3月の雪の日に | ナノ

消えた面影に問う

他校との練習が終わり、俺は急いで階段のあるロビーに出た。そして、観覧席に通じる階段を駆け上がる。

「あれ?白布さん?どうしたんですか?」

階段をのぼる途中で、2階から降りてくる1年に出くわした。試合終了後、俺達がコーチや相手の監督の話を聞いている間に片付けを命じられていた1年の内の1人だ。その1年の手にはバレーボールが握られており、試合中、2階に飛んでいったボールの存在を思い出す。

「青城は?さっきの試合、2階で見てただろ?」

試合が始まる前、何気なく見上げた相手チーム側の観覧席。そこには俺達の前に試合をしていた青城の3年がいた。作戦を立てるのに他校の試合を見て研究するのは、さほど珍しい事じゃない。だから、今日も特に気にしてなかった。
及川達と一緒にいた女子の存在に気付くまでは。

「あの人達なら試合終わってすぐ帰ったみたいですけど…」

1年は不思議そうにしながら、階段を降りていった。俺は舌打ちをしてから、手すりにもたれかかる。
…似ていた。俺がずっと探していた、その人に。

彼女…なまえと知り合ったのは中学2年の冬。
白鳥沢の受験に向けて必死に勉強をしていた頃だった。


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白鳥沢に行くと決めてから、部活以外の時間はほとんど勉強に当て、学校が休みの日は土曜も開いている中央図書館をよく利用していた。
中央図書館は学校の図書館よりも静かで、他の図書館に比べ勉強スペースが広く設けられいて、勉強するにはうってつけの場所だった。

中央図書館を利用し始めてから少し経った頃、俺は2階の隅にポツリと1つだけ孤立しているテーブルを見つけた。2人掛けのテーブルだ。そこにはいつも1人で勉強している女子がいた。それがなまえだった。
なまえは毎週あの席で勉強していた。本を読んだり、ノートパソコンと向き合っている時もあったが、ほとんどの日は勉強していたと思う。

最初は、よくいる女子だな、くらいにしか思ってなかったが、真剣に勉強に取り組んでいる姿に、気付けば彼女が気になる存在になっていた。

気になり始めてから、しばらく経ったある日。彼女が本棚の一番上の段に手を伸ばして本を取ろうとしていたところに居合わせた。

『…どれですか?』
『え?』
『本。取ろうとしてたんでしょう?』

緊張のあまり、自分でも無愛想だと思うくらい事務的に聞いた。でも、言われた本を取って渡すと彼女は、

『ありがとうございます』

と、柔らかく微笑んだ。その笑顔に鼓動が速くなるのを感じ、あぁ自分は彼女が好きなのだ、と自覚した。

本を取って以降、なまえとは少しずつ話すようになった。読んだ本の話をしたり、一緒に勉強したり…
なまえは社交的な性格で、真面目で大人しい印象を持っていた俺は、最初軽く気が動転したのを覚えている。表情豊かで好奇心旺盛。面白い事が好きで、俺を笑わらせようとしてきたことも少なくない。一緒にいて飽きることなど一度もなかった。

それなのに、3年の冬休み。
なまえは急に図書館に来なくなった。司書に何度か確認したが、別の日にも一切来ていないらしかった。当時、彼女に連絡先を聞く勇気が持てずにいたのが災いして、お互い連絡先を知らない状態だった。唯一知っていたのは白鳥沢の中等部3年という事だけ。

だから、俺は白鳥沢に入る為に、彼女がいなくなってからも必死に勉強した。中等部の人間は大抵エスカレーター式で高等部に進むと聞いていたから。

そして、白鳥沢の高等部に入学した俺はなまえを探した。だが、彼女はあろう事か高等部には進学していなかった。



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体育館に戻ると、ひじサポーターを外しながら、バッグを置いている体育館ステージに向かう。試合で使われていたボールやネットは既に片付けられていた。

「お前どこ行ってたの?」

しゃがんでシューズを脱いでいたら、俺と同じ2年の太一が横に立ったのが分かった。チラリと太一の方を見れば、その肩には早くもスポーツバッグが掛かっている。相変わらず帰る支度が早いなこいつ。

「監督から早く帰って練習しろって連絡が来たらしい」
「あぁ、どおりで今日はお前以外の人も帰る準備が早いのか」
「ちょっと白布サン?それじゃあ まるで俺がいつも帰りたがってる人みたいじゃないデスカ」
「間違いないだろうが」

太一を適当にあしらいつつ、準備を終えた俺は立ち上がってバッグを肩に掛けた。そして、誰もいなくなった2階の観覧席を見上げる。

「上に何かあんの?」
「…いや。別に何も」

ふーん、と興味なさげに返事をしながらも、2階を見る太一。行くぞ、と一言声を掛けると、俺は出入り口に向かって歩き出す。

突如自分の前から姿を消した彼女。何度も忘れようとしたけど忘れられなかった彼女は、今どこで何をしているのだろうか…

そんな答えが出そうもない事を考えながら、俺は体育館を後にした。



2018.10.24
On a snowy day of March

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