俺を見ると、なまえは目を丸くした。目が合った瞬間から心臓がうるさくなる。
久しぶりに見たなまえは、あどけなさが少し抜けて、中学の時より大人っぽくなっていた。
……やっと会えた。最初はそう喜ばしく思ったが、
「久しぶり!元気だった?」
「あ?あぁ、まぁ……元気だった、けど。お前は?」
「うん、私は元気だよ!あ、そのジャージ白鳥沢のだよね!今さらだけど合格おめでとう!」
「………」
なまえは立ち上がって、顔を綻ばせながら話し掛けてくる。けど、俺はこいつの何事も無かったかのような態度に段々とイラついてきた。まるで俺と会わなくても平気でした、って言われてるみたいでムカつく。
「おめでとう!じゃねぇ。もう2年の半ばだぞ?遅いにもほどがあるだろうが」
「ご、ごもっともです」
なまえは、きまり悪そうに俺から目を逸らすと、小声で答えた。ったく、少しはこっちの身にもなれってんだよ。…まぁ、俺に会って嬉しそうな顔をしたのは悪い気はしなかったけど。
怒りが少し収まってきて、再び話し掛けようとした時、先になまえの方が口を切った。
「白布君にはずっと申し訳ないって思ってた。突然いなくなるようなことをして……急に友達と音信不通になったら、そりゃ心配するよね」
ごめんなさい、とさらに顔を下に向けるなまえ。……別に俺は、そんな謝罪が欲しかった訳じゃない。そういう気持ちから、片手で彼女の両頬を挟んで上を向かせた。
「ちょ、いはいいはい!!なにふんの!?」
「分かればいいんだよ、分かれば」
手を離してやると、なまえは涙目で頬をさすりながら俺を睨んでいる。それに気付かないふりをして椅子にスポーツバッグを置いた。
「そういやお前、今どこの高校行ってんの?」
「明星だよ。一応これでもT類!」
なまえは得意げな顔で言う。さっきまで俺につねられた事を怒ってたくせに。こうやって表情豊かなところは前と全く変わってない。たった1年半前の話なのに、もっと長い間会っていなかったような懐かしさを覚える。
「つーか、なんで明星?白鳥沢とあんまりレベル変わらなかったはずだけど。あとバレーは?」
ふと気になったことを聞けば、それ別の人にも聞かれた、となまえは可笑しそうに笑う。バレーは中学卒業を機にやめたらしい。
「明星を選んだ理由は、オープンキャンパスに行った時に制服可愛いなって思って。ほら、可愛いでしょ?」
向けられたスマホを見れば、白鳥沢とは全く雰囲気の違う制服が映し出されている。制服が可愛いかどうかは置いておいて、本当にそれだけが明星を志望した、白鳥沢の高等部に進まなかった理由なのか……?それに、バレーは高等部でも続けたいってあれほど言ってたのに、こうもスパッと綺麗にやめているのも気になった。
「白布君は前みたいによくここに来てるの?」
「いや、久々に来た。普段は部活で忙しいし、本なら学校の図書館ので事足りるし。お前は?最近よく来んの?」
「うん。って言ってもまだ数回だけどね。課題の資料を借りに来たり、貸し出しできない本をコピーさせてもらったり」
「ふーん。じゃあ今日も何か借りに来たの?」
そう問いかけると、彼女は顔を横に振って、小さく嘆息を漏らした。そういえばコイツ、俺が話し掛けるまで下に座り込んでたけど何やってたんだ?あれはどう考えても資料を探してる感じじゃなかったよな…
「今日は、ちょっと資料とは別の物さがしてて…」
さっきの明るさから一変、急にしおらしくなると、下を向いて苦笑する。そんな様子から、大事な何かを探しているのは明白だった。
「昨日、キーホルダー失くしたんだ。ずっと探してるんだけど何処にもなくて」
「どんなやつ?」
「バレーボールのキーホルダー。ポジション名が印字されてる緑と赤のボール。それにゴールドの王冠がついてる」
「ボールに王冠…?」
ふと、瀬見さんが落として俺が拾ったあのキーホルダーが頭に浮かんだ。変わったデザインだったからよく覚えてる。もしかして同じ物?まぁでも、バレーしてる奴ならバレーのキーホルダーの1つや2つ持っているだろうし、たまたま同じようなところで買ったんだろう。
「特注で作ってもらったキーホルダーだから、二度と手に入らないんだよね」
「特注……?」
「うん、親の知り合いの職人さんが手作りしてくれたキーホルダーなんだ」
まさか特注品だとは思わなかった。つい最近、瀬見さんが似たようなキーホルダー持ってたの見たばかりだし。まあでも俺が見たことなかっただけで、特注とはいえ、意外とこういうデザインのキーホルダーって多いのかもしれないな。
「……他の場所も探したのか?」
「館内は一通り探した」
「階段裏とか出入口周辺も?」
そこまで頭が回っていなかったのか、なまえはハッとすると頭を横に振った。こういう探し物とかって、同じ場所でも違う人間が探した方が案外すんなり見つかったりするんだよな。
「白布君」
階段を探しに行こうと数歩進んだところでなまえが俺を呼んだ。
「ありがとう」
弱々しく発せられた声に、俺は振り返ると、あぁ、と返事をしてからキーホルダーを探しに階段へ向かった。
2019.06.27
On a snowy day of March
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