりカクは顔をゆがめた。

「こんなに味も香りもないケーキがあるか」

「だって、今晩仕事だろ?」

 返事をしつつ、俺はテーブルへ頬杖をついた。
 今夜の海列車に乗って、目の前の男は『仕事』に戻る。
 本来なら昨日から現場にいるはずの人間で、なのになぜだか昼間になって帰ってきたのだ。
 新入りが『先輩』の目が無くても働くかを確かめる、とは当人の談で、長官は信じたようだが、他の誰がどう聞いても言い訳だった。
 だからその目的の品を差し出しているというのに、なんとも酷い顔をした男はこちらを睨んでいる。

「ケーキっちゅうもんは、もっと甘くておいしいのが定番じゃろう」

 こんなものはケーキに対する冒涜だ、なんて言葉を零しつつ、その手がまたフォークをケーキへ突き刺した。
 見た目だけはふんわり甘く可愛らしく作り上げたそれがどんな味わいなのかは、俺も知っている。
 できるだけ香りがしないようにと気を付けた結果、味まで失ったという一品なのだ。
 舌に触れる感触は間違いなくケーキのそれなのに、舌の上を滑って溶けていくクリームからすらほとんど味がしないし、香りは全くない。
 ふんわりと幸せで甘い香りのする諜報員なんてお粗末な存在を作り出すわけにもいかないのだから、仕方のないことだ。

「頑張って研究した自慢の一品だぞ」

「……香りはまあ仕方ないとして、味がせんのは研究不足じゃ」

 なんとも酷いことを言いつつ、むっと眉を寄せたカクは、それでもその手のフォークを動かした。
 まずいまずいと言いながらも、小さなケーキはもうそろそろ半分に差し掛かろうとしている。

「……無理して全部食べ切らなくてもいいんじゃないか?」

 どんな食料だろうが必要なら摂取できるだけの訓練は受けているが、食べなくても構わないものを一生懸命食べている相手に、俺は首を傾げてそう言葉を投げた。
 何ならぽいとフォークも放って、口直しの水でも飲めばいい。そちらは水差しで用意してある。
 けれども俺の言葉に、いやじゃ、とカクが言葉を投げた。

「わしのために作ったものを、わしが食わんでどうする」

 きり、と顔を引き締めて宣言しつつ、その手がフォークを動かした。
 ぐいと口に生クリームとスポンジの塊を押し込み、唇の端についたクリームも舐めて、口を動かす。
 その顔はだんだんと真剣さを帯びて皿の上を睨みつけており、仕事中かと尋ねたくなるような雰囲気だ。
 まさかそんな風に言われると思わなかったから、俺はまじまじと相手を眺める格好になってしまった。
 そうして、ケーキがどんどん減っていく様子をしばらく見つめてから、ふう、とため息を零す。
 今日は、カクの誕生日だ。
 俺がそれを祝うのはほとんど毎年のことで、面倒そうにしたり『そんなことを祝ってどうするんじゃ』と嘯きながらも、カクはいつもそれを受け入れてくれていた。
 今年だって、こうしてわざわざ時間を作って戻ってきてくれている始末だ。
 確かに、そんな相手に出すには酷いプレゼントだったかもしれない。

「……帰ってきたら、ちゃんとしたのも作るか。日付は過ぎちゃうけどな」

「そうじゃな」

 もっとでっかいのを作ってくれ、と言葉を放ちつつ、カクが口を動かす。
 その手がフォークを動かして、最後の最後まで残っていたケーキのワンポイントを突き刺した。
 真っ赤でつやつや輝くそれが、フォークに刺されてほろりとわずかに形を崩す。

「…………ところで、これはイチゴで間違いないんじゃろうな?」

「いや、イチゴのようなものだな」

「不穏じゃ!」

 正直に答えた俺の前で、いったい何でできているんだと嫌そうな顔をしつつ唸ったカクは、しかしそれもしっかりと自分の口へと入れた。
 残すという選択肢だってあったのに、すっかり皿の上をきれいにしてしまった目の前の男は、なんとも律儀な奴だった。


end
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